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死神シリーズ

……生きてる?

作者: 咲来青

 電話の音が響いた瞬間、爽音(さわね)の体は凍りついた。

 震える指先で枕元のスマートフォンを手探りして手に取る。

 ――午前二時。



 ……またか。



 この時刻に、三週間前から毎日鳴るようになった電話は、もはや避けようのない悪夢だった。



『……生きてる?』



 かすれた声に背筋が凍る。

 けれど、それだけ言って切れるスマートフォンの向こう側には、必ず誰かがいるはずなのだ。


 その誰かが知りたくて――爽音は毎晩かかってくるその電話を、どうしても無視することができずにいた。



**********



 爽音がその電話のことを警察に相談したのは、三日前のことだった。


「はあ? 毎晩、きっちり同じ時間に?」


 警官は呆れ顔で質問を繰り返す。クリップボードを手に、義務的に話を聞いているような態度に、爽音は落胆してうなだれた。


「はい、毎晩午前二時です。三週間ほど前から」


「発信者番号は?」


「わかりません。何も表示されないんです」


「何も表示されないぃ?」


 警官はペンを持つ手を止め、眉をひそめた。


「いや。そんなはずないでしょう」


「本当なんです」


 爽音は必死に食い下がった。


「画面は真っ暗で、着信音だけが鳴るんです」


「う~ん……。発信元情報なしの着信は珍しいですけど、最近のスマホなら、技術的には不可能じゃない――というような話も、聞いたことがある気がしますしねぇ……」


 警官は眉根を寄せつつ腕を組む。


「で、内容は?」


「『生きてる?』とだけ言って、すぐに切れます」


「脅迫や、嫌がらせっぽい言葉はありましたか?」


「特にないです。でも、毎日決まった時間に同じ言葉だけ言って切れるので、なんだか気味が悪くて……」


 警官は疑うような顔つきを隠そうともせず、深々とため息をついた。


「ただの迷惑電話でしょうから、着信拒否すればいいのではありませんか?」


「一番最初にかかってきた時、すぐに着信拒否しました。でも、翌日の電話から何も表示されなくなって……拒否すらできなくて……」


「はあ……。何も表示されない着信ねぇ……」


 警官は困ったように、芯を引っ込めたボールペンで、こめかみ辺りをかいている。

 爽音はひたすら縮こまって、警官の次の言葉を待った。


 彼が爽音の言うことに疑問を抱いていることは、態度から読み取ることができた。

 警察も忙しいのだ。一日一回のイタズラ電話(少なくとも、彼はそう思っているようだ)に、いちいち構ってはいられないのだろう。


 爽音はあまりのいたたまれなさに、『もういいです』と言って帰ろうと思った。

 だが、どうしても気になって仕方がないのだ。


 電話の声の主が誰なのか。

 その『生きてる?』という問いかけが、何を意味するのか……。



「それ以外に被害がないのであれば、今のところ、これ以上のことはできませんね。一日に何十回、何百回とかかってきて、気が休まる暇もない――という状況であれば、また話は別ですが」



 結局、警察は動いてくれなかった。


 爽音は自宅最寄り駅前の派出所を出て、トボトボと家路についた。



**********



 翌日。

 職場のアルバイト店員である千明(ちあき)が、爽音の顔色の悪さを心配して声をかけてきた。


宮園(みやぞの)さん、大丈夫ですか? なんだか最近、顔色が悪いようですけど」


 初めは『何でもない』と強がっていた爽音だったが、本気で心配してくれているように見える千明の優しい眼差しに、重い口を開いた。


「へえ。毎晩、同じ時間に電話が鳴るんですか?」


 爽音の打ち明け話を聞いたとたん、千明は目を丸くした。


「それは確かに不気味ですね」


 イタリアンレストラン『オリーブの丘』のキッチンで、二人は並んで皿洗いをしていた。


「宮園さんが怖がるのも無理ないですよ。ホラー映画みたいな状況じゃないですか」


 千明は蛇口をひねって水を止めると、真剣な顔で爽音を見つめた。


「うん……。ごめんね、いきなり妙な話をして。千明くんは気にしなくていいから」


 爽音は顔を伏せた。



 こんな話は、人にすべきではなかったのかもしれない。

 他人を巻き込むのは、自分のポリシーに反する。


 高校時代の親友・千幸(ちゆき)以来――爽音は誰かと深く関わることを、ずっと避けてきたのだから。



「いえ、謝る必要なんてないですよ」


 千明は笑って、ひらひらと手を横に振った。


「俺、ミステリー大好きなんで。できれば、もっと詳しく教えてもらえませんか?」


 千明の目が輝いていた。

 気味悪がっている相手に対し失礼だと思いつつも、好奇心の方が先に立ってしまうのだろうと、爽音は思わず苦笑する。



(……まあ、まだ大学生だし。若い頃は、みんなそんなものかもしれない……)



 普通ならムッとしてしまうところなのかもしれないが、不思議と嫌な気はしなかった。

 千明の人懐っこい愛玩動物のような笑顔が、可愛らしかったからだろうかと、爽音はフッと笑みをこぼした。


 そんな爽音の様子にも気付くことなく、千明は楽しそうに先を続けた。


「まず、どうして午前二時なんだろうって謎ですよね。それと、『生きてる?』っていう言葉。何か意味があるんでしょうか?」


「う~ん……どうだろう?」


 爽音は濡れた手を軽くあごに当て、首を傾げる。


「午前二時に、何か特別なことがあったような記憶はないけど」


「そうですか……。昔の友だちが、ふざけてかけてきてる……ってことはありませんか?」


「ない。それはない」


 蛇口をひねって水を出し、泡のついた皿をていねいに洗い流しながら、爽音は大きく首を横に振った。


「ええ? ずいぶんキッパリ言い切りますね」


「だって私には、〝仲が良い〟と自信を持って言える友達なんて、一人もいないもの」


 爽音は張りのない声で、ボソッと言った。


「えっ、一人も!?」


「うん。……あ、でも……」


 言葉を切り、爽音は考え込むようにうつむく。


「あ、やっぱりいたんですね?」


 千明は皿を拭きながら、興味深そうに訊ねた。


「……うん。高校時代に、たった一人だけだけど。この子となら親友になれるかもって……そんな風に思ってた子なら、いたかな」


 気付けば、言葉が次々にこぼれていた。


「私たち、同じクラスではなかったんだけどね。二人とも人付き合いが苦手で、いつも独りぼっちだったから、避難先の図書室で、よく顔を合わせたりしてたの。それからだんだん、ポツポツとお互いのこと話すようになって……。灰色の高校生活だったけど、彼女といる時だけは、すっごく楽しかった」


 そう言って、爽音はやわらかく微笑んだ。

 高校時代の親友との思い出を、懐かしく振り返っているのだろう。


「へえ……。良い関係だったんですね」


 珍しく爽音の声が弾んでいるのが嬉しくて、千明もつられて微笑んだ。


「その友達とは、今も連絡取り合ってるんですか?」


 瞬間、爽音の表情が曇った。


「……ううん。ある日突然、消えちゃったの。私の知らない間に高校も中退してて……音信不通になって、それっきり」


「えっ!……そうなんですか。それは寂しいですね……」


「うん……。彼女の住所は教えてもらってたから、直接行ってみたりもしたんだけどね。何度もアパートのドア叩いて呼びかけてたら、隣の人が出てきて。『そこの人たち、夜逃げしちゃったみたいよ』って……」


 爽音の言葉に、一瞬、千明の手が止まった。

 硬い表情で、そっと爽音の顔色を窺ったが――彼女は気付くことなく、黙々と皿を洗っていた。



**********



 その夜も例外なく、午前二時に電話は鳴った。


『……生きてる?』


 いつもと同じかすれた声。

 爽音は震える声で返した。


「あなたは誰? どうして毎晩、こんな電話を……?」


 またしても、相手は何も言わずに電話を切った。

 夜の静寂が爽音を包み込み――部屋の壁かけ時計の音だけが、カチカチと規則正しく響いていた。



**********



「宮園さん。昨日話してくれた友達の名前って、覚えてますか?」


 また翌日。

 千明が神妙な顔で、意外な質問をしてきた。

 いつもの人懐っこい笑顔はなく、声も少し暗いように感じられた。


「うん、覚えてるけど。――(まき)。槙千幸っていうの。でも、どうして?」


 なぜ、名前なんて知りたがるのだろう――?

 爽音は不思議そうに首を傾げた。


 名前を告げたとたん、千明は驚いたように目を見開き、しばらく無言のまま固まっていた。

 彼の顔から、血の気が引いていくのがわかった。


「千明くん、どうしたの? 顔、真っ青だよ?」


 心配になって声をかけると、


「……姉さん、です……」


 かすれ声で、千明がつぶやくように言った。


「え?」


「俺の姉さんです、その人。槙千幸――」


 爽音は目を見開いた。


 そう言えば、店ではずっと『千明』や『千明くん』と呼ばれていたので、自分も自然とそう呼ぶようになっていた。

 彼の名字のことまでは、気にしたことがなかった。


 爽音の心臓が、ドクンドクンと大きく響き出す。

 彼女は胸元を両手で押さえ、張り詰めた声で訊ねた。


「お姉さんは……今、どうしてるの?」


 千明は爽音から目をそらし、苦しそうに言葉を絞り出した。


「……三週間前に、山で……。亡くなりました。登山中の滑落事故だったって……」


 その言葉を聞いた瞬間、爽音は電話の主が誰かわかった。

 血の気が引き、部屋がグラリと揺れたように感じた。


「午前二時に、電話がかかってくるようになったのは……」


「姉が亡くなった直後から……ですね」


 二人は顔を見合わせた――。

 恐怖と悲しみが入り混じったような沈黙が、二人の間に流れた。



**********



 話は、三週間ほど前にさかのぼる。


 崖から滑落した千幸は、仰向けで岩の上に横たわっていた。体は動かなくなり、意識は薄れかけていた――。


 ゆっくりと、夜が更けていく。

 自分の血の匂いに包まれ、千幸は、すでに寒さすら感じなくなっていた。



(……もう、だめかな……。死ぬのかな、あたし……?)



 千幸の意識は、何度も暗闇に落ちかけた。

 そのたびに、彼女は爽音のことを思い出していた。



(そういえば……あの約束。爽音……まだ覚えてるかな……)



 高校時代に交わした、大切な約束。


 二人とも一人が好きだから、いつか孤独死するかもしれない。だから毎日一度は、生きているか確認し合おうね。


 ――確かに、そう約束を交わした。



 千幸は全身の痛みを堪えながら、岩の上に投げ出されていたスマートフォンに、やっとのことで手を伸ばした。

 画面は割れていたが、まだ使えそうだった。



(爽音……)



 千幸は以前、弟の千明のスマホを借りたことがあった。

 その時、爽音の連絡先を、こっそり自分のスマートフォンに登録していたのだ。


 千明は〝宮園さん〟と、名字のみで登録していた。

 念のため、他の登録者も確認してみたが、その〝宮園さん〟以外、同じ名字は見当たらなかった。

 だからこの〝宮園さん〟が、爽音の連絡先だと確信した。



 千明は最近、〝バイト先の先輩〟の話をよくしていた。

 初めは男性の先輩かと思っていたのだが……。

 ある時、『爽音さん』と口をすべらせたことがあった。


 名前を聞いた瞬間、千幸の心臓は跳ね上がった。

 平静を装うのに苦労したが、『〝憧れの爽音さん〟とお近づきになりたい』一心の千明は、彼女の動揺には気付かなかった。



(今はまだ無理だけど……。いつか、連絡を取る勇気が持てたら)



 密かに願っていた千幸は、弟には内緒で、爽音の連絡先を自身のスマートフォンに登録したのだった。

 まさか、こんな形で使うことになるとは思わなかったが――。



 時計は午前二時ちょうどを指していた。

 千幸の指が、震えながら画面をタップする。


『はい。……どちら様ですか?』


 聞こえてきた声に千幸はホッとし、かすかに笑みをこぼした。

 真夜中の電話に警戒しているようだったが……懐かしい、優しい声だった。

 忘れたくても忘れられなかった、爽音の声――。


「……生きてる?」


 最後の力を振り絞り、それだけを伝えた。

 声がかすれ――それ以上、言葉を発することは出来なかった。


 電話の向こうで、爽音が何か言おうとする気配がした。

 だが、その時にはもう――千幸の意識は闇に溶けていた。




 その日から千幸の魂は、毎晩、同じ時間に同じ言葉を繰り返すようになった。

 たったひとつの、親友との約束を守るために――。



**********



 その日の夜。

 爽音と千明は、爽音のアパートで午前二時になるのを待っていた。

 小さなテーブルの上には、二つのマグカップ。ほのかに湯気が立ち上っていた。


「俺たち家族には、複雑な事情があって……。姉さんが急に高校を退学したのも、そのためです」


 千明は父親から長年DVを受けていたこと、それから逃れるために、母と姉と三人でひっそり引っ越したこと――それまでの過去を打ち明けた。声は時々震えていて、二年前に亡くなったという父の影に、未だおびえている様子が見て取れた。


「……姉さんは、いつもあなたのことを気にしていました。『何も言わずに消えてしまって、きっと心配してるだろう。裏切られたって、失望してるかもしれない。爽音には申し訳ないことをした。いつか偶然会えたとしても、合わせる顔がない』って」


「…………」


 爽音は何も言えなかった。

 心配していたのも、裏切られた気がしたのも、失望したのも――全て、事実だったからだ。


 けれどそれ以上に、いつも会いたくて堪らなかった。

 会いたくて辛くなるから――いつしか、考えることをやめたのだ。


「姉さんは、ソロ登山が趣味だったんです。『山は良い。自然は良い。一人でいたって、それほど気にはされないから』って、いつも言ってました。それに比べて、街は嫌だ。勝手に『可哀想』だの『寂しい人だ』のって、周りに決めつけられるからって」


 千明は苦笑して続けた。


「『ほっといてくれ。あたしは一人が好きだから一人でいるんだ。どうせもう、爽音以上に好きになれる人なんて、できるわけないんだから』……って」


「…………」


 胸が詰まって、言葉が出てこなかった。

 爽音の両眼からは、いつしか涙がこぼれていた。雫はポトポトと、膝の上に落ちた。


「でも……俺、思い出したんですけど。姉さんは、俺のバイト先にあなたがいるって、知ってたはずなんです。家であなたのこと、ポロッと話しちゃったことがあるんで」


「えっ?」


 驚いて顔を上げると、千明は照れくさそうに頭をかいた。


「いや……いつだったか、『俺のバイト先にも、姉さんみたいに一人が好き――って感じの人がいるんだけどさ。そういう人と話したい時って、どうやって話しかければ迷惑がられないかな?』って、相談……まではいかないですけど、訊いたことがあったんですよ」


 千明は頬を染め、気まずそうに爽音から目をそらす。


「姉さん、面白がっちゃって、いろいろ質問してきたんです。どんな人なんだ、綺麗な人なのか、名前はなんていうんだ――って」


「――名前?」


 爽音の声が震えた。


「はい。宮園爽音――って、名字はまだともかく、名前の方は、あまり見かけないじゃないですか? だから、名前を教えた時……気づいてたと思うんですよね。高校時代の、たった一人の親友だってことは」


「そんな……。じゃあ、どうして――」



 どうして、何も言ってくれなかったの?

 どうして、弟にすら話さなかったの?



 問いかけるような爽音の視線に、千明は軽くうなずいてみせた。


「さっきも言いましたよね? いつだったか、姉が『爽音には申し訳ないことをした。いつか偶然会えたとしても、合わせる顔がない』って話してたって。……だからじゃないですか? 今さら合わせる顔がないから――言い出せなかったんじゃないですかね。『その子があたしの親友よ』って」


「……そん……な……」


 爽音は呆然とつぶやく。


 では、その時千明に話していてくれれば、二人は再会できていたかもしれないのだ。

 千幸が妙な遠慮さえしなければ――ほんの少し、勇気を出してくれていれば。


 やり切れない気持ちを抱えながら、爽音は沈黙した。

 すると、千明はジーンズのポケットに手を突っ込み、彼の手のひらにスッポリ収まるほどの手帳を取り出した。経年劣化によりカバーは色あせ、少しだけ摩耗していた。


「これ、姉の遺品です。あなたのことが、たくさん書いてありました」


 爽音は震える手で手帳を受け取り、そっと開いた。

 ――とたん、懐かしい思い出の数々が溢れ出す。


 ページをめくる度に、図書室で過ごした静かな時間、屋上で二人で食べたお弁当、下校時に立ち寄ったカフェ……忘れていたはずの記憶が、鮮やかに蘇ってくる。


 ゆっくり、一枚一枚に目を通し――あるページで、めくる手が止まった。



『今日、爽音と約束を交わした。二人とも人付き合いが苦手だから、お互い結婚しないだろうし、孤独死が心配だよねって。だから、毎日一度は電話で確認し合うことにした。『生きてる?』って。』



「あ……。ヤダ、私……忘れてた……」


 爽音の手から、手帳がすべり落ちる。

 彼女は両手で顔を覆い、悲痛な声を上げた。


「私、すっかり忘れてた! 約束したのに! 大事な、二人だけの約束だったのに……っ!」


 千明はしばらくためらっていたが、恐る恐る爽音の肩へと手を伸ばし、そっと置いた。温かな重みが、爽音の震えを少しだけ和らげた。


 ――その時。

 部屋の壁かけ時計が、カチリと午前二時を指した。


 画面が真っ暗なスマートフォンが鳴り、爽音は震える手で電話を取った。


「ち……千幸……?」



『……生きてる?』



 いつもの、かすれ声が聞こえた。

 爽音は涙を流しながら、何度もうなずく。


「生きてる。……生きてるよ。生きてる……。私は大丈夫。もう、大丈夫だから……」



『……よかった』



 そこで電話は切れた。

 しかし、その夜の爽音の心には、恐怖ではなく――温かなものだけが残った。



**********



 一週間後。

 爽音と千明は、千幸の墓前に並んで立っていた。

 空はどこまでも青く――風は優しく、二人の髪を撫でる。


「千幸……久しぶり」


 爽音はその場にしゃがみ込み、そっと花束を手向けた。

 千幸の好きだったミニひまわりが、明るく風にそよいでいた。




 その時。

 彼らには見えない少し離れた場所に――黒装束に白い仮面、長い鎌を構えた死神と、千幸の姿があった。


「……よかった。元気そう、二人とも」


 千幸は穏やかに微笑む。


「もう気が済んだだろう?――行くぞ。時間がない」


 死神は少し焦った様子で――けれど、温かみのある声で促す。


「ごめん。もうちょっとだけ」


 千幸は死神に告げると、再び二人に目をやった。


「千明、頑張れ。……あんたにはちょっと、爽音はもったいないけどね」


 ぎこちなく爽音の肩を抱く、まだ頼りない弟を見て、千幸はくすぐったそうに微笑んだ。


「爽音、私の分まで幸せになってね。じゃなきゃ、承知しないから」


 やわらかな風が吹き、ミニひまわりが明るく笑う。

 墓石の上には――高校時代の爽音と千幸が、並んで微笑む写真が立てかけられていた。


「……うん。もういいよ。行こう」


 千幸はスッキリした顔で、死神に向かってうなずいた。

 死神もわずかにうなずき返すと、鎌を大きく振りかぶり――応援団が旗を振るように――大きく、力強く振り下ろした。

 それは……死者を輪廻の輪に送る、儀式のようなものだった。




 千明の側で、爽音が千幸からの電話に出た夜から。

 午前二時に電話は鳴らなくなった。


 代わりに爽音の心には、親友との温かな記憶と――。

 これから作っていく、新しい絆への希望が残された。

お読みくださりありがとうございました!


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