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凛として、少女が少しだけ大人になる瞬間

作者: 神崎みこ
掲載日:2026/03/04

Asymmetryと言う個人サイトにおいてある古いお話しです。しかも短い。

ちょっとかわいいお話しなのでこちらにも掲載します。

恋心が冷めるのは一瞬なのだ、と初めて知った。




お兄ちゃんの友達で、お兄ちゃんとは違った意味で格好がいい人。

そして誰にでも優しいあの人は、周囲にいつも誰かしら女の子がいるような、もてる男の人だった。

常に彼女を切らしたことはなく、色々な人とくっついたりはなれたり。

そのどれにもさほど執着していなさそうな彼の噂は、ためいきまじりにお兄ちゃんから聞かされた。それがどういう意味かだなんて、そのときにはわからなくて、格好いい人はやっぱりもてるんだ、なんて子供心に思ったりもした。

ある意味私は現実を知らなくて、お兄ちゃん経由の又聞きでしかそれを知ることができなかったから。

生身の彼女たちを一度でも見ていれば、そんなのんきな感想をもたなかったに違いない。

年上で、スポーツだって出来て、同級生なんか子供に見えて。そんなことを言っても、正真正銘の子供である私が好きになるには、十分すぎるほどの条件を持った人だった。

私はずっとずっとあの人が大好きだった。

自分の気持ちを疑ったことなんてなかった。

子供特有の熱病だと、私に忠告してくれた人もいたけれど、そんなことが耳に入らないほど、彼は完璧な「憧れの人」であり続けた。



「妹さん?」


偶然の出会いは突然で、私は何の心構えもせず、恋人といる彼と出くわしてしまった。

慌てて身嗜みを整えようとしたって、相手はすぐそこにいる。

落ちつかない気持ちを紛らわせるかの様に、前髪をつまんでは指でとかす。

あの頃よりは大人で、だけれども永遠に彼には追いつけない「子供」の私は、呆然として彼と女の人から視線をはずせないでいた。

私とは対称的に、彼女の装いは完璧で、彼に隣に立っていてもなんの違和感もない。

商業施設にある大きな窓ガラスに写る自分の姿をチラリと見て、その落差に勝手に落ち込んでしまう。

女の人は、戸惑った顔を彼にみせ、そして器用にも彼の視線が外れれば、棘のある何かを隠そうともせず、突っ立ったままの私を見下ろした。

私の中の女の気持ちが、同じ女である彼女に伝わったのかもしれない。

好戦的な態度を滲ませ、だけれどもとなりにいる彼には優しい笑顔を向ける彼女は、私が想像していたような人とは全然違っていた。

私が隣に立つことは想像できないけど、目の前の女の人が彼の恋人だといわれたところで、どこかが納得ができない。

もっと大人で、綺麗で、そしてこんな私にも穏やかに接してくれる女性。

彼の、何を私がわかっているのかと、つっこまれそうなほど傲慢なことを思って、だけれどもやっぱり似合わない二人に私の表情は硬いままだろう。

間に立っているはずの彼は、私と彼女の微妙なやりとりに気がつきもせず、久しぶりに会った私にご機嫌な笑顔をみせる。

彼女の、私が履いたこともないような高いヒールの靴はとても綺麗で、だけど立ち方が不細工だと思ってしまった。

私は、ちょっとだけ性格が悪いかもしれない。

彼は簡単に私のことを説明して、その女の人はそれでも引きつった笑顔を浮かべた。

親しげに話しかけて、けれども兄妹、と言う距離感でもない彼と私。

結局は他人、なら子供だって遠慮しない。女の人の視線が一層鋭く私に突き刺さる。

兄から聞いたこの人の女遍歴を考えれば、それは正しいことなのだろう。

それを私にむけるのはどうなの?と思わないでもないけど。

けれどもそんな私達の密やかなやり取りなどまるで気にせず、彼は私にやけに親しげに接してくる。

そう言う事が許された「子ども」のころよりもずっと近い距離で、私がずっと望んでいた扱いで。

だけど、突然、本当に突然心の中の何か、がすっと冷えていくこと感覚がした。

私の頭をぽんぽんと叩き、後ろに立った彼女はぎろりとそれを睨みつける。

彼女のそんな表情を知らずに、からかうように私をかまう。

何か、は、どんどん冷えていって、見上げた彼の顔がいつもとは違って見えた。

格好がいい、と思っていた顔も、綺麗だと思った指先も、私は何も感じない。

冗談のように彼が私の耳たぶを触り、彼女はますます目を吊り上げて私を睨む。

どちらをからかっているのかわからない彼は、私の髪を手に取る。

そんなことはされたことがなくて、きっと今までの私なら嬉しくってのぼせて、有頂天になってしまったのだろうに、瞬間的にその手を振り払っていた。


「触らないでくれる?」


飛び出した言葉はとても冷たくて、私が出したものとは思えないほど淡白なものだった。

いつも子犬のようにまとわりついていた私からの拒絶に、彼は驚く。

だけどすぐに私の頭に手をおき、ぐしゃぐしゃと撫で付けた。

まるで、私が関心をひくためにわざと素っ気無くしたかのような態度は、私をどんどん不機嫌にしていく。


「触らないでって言ったよね?」


触られた箇所をまるで払うかのように整え、改めて彼の目を見ながらはっきりと口にだす。

彼はそれにたじろぎ、そして機嫌の悪い表情を隠そうともしない。

そんな彼に、先ほどまできつい表情を浮かべていた彼女の顔から、色が抜けていく。

何かに気が付いたかの様に、どこか覚めた目をする彼女と、不機嫌な彼。

私は、興味を失ったまま、兄の友達である彼に挨拶をする。


「じゃあね」


振り返らずに私は歩き出した。

そしてもうあんな気持ちを抱くことはないだろう、と、心が納得した。

私は少しだけ大人になったのかもしれない。

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