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ゼロの魔法使い  作者: 八御唯代
グラウべ村
20/21

グリュック家

【今、門の前。開けてくれない?】


 メールが来たのを受けて、私は屋敷の門へと向かう。空には、幾つかの星が微かに光っていた。

「……なに?」

 そこに居た人物を見て、私は顔を顰める。

 その人物は、両手に提げた袋を上に掲げて、憎たらしい笑顔で言った。

「夕飯、持って来たからさぁ、一緒に食べない?」



 袋から惣菜が入ったパックを取り出し、机の上に並べる。

 その一つを持ち上げて呟いた。


「……こんなにあっても、食べ切れないわ」

「長持ちするし、冷蔵庫に入れておけば良いと思うよ。エマくんが残した作り置きも、もうそんなにないでしょ」


 私は溜息をつく。

——何で知ってるのよ。

 折角料理を教えてもらったんだし、作ってみよう……なんてのは妄言でしかなく。仕事があると支度をするのに精一杯で、とてもそんなことをしている暇はなかった。

 だから、こうして持ってきてくれるととても助かる。

「でもこれ、結構値段するでしょ。払うわ」

 そう提案するが、やんわりと断られてしまった。「いいよ」

「そんなに高くないし……アムール家じゃもっと高いの食べてるんじゃないの?」

 私はパックに書かれた店のロゴを見ながら、首を横に振る。

「全然。父様がいる時からここの店のは食べているわ。アンタが思うよりも普通の食事よ」

 アムール家は基本的に食に関心がないため、その辺はかなり適当だった。

 もう一度、手を差し出す。


「それよりもアンタにこれ以上借りを作るのは面倒だから。領収証を頂戴」

「借り……なんてあったっけ?」

「あるわ。グラウベ村だって割り出したのも、汽車の手配をしたのも全部アンタじゃない」

「仕事でやったのは借りに含まれないかなぁ」


 とぼけているが、本当は徹夜してまで探していたことはクロエ様から聞いている。どんなに気に食わない相手でも、借りは借りだ。

 言い返そうとするが、リヒトに「ほらほら」と先を越されてしまう。

「もうこんな時間だし、早く食べちゃおうよ」

 リヒトはガサゴソと袋を漁る。


「何が良い? フィーの好きなビーフシチューもあるけど」

「……じゃあ、それにするわ」


 パックと使い捨てのスプーンを受け取って、椅子に腰を下ろした。

——気遣いは有難いのだけれど。

 ビーフシチューが好きだったのは昔の話で。


——今はそんなに好きじゃないの。


 勿論、わざわざ買ってきてくれた物に文句を言う訳にはいかない。「オレはポテトサラダにしよっかな」と目の前の椅子に座るリヒトを見つめながら蓋を開けると、私の視界は湯気が占領した。


「弟くん達は何食べてるだろうねぇ」

「さぁね。観光名所も何も知らずに行っちゃったから」

 片手にスプーン、片手でパネホを操作して、エマから送られてきたメールを見る。


『重大な発見があったけれど、メールだと説明しきれないので後で電話して下さい。あと知り合いが増えました! お昼に食べた溶岩カレーが美味しかったです!』


 ぐつぐつ煮え切った赤と黒のカレー。その横でピースしているのは、犬の耳と二つのお団子が特徴的な女の子。左端に映っているのは、赤髪で伝統衣装のような物を着ている男性……昨日の連絡にいた、ヴィルさんという人だ。


「でも、楽しんでるみたいよ」


 パネホの画面を見せた。

 リヒトが来る前にトパースから送られてきた連絡にも、

『超重要なことが判明した。詳しくは兄貴から聞いて。グラウベ村、悪くない』

という言葉と共に、兎耳の子と、蛇を巻きつけた子が映った写真があった。

「発見ってのも気になるけど、みんなエンジョイしてるなぁ」

 えぇ、と同意する。

「二人に行かせて良かったわ……何せ、二人とも同世代の子と関わる機会が少ないから」

 学生時代、私は何にも囚われることなく自由に過ごしていた。けれども、二人……特にトパースは、「父様」という足枷のようなものがある。

 伸び伸びと過ごせているならば、姉として幸せな限りだ。


「情報収集ついでに、リフレッシュしてくればいいのよ」


 そう言った後。スプーンで牛肉を掬って、口に入れる……すると、懐かしい味が口内に広がった。

——父様がいなくなってから食べてないから、久しぶりね。

 加えて、エマが大きくなってからはビーフシチューを店で買うことは少なくなった。エマが卒業した辺りで、「僕が作る!」と言い始めたからだ。

 リヒトはこちらを見て、「あーでも」と続ける。

「フィーは休み取らないんだね。リフレッシュ出来ないんじゃないの?」

「休みたいのが本望だけれど……忙しすぎて」

 例の爆破事件。その真相究明に追われていて、とても休んでなどいられない。

「まぁオレも、しばらくは休みなしかな」

——人のこと、言えないじゃない。

 私がそう睨むと、「違うんだよ」と続ける。


「フィー達とは別の問題でさ……グリュック家って知ってるよね。貴族御三家の」


「勿論。私の受け持つクラスに、そこの長男がいるから」

 すると、リヒトはフォークを置いて、身を乗り出した。

「その子に何か変なところはない?」

「ないわよ別に。授業を全く聞いてくれないけれど、成績は超優秀ね」

「……なら良いんだけどさ」

 そう言う目には、まだ疑いの色が残っている。その様子に、私は疑問を感じた。

「その子、というかグリュック家がどうかしたの?」

 リヒトは言い淀む。私が鋭い視線を送ると、気まずそうに目を逸らした。

 懲りずに送り続けると、リヒトはようやく口を開く。

「えぇっとね……確実ではないよ。まだ推測の段階で、オレが調査中」

「……どうぞ。続けて」

 そう予防線を張った先に待っていたのは。


「グリュック家が、アムール家を狙っている、正確には滅ぼそうとしている……かもしれない」


 新たな問題の発生を告げるものだった。

——どういう、こと?

 私の頭は、一瞬の内に混乱に包まれる。ビーフシチューを食べる手も自然と止まった。

 リヒトも「いきなりでしょ?」と苦笑いする。

 私は苛立ちを覚える。とても笑っていられる状況ではない。


「でもこれがね、そんなに可笑しな話でもないんだよ」

「……アムール家が滅ぶのも仕方がないと?」


 感情が声に滲み出ていたようだ。リヒトは「まぁまぁ聞いてって」と宥める。

 私はスプーンを置いて聞くことにした。

「現状の御三家の序列は、上からアムール家、グリュック家、クンスト家という順番……でしょ?」

「今のところはそうね」

 クンスト家というのは、芸術方面で魔法界を牽引する一家である。「強さ」を重視する魔法界では、争いと無縁な芸術だとどうしても序列は下になってしまう。

「で、御三家はちょっとした特典がある。助成金とか、魔法道具の所持制限の撤廃とか……しかしこの特典、実は家ごとに違うんだよ。どうやって決まってると思う?」

 考えるまでもない。

「……序列順」

 リヒトは「大当たり」と頷く。


「年間のアムール家の助成金が千万オレムだとしたら、グリュック家は五百万オレム。序列が一つ違うだけで、二倍くらい差があるんだってね」


 千万なんて、教員である私の年収の二倍近くある。庶民であれば、一年ぐらい遊んで暮らせることだろう。

 話の流れから、私はリヒトが何を言いたいのかが分かってしまった。

——特典を求めてってこと……?

 アムール家がなくなれば、グリュック家が一番上。つまり、より良い特典を受け取ることができる。

——さらに。


「アムール家がなくなれば、魔法界への発言力も高まる……」


 影響力もまた、序列が関係する。私達がクロエ様と話していられるのも、半分くらいアムール家の名によるものだ。


「そう。権力が欲しいと思うのは自然な話だろ? むしろ、今までよくこういう事が起こらなかった、もしくは浮上してこなかったのが不思議なくらいだよ」


 そう言われてみれば、確かにそうだった。

 それだけアムール家には優秀な魔法使いが多かったということだろう。

——しかし、今はどうだ。


「問題なのは、今この家には主戦力である父様がいないこと……私はあまり戦力になる魔法じゃないし、トパースもまだ危ないわ」

「そう、そこがまずい。もっと危惧すべきなのは、狙っていく中でアメテュストさんがいないことがバレること。もしそうなったら、御三家転覆のチャンスだとか言って他の家からも狙われることになるだろうね」


 推測、と言った割にはやけに饒舌だ。


「アンタの中では、ほぼ確定してるのね?」


 不意を突かれたような、やっちまったというような……そんな表情だった。

 誤魔化すように視線を泳がせた後、さらに情報を吐き出す。


「……国軍に内部告発があったんだよ。分家の実力者を掻き集めて、そのための組織を作ろうとしているってね」

「組織?」

「そう。グリュック家ってほら、分家が多いし」

 肯定して、それから私に対して警告をした。


「フィーもグリュック家の長男くんに少し注意して。子供とは言え、攻撃してくる可能性だってある。周りの大人に認めてもらうためにね」


 了解したことを伝えるように頷く。

 けれども私は、自分の教え子を疑うことが出来る気がしなかった。

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