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ゼロの魔法使い  作者: 八御唯代
父様を求めて
11/19

修錬合宿

 プルルルル プルルルル

——聞こえていない。

 プルルルル プルルルル

——今、俺の耳には何も聞こえていない。

 プルルルル プルルルル

——あぁもう、うるせぇな。


【メタルから電話が来ています】

 

 ベッドの上で鳴り続けるパネホに出ない俺に、機械音声はそう告げた。

 仕方なくパネホを掴む。画面には「出る」、「出ない」という選択肢があるが、絶対にどちらかを押してはいけない。気付かないフリをするのが一番だ。

「……ったく、しつこいヤツめ」

 十コール目を迎えた電話。きっと、まだまだ振動し続けるだろう。

 休学届を出すのに失敗してから、早くも一週間が経過。一度も家から出ていない。何故なら一日二十回以上、アイツから電話が来ているからだ。迷惑電話に設定したのに来る。アイツの得意な魔法の一つに遠隔機械操作があるからだろう。生憎、俺は対抗する魔法を会得していなかった。

 だから無視。

 出ないを押せば、俺が電話に気付いていることがバレてしまう。反応がないのはわざとだと気づかれているだろうけれど、確証を与えてはいけない。

 二十コール目に突入。

 あまりにもしつこい。

 俺は舌打ちをして、閉め切られた紫のカーテンをそっと開ける。


——いる。


 閉め切られた門の前。整えられた庭の向こう側にいるのは、紛れもなくメタル本人だ。黒いパネホを睨みつけ、負のオーラを出している。

 学校に来いと俺に言っていたが、お昼前のこの時間にいるということは、アイツも学校に行ってないのだろう。どの口が言っているんだか。

 それに、家の前に不審者がいるのは困る。近所迷惑だ。屋敷の周りは全てアムール家の私有地だから、近所なんて存在しないけど。

 突然、メタルはパネホから目線を上げた……ところで。


「!」


 一瞬、メタルの赤い目が俺を捕らえた。

 バシャッ

 反射的にカーテンを閉めて、窓を背中にして座り込む。

「……バレた、な」

 頬に冷や汗が伝わるのを感じる。あの鋭い目はまさに蛇。逃がさないという強い意思表示のようだった。

 と、そこで。コール音はピタリと止んだ。

 静かになった部屋。普段は少々不気味だと感じるが、今は安堵でいっぱいだ。今日のところは諦めて帰るのだろう。そう思い、昼飯を取りに行こうと立ち上がる。

 ガシャ……

 その音で、俺は動きを止めた。ゆっくり、窓の方を振り向く。

 俺の心臓の鼓動は早まった。

——もしかして。

 もしかして、メタルが解除魔法を使ったのではないか?

 あれは門が開く音だ。解除魔法なんてのは初歩的な魔法だから扱えるはず。メタルが家の門を開けたのでは……

——いや、ないか。

 しかしその可能性はないと判断した。

 アムール家の門は登録した物以外が開くと、ブザーが鳴る仕組みになっている。登録されているのは家族と、クロエ様くらいだ。鳴っていないということは、買い出しに出かけていた兄貴が帰って来たのだろう。

 だが、兄貴なら安心……という訳には行かない。

 狂暴なメタルと人畜無害な兄貴。今帰って来たということは、門のところで会っているはずだ。「トパースを出せ」なんて魔法で脅されていたらどうしようか。普段のメタルならしないだろう。でも、人の家に通い詰めるくらい理性を失った今では有り得る話だ。

 カーテンを少しだけ開き、メタルを観察する。特に変わった様子はなく、パネホを弄っている。むしろ鬼気迫るオーラはさっきよりも少ないし、杖を出したような雰囲気もなかった。

 プルルルル プルルルル

 手に持ったままの携帯が、鳴り始めた。しかし、今度はメタルからではない。兄貴からだった。何も起きていないことを確認するためにも、俺は「出る」ボタンを押した。


『あ、トパース。お友達来てるよ……えぇっと、メタル君、だっけ?』


 呑気な声だった。

「無視していい。アイツ、毎日来てるし」

『でも、メタル君が会いたいって』

「俺が会いたくない」

 兄貴がえぇ、と戸惑う声が聞こえる。

『呼んでくるって言っちゃったよ?』

「追い返せばいいだろ」

『……断ったら殺してきそうな目だったんだけれど』

 負のオーラは抑えていても、目付きは簡単に隠せるものではない。

「じゃあ、俺が断ったって言えばいい。アイツも拒否してんのに勝手に家に入るようなヤツじゃない」

 俺がそう吐き捨てると、兄貴は気まずそうに『あぁ、言ってなかったんだけど……』と切り出した。

『ごめんトパース。メタル君、もう玄関まで入れちゃってて……』

「は?」

 予想外の発言に、俺は間抜けた声が出た。

「追い返しようがないってことか?」

『難しいかなぁ』

 お節介な兄貴の悪いところが出てきてしまった。

——悪気がないから責めようがないけど、メタルと会わないとなのか?

 姿を見られてしまったのだし、出掛けているという言い訳は出来ない。そもそも、兄貴の近くにいるならこの会話は聞かれているかもしれないのだった。

『トパースのお兄さん。少しパネホを貸してもらってもいいですか?』

 パネホの向こうから聞こえてきたその声に、俺はギョッとする。正真正銘、メタルの声だ。

『もちろん、いいよー! あ、メタル君に変わるね』

——オイ、待て兄貴。

 そう言う前に、兄貴のパネホはメタルに渡ってしまった。

——でも、ここで電話を切ることだって出来るぞ。

 頭の中に天秤を浮かべる。右にメタルと話したくない、声を聞きたくないという感情。左に俺が拒否したことで、兄貴が困るのは申し訳ないという感情。左右に揺れていて、中々決まらない。

 俺が兄貴に迷惑を掛けることは多い。学校に行かずに家に篭っている弟なんて、どれだけ迷惑なことか。それに、メタルなんかとずっと一緒にさせるのも気が引ける。天秤は左にがくっと下がった。

 魔法では先制攻撃がものを言う。それは、会話の駆け引きでも同じだ。

 俺はパネホを握りしめ、口を開く。

「わざわざ家に来るだなんて、暇なんだなぁ?」

『お前と一緒にするな』

「じゃあなんだ。来なかったら殺すっつーのを遂行しに来たのか?」

 煽り口調になっているのは、焦りと緊張を隠すためだ。

 平和主義の兄貴は、「殺す⁉︎」と驚きの声を上げた。

『流石の俺も、兄がいる前でそれはしない。担任に言われて来てんだよ』

——いや、兄貴がいなかったら殺すつもりだったのか。

「何でだ?」

『知らせ』

 それにしても意外だ。ルミエル魔法学校の教師は基本的に放任主義。二年程休学していても、こうしてメタルが担任に頼まれて来たことはなかった。メタルに頼んだのは、きっと俺と仲が良いヤツが他にいなかったからだろう。

 俺は心の中で吐き捨てる。

——そんなの、メールでいいんじゃねぇの?

「で、どんな知らせ?」

『一週間の修練合宿』

 俺は笑いそうになった。修練合宿とは、山奥に行ってひたすら魔法を練習したり、手合わせをしたりして己の技術を高めるという数日間に渡って行われる合宿だ。でもそんなの毎年数回以上あるじゃないか。珍しいことでも、わざわざ知らせに来るようなことでもない。

「ハッ、そんなことを知らせに家まで来るなんて……」

『笑い事じゃねぇぞ。最終学年のクラス分けはこれで決めるっつーんだ』

 まだ新学期は始まったばかりのはずだ。クラスが発表されるのは最終学年開始より三ヶ月前だとしても、あと半年以上ある。

 ふと、俺の脳裏に姉貴の声が蘇る。

『アムール家の名を汚すのは大問題だからね』

 今までは、テストと実技の点数だけでクラスが分けられていた。

 しかし、それが合宿で決められるとなれば……参加しないと上位クラスには行けないのと同じこと。つまり、姉貴の言う「アムール家の名を汚す」行為に値する。

『だから、絶対来い』

 俺は迷う。

 これから、父様の情報を集めるために遠くへ行く可能性がある。そうすると、修練合宿になんて参加している暇はない。けど、アムール家の体裁が……

「生憎、予定があるかもしれねぇな」

『仲良く家族旅行でもするのか?』

 仲良く、でも。家族旅行、でもない。

 こうもメタルは、俺の地雷を踏むのが得意なようで。

『お前が何と言おうと、俺はお前を引き摺り出してでも連れて行くからな』

 俺が反応する前に、電話はプツンと途切れてしまった。



「はい、これが合宿の説明だって」

 その後、メタルはパネホを兄貴に返し、すぐに帰って行った。

 買った物を冷蔵庫に詰め込んだ兄貴は、俺に束ねられた紙を差し出した。

 二枚ペラリと捲って、つまらないと閉じる。

「行くの?」

 紙から目を離して、俺は適当に答えた。

「さぁ、行かないんじゃねぇの? 父様を探すためにどっか行くらしいし。姉貴は行けってうるさいだろうけど」

「確かに。姉さんは色々良いそうだねぇ」

「まだ迷ってるんだよな。アムール家の体裁とか、アイツにあんなに言われると行かないのも難しいけど。でも、父様探しの方も大事だろ?」

 それまで呑気だった兄貴は、急に真面目な顔をして言う。

「トパースは?」

「……?」

「トパースは、どうしたいの?」

「どうしたいって……さっき言った通り、まだ迷ってる」

 兄貴は首を振って、「そういうことじゃなくて」と言った。

 俺はイマイチ言いたいことが分からず、首を傾げる。

「トパースが迷ってるのって、姉さんとかメタル君とかの言うこともそうだし、父様探しも大事だって思ってるからなのは知ってるよ。僕が言いたいのはそっちじゃなくて、そういう事情全てを省いた上で、トパースがどうしたいかってこと」

 俺は考える。

——学校がなんだ。

 俺達にとっては父様が全てで。家族のためになるのは、父様探しの方だ。上位クラスなんてたかが一年間の話な訳だし。

「でもトパース。学校も大事なんじゃない? ……父様が帰って来たとしても、僕達はいつか自立しなきゃいけない。そう考えると、将来の選択を広げるために上位クラスで卒業した方が良い気がするよ。トパースが何になりたいかは知らないし、僕があれこれ口出しすることは出来ないけどね」

 それは姉さんも、メタル君も同じ。兄貴はそう付け加えた。

 俺は顔を曇らせていく。

——自立。

 まさか、一番考えていなさそうな兄貴がその言葉を出すとは思いもしなかった。

 俺も将来のことを考えていない訳ではない。

 いつかこの屋敷を出ていかなくてはならないことくらい、とっくに理解している。

 兄貴の言う通り、将来のことを考え、魔法使いになるというなら上位クラスで卒業した方が良い。就職や進学の選択肢が広がるからだ。

 けれども将来を考える時も、中心はやっぱり父様。父様がいない中で、具体的な未来を描くことは不可能だった。真っ暗で少し先の未来すら見えない。

 それに今俺がやりたいことを聞かれても、父様探しくらいしかないのだから。

「父様探しを優先する」

 俺がそう決意表明すると、兄貴はいつもの笑顔を浮かべた。

「そう。じゃあ、僕はそれを尊重するよ」

 

 自室に戻った俺は、紙の束を、手でビリビリ破いていく。

——どうせ、行かないんだし。

 こんなもの、俺を苦しめるだけだ。細くなった紙切れをゴミ箱に投げ捨てた。


 その後、合宿場所を見ておかなかったことを後悔することになるとは思いもせずに。

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