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ゼロの魔法使い  作者: 八御唯代
グラウべ村
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グラウべ村

 空が橙色に染まってきた頃。

 長時間の飛行に疲れた僕に、ヴィルさんは言った。

「あれがグラウべ村だ」

 視線で示した先には、大きな壁で囲まれた町が見えた。村という割には規模が大きい。

「どれだ……」

 トパースは眼鏡を付けたり外したりしてみる。グラウべ村はまだ距離があるし、目が悪いから見えないのだろう。

「村の周りに壁があるのはわかるが、その中にある壁はなんじゃ?」

「グラウべ村には獣人族の中でも龍、兎、猫、狗、蛇の五種族が暮らしている。だが、文化的な違いによる争いが起きても困るから、ああして居住区を区切っているんだ」

 うむ、とラフンさんは納得した。

「情報収集は後日にするとして、まずはまつりごとの里に来てもらう。長老が待っているはずだ」

 そう言いながら示したのは、一番中央にある円形に囲まれた場所。

 魔法界でいうところの、国軍魔法部のような役割を果たしているのだろう。


 それから半時間ほどで、僕達はグラウべ村に到着した。


 リントヴルムから降りた先には、大理石で出来た建物があった。

 その目の前には老齢の男性。右手は杖をついていて、ヴィルさんよりも身長が低いが、纏う雰囲気は強者そのものだった。

 ヴィルさんはその男性の前に参上し、手を僕達に向けた。

「お客様をお連れ致しました」

「ご苦労。リントヴルムに褒美をやってくれ」

 一度お辞儀をして、ヴィルさんは後ろに下がった。それに対して、男性は前へと足を進める。そして、名乗った。

「我はこのグラウベ村の長老兼、獣人騎士団団長を務めるザインだ」

 角はヴィルさんよりも長く、太い。皺のある顔は穏やかな老人らしいものだが、やはり結膜が黒かった。綺麗に整えられた髭からは長老としての威厳が感じられる。

 短く整えられた赤髪は、ヴィルさんに似ていると思った。

「孫が世話になったようだな」

 そう言われたヴィルさんは、激しく動揺した。

「じいちゃん、それは言わなくてもいいだろ」

「客人の前でじいちゃん呼びする孫に言われても」

「それはいつもの癖で……」

 本当に血の繋がりがあったみたいだ。

 あの見た目で「じいちゃん」呼びだとは誰も思っていなかったのか、場はほっこりとした雰囲気に包まれる。

「とりあえず中に入ろう。ヴィルはリントヴルムの世話でもしていなさい」

「はい。……行くよ、リントヴルム」

 リントヴルムは再び宙に浮かび、歩き出すヴィルさんの後ろをついて行った。

 まるで、買い物のとき、母親についていく子供みたいだと思ったのは僕だけではないだろう。ドラゴン相手に言うことではないけれど……とても可愛い。

「では、マギ地方からやってきた方々。そこの建物に入って、少しグラウべ村について説明をしよう」

 手招きをされて、僕達は建物へと足を踏み入れた。



「金髪の坊やがトパースで、緑の髪のお嬢ちゃんがスマラクトであってるか?」

 トパースはこちらを見てニヤニヤと笑う。

「あの、僕男です」

「そうなのか。無礼を詫びる」

「そんな謝る程のことじゃないです。紛らわしい格好をしている僕が悪いんですし」

 頭を下げようとする長老に対して、慌てて両手を前に出した。

 慣れているから不快には感じないけれど、僕はそんなに女の子っぽいのだろうか。

 長老は僕とトパースを凝視した後、過去を振り返るかのように言った。

「それにしても、顔立ちや目がアメテュスト殿によく似ている。我もここで、其方らのお父様と話したのだ」

 僕達が今居る部屋は、応接室だ。白練のテーブルクロスが敷かれた丸テーブルを囲うようにして座っている。

 広さはアムール家の屋敷のリビングくらい。部屋は木で出来ていて、温もりを感じさせる。しかし、壁に掛けられた絵の数々は高級感を出していた。

——ここに。

 ここに父様も来たのだと、長老は言った。しかしなかなかその実感が湧かない。

 人の脳というのは残酷な物で。もう、僕は父様の体温を忘れてしまったのだ。声や姿は思い出せても、細かい会話などの記憶は白黒写真のように色褪せてしまっている。

「アメテュスト殿は、この村に侵入して迷惑行為をしていた輩を退治してもらうために我が呼んだのだ。グラウベ村には獣人騎士団というのがあるが、それでも手に負えなくてな。それなのにアメテュスト殿はすぐに追い払って来てしまった」

「ほぅ。その輩というのは捕まったのか?」

 長老は首を横に振った。

 やはり、ソイツが父様が消えた原因なのか——そう思ったところで、その説は消え去る。

「いや、捕まっていない。と言うよりは、捕まえなく良いという判断になった。心を入れ替え、これからは善行に努めるという約束をして、グラウベ村に住む許可を与えたのだ。それ以降問題を起こしたという事は聞いていない」

 僕達は顔を見合わせる。

 ソイツを探すためにグラウべ村まで来たのに……心を入れ替えたなどを聞くに、父様が消えた要因ではないかのように思える。それに、すぐに追い払ったということは疲れるほど苦労していないということで。

「見当は外れたっつーことか」

 トパースは神妙な面持ちで呟いた。

 それを見て、長老は訝しむような顔をする。

「アメテュスト殿が来たのは少し前のこと……しかし、其方らにとっては二年も前のことだ。なぜ、今グラウべ村に来たのだ? 我が言うことではないが、ここは田舎で来るのも大変だろう」

 ラフンさんがこちらに目をやる。

 事情を説明していいかという確認だろう。僕とトパースは承認した。

「アメテュストは、グラウべ村から帰って数日後に姿を消したんじゃ。しかしまぁ、彼奴は自分がどこに行っていたかなんて子供に言っていなくて、長らく原因が分からずにいてな。それが最近、グラウべ村での仕事で何か問題があった、という結論になったんじゃ」

 長老は顎に手を当て、「フム……」と言葉を嚙み砕いていく。

「それで……其方、ラフン殿と言ったか。アメテュスト殿との関係は?」

「旧友が一番分かりやすいかのぅ。アメテュストの妻が、儂の従姉妹なんじゃ」

 長老とラフンさんが話している光景を見ていると、脳が混乱してくる。

 壮年のまだ活気が残る、老人のような口調をした男性がラフンさんで……見た目と言動の不一致が起きていた。何とも不思議な光景である。

「なるほどな。しかし、この村で問題はなかったと思うぞ。魔法使いを対峙して、そのまま帰っただけだからな」

「でも、それ以外に心当たりがなくて……もしかしたら、その魔法使いの仕業かもって思ったんですけど」

 長老は頭を悩ませる。

「生憎、我は来た時と帰る前にしか話していないから分からない。しかしまぁ、ユスティーツまで送った者や、それに滞在中に案内した者であれば、何か知っているだろう。アメテュスト殿が戦った魔法使いは難しいかもしれないが……可能な限り、我が話を回しておく」

 そこでこほん、と息を整えた。

「とりあえず、グラウベ村の説明に移ってもいいか」


 父様の話は一旦おしまいにして、話題を転換する。


「まずは、地図を渡しておこう」

 明らかに、ラフンさんとトパースの顔が若干引きつったように感じた。

「帰る前に返してもらうことになっているから、紛失した場合は報告してくれると助かる」

 情報漏洩を防ぐ為だろう。僕は頷いて、地図を受け取った。

 中央に政の里。東から時計回りに兎、龍、蛇、狗の里が位置している。

「猫の里だけ二つあるんだ……」

「あぁ。兎と龍、蛇と狗の間にある。特に二つの里で違いがある訳ではないがな」

 この地図は、魔法協会の物より簡素なものだった。

 トパースは横から覗き込む。「これなら読めそうだ」

「情報収集はここと龍の里で事足りると思うが、どの里も魅力的だ。ぜひ、観光に行ってみるといい」

 そこで、トパースは疑問を口にした。

「ドラゴンが野生で存在する場所があるって聞いたけど、何処にあるんだろうな」

「あぁ、【飛龍の崖(ドラゴン・クリッペ)】のことだろう。少し地図を貸してもらえるか」

 僕が地図を渡すと、指である地点を示してみせる。

「飛龍の崖は、龍と蛇の境の北の方にある。ただ、そこにいるドラゴンは強く、人に友好的だとは限らない。案内の者を連れて行くように頼む」

「案内……というのは、儂らが勝手に探すべきかな?」

「いや、その必要はない。ヴィルとリントヴルム、あとは獣人騎士団を派遣する」

 相当実力を認められているようだ。僕にとっても、ヴィルさんがいるのは心強い。

 その後、宿の案内を経て二日目は終了した。


 宿は泊まる場所というより、普通の家に近かった。ちなみにトパースと同じ部屋である。

 お風呂、台所、暖炉完備。全てが揃っていて、疲れた体を癒すのには丁度良い。

——はぁああ、天国……

 手配してくれたであろう長老に心の中で感謝した。




 龍の里の壁に接した北端にて。

 人気が全くない月の下で爆発音が轟いた。

「ここがグラウべ村かぁ……ったく、本当に田舎じゃねぇか」

「確かに、ここならアムール家の子供を邪魔されずに殺すことだって出来そうだな」

 壁に大きな穴があいて、次々とローブを着た者達が侵入する。その数にして十五以上。

「この村には里があるそうだ。何人かで別れて行動しよう」


 エマ達が刺客に気付いていないのと同じように、その姿を楽しそうに眺める人影があったことに侵入者達は気付いていなかった。

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