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第一話:追放の宴と、最初の扉

※こちらの作品は通常版です。

オーリス王国・春の大舞踏会。

豪奢なシャンデリアが天井を飾り、光を反射して大広間全体がきらめく。

貴族たちは華やかな衣装に身を包み、会話と笑い声を交わしていた。


その中心で、私は婚約を破棄された──。


王子イグナス・オーリス殿下の隣に立つ私に、殿下はこの数週間、ほとんど口をきこうとしなかった。

以前は少しだけ見せていた優しい微笑みも、今はない。

わずかに距離を取り、視線すら向けない。


(たぶん……あの日のことが原因ね)


数日前、城の厨房で使用人たちと菓子を試食していた。

無邪気に笑い、味見をする私を、殿下は険しい表情で見下ろした。その瞬間、彼の心に不満や嫉妬が芽生えたのだろう。それ以来、私に触れることすら不愉快だと言わんばかりの態度をとる。


その時のことを思い出すだけで、胸の奥が締め付けられる。

けれど同時に、私は自分に言い聞かせた。


(悲しんでばかりでは、何も変わらない……)


会場の奥から、一団の客人が進んできた。

白いドレスに金の刺繍を施し、透き通る肌に菫色の瞳を持つ少女。まるで絵画から抜け出したかのような美しさだ。


「この方は、マリアベル・ホーリィ様。本物の聖女であらせられる」


紹介の声が響くと同時に、殿下の顔にかすかな感情が浮かんだ。

懐かしさか、それとも親しみか。

胸に不安が波紋のように広がる。


私は礼儀として微笑み返す。

すると聖女マリアベルは柔らかく微笑み、しかし一歩下がり、両手で胸を押さえた。


「あっ……!」


その瞬間、とっさに私は腕を伸ばし、彼女の肩を支えた。

軽く触れただけで、マリアベルの表情が一瞬だけ歪む。


「大丈夫ですわ……ルシア様が少し強くお引きになっただけで……」


貴族たちのざわめきが広がる。

視線の中心に私がいることを痛感した。

殿下の瞳は鋭く、怒りと困惑が入り混じっている。


「そこまでだ!」


大広間全体が静まり返った。

殿下の声は低く、震えながらも力強い。


「自分の婚約者がこのような下品な真似をする人間だとは思わなかった。

聖女を妬み、無礼を働くなど王妃の器ではない。

ルシア・アルベール。今日この場をもって婚約を破棄する。

明朝までに城を去れ。二度とこの国の土を踏むな」


頭が真っ白になる。

しかし次の瞬間、理解した。


(私はもう、用済みなのね)


深呼吸して、静かに一礼する。


「承知いたしました。婚約は破棄いたします。お二人の末永い幸せを、お祈りしておりますわ」


侍女たちの同情の視線、騎士たちの拳。

誰も何も言えない空気。


私は踵を返し、大広間を出る。

重い扉が閉まった瞬間、やっと胸に息が通った。


(……追放ってことは、自由ってことよね)


(ここから、新しく生き直してやるんだから)


その夜、私は一人、窓の外に広がる王都の灯を眺めた。

煌めく街の光が、遠くの希望のように見える。

心の中で小さな決意が芽生えた――


「誰にでも分け隔てなく、優しく生きてみせる。そして必ず、自分の幸せを掴む」


翌朝、荷物をまとめると、城の守衛も見守る中、静かに門をくぐった。

外の空気は思ったよりも冷たく、清々しい。

足取りは自然と軽くなる。


道行く人々は私に微笑みかける。

知らぬ人たちの親切に触れ、私は少しずつ、新しい生活への希望を胸に膨らませた。


門を出て振り返ると、城の塔は遠く、まるで過去の幻のように見えた。

心に宿る悲しみや怒りを抱えつつも、私の物語は今、静かに、しかし確かに始まった。

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