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ゼロの魔法使い  作者: 八御唯代
グラウべ村
14/19

準備

『父様が仕事で行っていた場所が特定できた』

 姉さんが帰ってきてそう言うなり、グラウベ村へ行くための準備が本格的に始まった。


 準備開始から五日後。

 まだ未決定の事項を決めるために、クロエ様、リヒトさん、ラフンさんがアムール家の屋敷に集まり話し合った。


 まず交通手段。

 グラウベ村は、魔法獣人族が虐げられていたという過去から、外部の者との接触をあまり好まず、車が通るための道路すらないらしい。

 一応、トパースなら箒で行けない訳ではない。しかし距離が長く時間も掛かるため、現地の人にクロエ様が頼んでくれたそうだ。それを説明した姉さんは、「クロエ様は仲が良さそうに話していた」と驚いていた。

 グラウベ村付近で一番大きな都市、ユスティーツまでは高速鉄道で向かう。

 村まで片道二日。高速鉄道なんて家族旅行以外で乗ったことがないから楽しみだけど、移動だけで疲れそうだ。


 次に人員。

 僕とトパースだけでは、少々心細い。

 だからといって、仕事がある姉さんを連れて行くわけにはいかず、クロエ様も有事の際に対応できなくなるから不可能だ。リヒトさんという話も出たけれど、女性二人組が、

「やめておけ。若いのだと舐められる」

「やめておきなさい。絶対失言するわ」

と即拒否した。姉さんは「絶対」をやけに強調している。

 リヒトさんも「酷いなぁ」と言ってこそいたけれど、元々行くつもりはなかったらしい。

 となると、残された選択肢はラフンさんのみだ。

 話に参加せず、グラウベ村関連の資料を見てフムフム呟いていたラフンさんの方を、全員が一斉に見つめる。

「そんなに此方を見つめて……顔に何かついているのかのぅ?」

 資料から顔を上げると、そう質問した。

 クロエ様は「何故聞いておかない」と額に手を当てる。そして「ラフン」と呼びかけた。

「この子達とグラウベ村に行く気はないか?」

 ラフンさんは拳を顎に当てて少し考え事をした後、応えた。

「いいぞ」

 父様のことをよく知っていて、各地を旅したから外の世界についても良く知っているはずだ。初めてマギ地方を出る僕とトパースにとってはこの上なく心強い。

 そうして、人員は決定した。


 最後に日程。

 移動で二日かかるという時点でかなりのブランクが発生する。

 僕の「観光したい!」という我儘も考慮された上で、日程が組み込まれた。

 一日目と二日目は移動。三日目から九日目はグラウベ村で父様関連の情報収集を行い、十日目はユスティーツへ移動。十一日目に観光をして、十二日目にようやく帰るという形だ。

「情報収集ってそんなにかかるか?」

 トパースの質問には、リヒトさんが答えた。

「もし早めに終わったら、グラウベ村周辺に遊びに行ってもいいんじゃない? 結構ドラゴンとかいたり、魔法鉱石とかが取れる場所があったりするって」

「ドラゴン……!?」

 いち早くトパースが反応する。

 ドラゴンは希少性が高く、この辺りで見かけることはない。

——まぁ、僕は会ったんだけど。

 ふふん、と心の中で自慢げに笑う。

 目を輝かせるトパースを見て、ふと僕はメタル君に渡された紙を思い出した。

——もしかしたら、ルミエル魔法学校の修練合宿と被るんじゃ……

 渡す前に軽く目を通しただけだったが、開催場所の欄にはユスティーツと書かれていたのを覚えている。

——ユスティーツはまぁまぁ広いから、会う心配はあまりないよね。

 それ以上に、トパースが知ったら「行かない」と言い出しそうな気がしたので、黙っておくことにした。


 交通手段、人員、日程が決まったら、次は家の準備だ。


 準備といえば、荷造りと姉さんに料理を教えることくらいである。

 何よりも仕事が好きな姉さんは、熱中するとすぐにご飯を抜く。僕達がグラウベ村に行っている間、何も食べないというのは問題だ。

 だから、料理を教えることにしたのだが……

「エマ、材料を二倍にしたなら、加熱時間も二倍にするべきかしら?」

「ストップ姉さん! それは爆発するやつだよ」

「でも生焼けだとお腹を壊すんじゃ」

「大丈夫。生焼けにならないから、とにかくレシピ通りにやって!」

 本当かしら……と呟きながら、フライパンを火にかける。

 現時点で、もう不安しかない。目を離せば手を包丁で切りそうになったり、今みたいにレシピとは違う行動をし始めるのだ。

「ねぇエマ。卵ってどうやって割るの?」

「そ、そこから……!?」

 野菜スープを作れるようになるのは、一体いつのことになるのやら。

 姉さんは父様と一緒に居た期間が長く、学校や仕事で家にあまりいなかったため、料理をするという機会が少なかったはずだ。

 料理を自分で作らせるのは諦めて、出来るだけ作り置きをしていくしかないだろうか。

——リヒトさんに見てもらうように言っておこう……

 卵の殻が入った、と騒ぎ立てる姉さんに頭を抱えながら、僕はそう決意した。


 荷造り。

 それは、旅の前後も含めて一番楽しい時間だと言えるだろう。スーツケースを取り出しただけで、不安を飲み込むほどの期待が膨らむ。

 しかしその楽しい時間の中で、一つ問題が発生した。

「兄貴!」

 自室で荷造りをしていたトパースは、僕の部屋へとやって来た。

 深刻な問題が発生した。表情にそう目立ちやすいように書いてあった。

「何があったの?」

 トパースは大きく口を開いて、言う。

「服が、服が足りねぇ!」

 すぐに僕は、クローゼットに向かう。ばん、と大きな音を立てて開けた。

 来て行けるような服。洗濯するとしても、最低四着は必要……人差し指で一着ずつ数えていく。

「一、二……」

 僕も悲鳴を上げた。

「足りない〜!」

「だろ!」

 外に出ると言っても買い物くらいだし、大した服は持っていない。貴族なのに。

 トパースも同じで、持っている服といえば数着の私服と制服、あとは訓練着くらいか。父様に買ってもらった物があっても、ここ数年で随分身長が伸びたから入らないに違いない。

——僕ならきっと入るんだろうけれど、髪色もスタイルも違うから似合わないだろうし……

 どうしてこうも姉弟でスタイルが違うのだろうか。

「十二日間もあるし、ふざけた格好で行ったら姉貴が怒るし……今から買いに行くか?」

「えぇっと……買いに行くって、どこに?」

 父様がいた頃は仕立て屋さんが来ていたので、服屋を知らない。

 二人で唸っていると、姉さんが「いきなり大声出して。どうかしたの?」とやってきた。

 僕達は身振り手振りを交えて服がないことを説明する。

「はぁ、なるほどね」

 父様を探すために行けと言ったのは姉さんなのに、さほど興味がなさそうな様子だった。

「今から仕立て屋呼んでも来るのは五日後とかだろ。どうしろって言うんだ」

 姉さんは玄関の方に目を向けた。「問題ないわ」

「どうせ服なんて買ってないでしょうし、私も人付き合いで正装が必要だったから。今日、仕立て屋を呼んであるの」

 だから客間に来てと呼びに来たんだけれど。言ってなかったっけ? きょとん、と僕達の反応を不思議がるように言った。

「早く下に来てね」

 完全に僕達が悪いということになったまま、部屋から出ていく。

「……言うのがおせぇわ」

 トパースの呟きに、僕も激しく同意する。

 これで服の心配をしなくて良くなるのは嬉しいけれど、焦った僕達が馬鹿らしくなる。直前になって重要なことを言い出すところは、ぜひ直してほしい。

 とりあえず、荷造りは一旦中断。

 僕達は仕立て屋さんが待つ客間へと足早に向かった。


 その仕立て屋は、アムール家御用達のところだ。

 物心付く前からお世話になっている顔馴染みの人達で、採寸はスムーズに進んでいく。最後に形や色などの希望を添えて、その日は終了した。

 僅か四日後。僕達の元に、完成したという連絡が入った。


 出来る限りの贅を尽くした至高の服。

 上質な生地というのもあり、短期間で作られたとは思えない出来栄えである。仕立てる魔法の技術も含めて、まさに職人技だ。

「……おぉ」

 思わず感嘆の声を漏らす。

 アップルグリーンのリボンに、白のフリルタイ。深緑のシャツの上には二重からなる上着。ローブにしては裾が短く腕を通せないが、マントとも言い難い設計だ。これをケープと言うのだと後で教えてもらった。

 下はセピア色のハーフパンツ。後ろから見ると長い布の装飾がついていて、緑のグラデーションになっている。シャツと同じ色の靴も新品だ。文句のつけようがない。あえて言うなら、太ももについているベルトくらいだろうか……ガーターベルトというらしい。

「なんで上着はお揃いっぽいんだよ」

 服を着たトパースは、不満そうに言った。

 そう、この上着。色や細かい形こそ違えども、基本的な構造は同じなのである。二重になっていて、他の姉弟のフェイスペイントを模した金色のチャームが付いているのだ。

 トパースは「上着は」と言った。けれども、よく見てみると類似点はもっとある。

 ズボンの後ろについている装飾。これはトパースのチョコレート色をしたスキニーパンツにもついていて、こちらは黄色のグラデーションになっている。姉さんの場合はスカート本体だ。統一感があって、姉弟であることを暗に伝えているようだった。

「トパースとお揃いだなんて僕は嬉しいけどなぁ」

「兄貴が気に入ってるなら、それでいいけど」

 耳を赤くして、照れくさそうにそう言った。

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