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ゼロの魔法使い  作者: 八御唯代
グラウべ村
17/19

龍人族の案内人

 マギ地方を出てから二日目。

 僕達は、フェアトラーク魔法協会の本部へと来ていた。

 魔法協会という組織は、外部地方からやってきた魔法使いの対応や、犯罪行為の取り締まりを行っているらしい。

 ここにグラウベ村の人が迎えに来てくれるというのである。

 ユスティーツ駅周辺には高い建物が多い。その中でもこれは一際高く、大きく。なんと十五階建てだという。空にまで届いてしまうんじゃないだろうか。


「何階に行けばいいんだっけ」

「えーっと、十階らしいよ……階段登って行くんだって」

「魔法を使えばいいんじゃねぇの」

「生憎だが、この建物内は魔法を使えないぞ」

 魔法を使おうとするのを、ラフンさんが止めた。

「なんでだよ、ここ魔法協会だろ?」

「魔法を使って犯罪でもされたら困るからのぉ。重要な書類や道具が保管してあるじゃろうし、魔法を打ち消す魔法くらい掛けておかないといけないのじゃ。国軍ほどの警備体制が整っている方が稀じゃよ」

 案内と書かれたカウンターには、メイド服を着た女性が立っていた。

 僕達を捉えて、一枚の紙を見せた。

「グラウベ村に行くお客様。十階だけだと分からないと思いますよ。こちらに地図があるので、持って行かれることをお勧めします」

「では、頂こう」

 ラフンさんが先導して受け取る。

 三枚の紙には、十五階分の地図が書かれていた。迷路と見間違うほど大量の線、その傍には小さな文字。高等魔法の魔導書よりも読みにくい。

「解読魔法、ってそうだ……魔法使えねぇじゃん」

 トパースはがっくりと項垂れた。

 ラフンさんも複雑な物は苦手らしく、苦笑いを浮かべている。

 僕は父様の研究を手伝っていた時の経験により、こういう類の解読は得意である。ラフンさんから紙を受け取って、頭の中で情報をひとつひとつ紐解いていった。

「十階の地図は二枚目にあります。そこの百五十五号室ですね。ここにこう……」

 メイド服の女性も説明しながら、両手の人差し指だけを立てて頭上に持っていく。

「長い角がある、『ヴィル様』という方です。マギ地方だと見かけることがない姿ですので、すぐに分かると思います」

 僕達は感謝の言葉を述べて、階段へと向かった。



 メイド服の女性が言う通り、その人の耳には長くて黒い角があった。

 室内には机と椅子が一つずつ。

 僕達が部屋に入ると、黒い角の男性は立ち上がって頭を下げた。


「ここまでよく来てくれた……俺は龍人族のヴィル。呼び方はなんでも良い」


 背中まで伸びている、一つに束ねられた赤髪。瞳は純白。歳は姉さんよりも少し上だろうか。落ち着いたイメージを与える人で、立ち上がるとより身長の高さが際立った。

 一瞬、目が合う。

 鋭い目と黒い結膜は僕に圧を与えた。しかし、すぐに柔らかい表情になる。

「見慣れないだろうから、この目は少し怖いかもしれない。でも、敵意はないからあまり警戒しないでくれ」

 少しだけ眉尻が下がったように見えた。

「その、俺が傷つく」

 そう言われて、警戒しようという気はなくなった。むしろ、自分より身長が高くて、強いであろう人から「傷つく」という言葉が出て、少し親近感を覚えた。

 ヴィルさんは表情を元に戻し窓の外の方に顔を上げて、僕達の視線を誘導する。

「早速だが、もう行く準備はできている。そちらも出発できるか?」

 僕達は頷いた。出来るだけ早くグラウべ村に向かいたい。

 すると、ヴィルさんは窓を開けて、窓の縁に足を乗せ……

「えっ?」

 ヒョイ

 と迷いもなく窓の外へと身を投げた。綺麗な弧を描いて、落ちていく。

 僕は一瞬理解が追い付かなかった。

 窓の外にあるのは地面のみ。十階から落ちたら、大怪我では済まないだろう。

 僕とトパースは走って窓へと駆け寄った。

——あれ。

 そこで僕はあることに気付く。

——地面、じゃない?

 見えたのは地面ではなく、無機質な床。高さこそあれど、十階分には見えない。

「驚かせたか。すまん」

 パタ、パタという羽音と共に、ヴィルさんは驚く僕達にそう言った。

「八階から十階までのスペースに飛行場があるんだ。もう少し奥から、乗り物に乗ったまま外に出ることができる」

 ヴィルさんが乗っているのは何なのか、それは羽音から分かるだろう。

「コイツは俺の相棒のリントヴルム」

 真紅の鱗に、黄金の瞳のドラゴン。ゼルトザームより二回りくらい小さいけれど、やっぱり僕よりも大きい。

「……マジか」

 トパースは僕の服の裾を掴んで後ろに隠れ、様子を伺っている。

 生でドラゴンを見るのは初めてだから、恐縮しているのだ。

「クゥン」

「こんにちは、だそうだ。乗り心地は良くはないが悪くもない。箒にずっと乗ってるよりはマシだと思って我慢してくれ」

 人懐っこいゼルトザームと違い、リントヴルムはヴィルさん以外には素っ気なかった。挨拶こそしたけれど、こちらに顔を向けることさえない。

——というか、ゼルトザームが人に懐きすぎなんだよね。

 ドラゴンとは、孤高かつ高貴な存在。人間とは住む次元が違う生き物。本来、人ごときが気軽に接してはいけないのだ。

「じゃあ、乗っていいぞ。あと、荷物は後で載せるから今はいい。リントヴルム、じっとしていてくれ」

 トパースは僕を見て、目で先に行け、と伝える。

——いや、ちょっと怖いよコレ。

 僕も目でそう言い返した。

 窓は人がギリギリ通れるくらいの大きさ。しかも、リントヴルムと窓の間にはかなり大きな隙間がある。そこを渡ると想像しただけで、足がすくんだ。

「兄貴、怖いのか?」

 トパースは揶揄った。

 僕は後ろを振り向いて言う。

「じゃあトパースが先に行きなよ」

「……い、いやそれは遠慮しておく」

 途端、気まずそうに後ずさりする。

 こういう臆病な所があるのは少し可愛いと思う。

 普段なら微笑んでいる状況だが、今は目の前の隙間をどうやって通り抜けるかという問題を解決せねばならない。

 窓に手をついて、右足をそっと前に出す。

——もっと動きやすい格好にすればよかった!

 心の中で喚く。布の装飾が窓に引っかかりそうで怖い。

「落ちても心配ない。リントヴルムがしっかり拾ってくれる」

 ヴィルさんはそう励ましてくれたけれど、まず落ちる可能性があるという時点で怖いのだ。

——ひぇぇえ。

 額に冷や汗が走った。

 右足をさらに前に出して、左足を窓から離そうとする。

 ツルッ

「あ」

 その拍子に、左足が滑ってしまった。

 前に進もうとする衝動で、両手を離してしまう。

「行け。リントヴルム」

 しかし、何とか落下は免れた。

 ヴィルさんの言葉通り、リントヴルムが掴んでくれたからだ。その大きな牙を冠する口で。

 リントヴルムは僕の首根っこを掴んで、そのまま背中へと投げた。

 容赦がない。僕は鱗に叩きつけられる。

「ありがとう」

「クゥ……」

 さっきよりも低い声だった。間抜けなやつめ、とでも言いたげの様子だ。

 それ以上は何も発せず、前に向き直る。その代わりに、心配そうな顔をしたヴィルさんがこちらを見た。

「落ちても大丈夫と言ったのは俺だが……大丈夫だろうか? この後はもっと高い所を飛行するが」

 ……悲鳴を上げそうになったのは、言うまでもない。


 その後、青い顔をしたトパースと笑顔のラフンさんが飛び乗る。

「ちょ、兄貴……助けて!」

「フォッフォ。ドラゴンに乗るのは久しいのぉ。失礼するぞ、リントヴルムよ」

 最後に荷物を載せて、リントヴルムは飛び立った。


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