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第四話:新たな風と忍び寄る影

※こちらの作品は通常版です。

カフェは朝から柔らかな光に包まれ、昨日の暴走騒動の余韻もあって、少し特別な空気を漂わせていた。常連客たちは口々にルシアに労いの言葉をかける。


「本当に勇気ある娘さんやねえ」


「ルシアさんがいなかったら、子どもが危なかったって聞いたわ」


ルシアは恐縮したように笑みを浮かべながら、ひとりひとりに丁寧に声を返す。厨房の奥からその様子を見守るオーナーのカミラも、微笑みを浮かべつつため息をついた。


「……あの子、本当にどこに出しても恥ずかしくないわ」


その頃、カフェの入り口には見慣れない青年が姿を現した。銀縁眼鏡をかけ、商人風の装いをした青年エリオットである。近隣の商会に最近赴任してきた若き管理人だという。


「お初にお目にかかります。朝食と珈琲をひとつ」


「かしこまりました」


 ルシアがにこやかに応えると、エリオットは少し戸惑いながらも軽く咳払いをした。


(……この店の評判は本当だったか)


彼は心の奥で呟きながら、カップに目を落とす。


後ろでは、マルコやミレーナ、近所の子どもたちが次々と来店し、店内はいつも以上に和やかで賑やかになった。ルシアは注文を取りながら、自然にセリオと視線を交わす。ほんのわずかな笑みの交換だけで気分が上がる。


午後の休憩時間。ルシアは店の裏庭で、手入れ中のハーブティーを口にしていた。陽光に照らされたラベンダーの香りが、心を穏やかに整えてくれる。そこへふらりとセリオが現れる。


「ケガの具合、もう大丈夫なんですか?」


「ああ。君のおかげで軽く済んだからな」


セリオの声は落ち着いているが、その瞳はどこか優しすぎる光を宿していた。


二人は言葉少なにしばし沈黙する。そして、自然と視線をそらす。窓越しにその様子を見ていたマルコとミレーナは、ひそひそと囁き合う。


「ほら、やっぱり良い雰囲気じゃないか?」


「ルシアさんって前は貴族だったって話よ? それでもあの青年、普通に話してるし」


カミラも洗い物をしながら、ふっと微笑む。


「仲良くなることはいいことよ。……ただ、あの子には過去もあるだろうから、焦らせちゃ駄目だけどね」


夕方になると、街の片隅で、思わぬ噂が耳に入った。


「聞いた? 隣国の聖女様が、この街で“誰か”のことを調べてるらしいわ」


「王都でも、追放された令嬢の話が妙に広まってるって」


ルシアは気づかぬまま注文を運ぶが、セリオはその空気の変化に敏感だった。


(……ルシアを巡る噂が動き出している)


小さく眉を潜め、窓越しにルシアの背を見守る。だが、彼女はいつも通りの笑顔で周囲を和ませていた。


その夜、店の閉店後。ルシアは裏口から街路へ出る。夜の空気が肌に冷たく触れ、路地を抜けようとしたそのとき、不意に黒装束の影が揺れた。誰かがじっと彼女の歩みを見つめている。


思わず足が止まり、胸の奥がざわつく。


「……誰?」


背後から力強い声が響き、影がルシアに覆いかぶさるように動いた。


「俺だ。怖がらなくていい」


セリオだった。右手には細身の剣。目は鋭く、黒装束の影を睨みつけている。


「誰だ、お前は」


影は一瞬何かを呟き、気配だけ残して闇に溶けて消えた。


ルシアは小さく震える手を胸に当て、セリオの背に寄り添う。

彼は剣を静かに下ろし、肩に手を添えて言った。


「君には、俺がついている」


その言葉に、不安はゆっくりと溶けていく。星が瞬く夜空の下、二人の距離は自然に近づいていった。


一方、王宮ではイグナス王子と聖女マリアベルが密やかに計略を巡らせていた。


「……最近、街の方で“元婚約者の噂”が広がっているようですわね」


含みのある声にイグナスは眉をひそめる。


「ただの民草の噂だ。だが、お前の言う通り、あの女──ルシアの名がこれ以上広まるのは面白くない」


マリアベルは甘い香りを漂わせ、王子の腕にそっと手を置く。微かな魔力が流れ、イグナスの瞳に淡い光が宿った。


「あの方はもう城を離れた人。民の人気など無意味です。けれど……殿下が不愉快に思われる存在ならば、私が消して差し上げましょう」


イグナスは言葉を返すものの、胸の奥で苛立ちを持て余していた。彼女はもう不要な存在のはずなのに、なぜか心がざわつく。しかしその動揺も、既にマリアベルの魔力に絡め取られていた。


翌日、カフェでは穏やかな陽光のもと、ルシアは笑顔で客に接していた。街の人々は彼女の人柄に惹かれ、信頼を寄せている。


「セリオさん、この間はありがとうございました」


ルシアがそっと声をかける。


「いや……俺こそ、あのとき無茶をしてすまなかった」


頬がわずかに赤くなるセリオ。体の奥底で、彼は思った。


(彼女を守りたい)


閉店後、ルシアが街路を歩いていると、再び黒装束の気配が忍び寄る。だが、その前にセリオが立ちはだかり、彼女を守った。


夜空に星が瞬くなか、二人は互いの存在を意識する。外の静けさとは裏腹に、王宮ではマリアベルが薄く唇を吊り上げ、次の策略を企んでいた。


「ふふ……準備は整ったわ。次は“あの子”を引きずり落とす番」


街の平穏な日常に、確実に影が忍び寄っていた――。


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