平凡王子の感謝の言葉
乙女ゲームが始まっても何も起きなかった世界を描きたくて。
「メアリージュン。君と結婚する前に言いたいことがあるんだ」
結婚した後に正式な王太子になるセルチェス殿下は妻になるメアリージュンと傍で控えていた側近候補に視線を向ける。
「私は勉学が苦手でどこから手を付けていいものか分からなかった。そんな私を陰で鈍足亀と言っている者たちがいるのを知っていてそれが歯がゆかった」
当時の苦しみを心の痛みを耐えるかのようにそっと胸に手を当てているセルチェス殿下の言葉に側近もメアリージュンも顔を歪める。
「だけど、メアリージュンがいつも出来ずに癇癪を起こした自分を励まして、順番を決めて取り掛かれるようにしてくれたから私はすべきことを行えるようになった。それに、クリークが『一人で出来ないのなら手伝わせてください』と手を差しだしてくれたから私は誰かに頼ると言うことを理解できた」
メアリージュンは恥ずかしそうに顔を赤らめて、宰相の息子のクリークは涙ぐむのを必死に堪えている。
「私が癇癪を起さなくなって、急に対応を変えてきた人々に怯えていたのをヴァルドはずっと守ってくれたな。その背中が頼もしくて、安心したよ」
「お…俺こそ、殿下が安心してくれたと言ってくれただけで……」
当然の事をしただけだと慌てて告げるヴァルドの言葉を手で止めて、続きを言わせてほしいと殿下は微笑む。
「それから、学園に入り、貴族以外の存在と関わる機会を得て、入学した日に急に近付いてきた女子生徒の差し入れのお菓子を断ってくれたミーティアがお菓子の成分に惚れ薬が入っていると気付いてくれて助かった。私を利用しようとする者は貴族以外もいることを知ったし、信頼できる者はいるというのを教えてくれた」
「あ……ありがたいお言葉です」
平民出身の魔法使いのミーティアは誇らしい気持ちと身分不相応だと慌てる気持ちで困惑している。
「あの女子生徒は『ここは自分の世界』とか『課金アイテム』とか理解できないことを叫んでいたのでアロンド司祭に悪魔付きかと調べてもらえて助かった。神を語るものはペテン師だと教えられて来たから目から鱗だよ」
「恐縮です」
司祭が恭しく頭を下げる。
「人間が崇める秩序神。魔族が崇める魔神。そして、世界を争いに満たそうとする混沌の神とやらがいて、かの女子生徒は混沌の神の御使いで、私を含む貴族らを魅了して操り、魔族と人間を争わせて、混沌の神の力を強める目的があったとは思わなかったよ。――そして、その野望を防ぐためにマルコが貿易を通して国同士の関係を築くのに尽力を尽くしてくれたことに感謝する」
「何言ってんすか。殿下のおかげで貴重な商品も手に入ったからwinwinっす」
根っからの商人のマルコが鼻を擦りながら商人独自の言い回しをする。
「そして、――私たちの結婚式に貴方を迎えられたことはとても僥倖だと思う。魔族の王よ」
「オペルニクスと呼べと何度言わせる。我はそなたを友と認めたんだぞ。セルチェス」
褐色の肌のとがった耳を持つ青年が不敵に笑う。
「では、オペルニクス。感謝する。そして、皆に」
この場に集う信頼できる者達の顔を確かめるように視線を動かし、
「私は大切な友らに宣言する。この国を……この世界を少しでもいい方に出来る王になる。そのために力を貸してくれ」
「「「仰せのままに」」」
「商人として出来ることは少ないけどな」
「神のみ心に反しない限りは」
「友として出来る範囲だがな」
さまざまな声を聞いて、セルチェスは微笑む。愛するメアリージュンの腰に手を回してよい返事を貰えたことに安堵しつつ。
その期待に応える覚悟を抱く王の笑みだった――。
ちなみに名前を呼ばれた男性は全員攻略キャラ。
乙女ゲームヒロイン転生って、世界を混乱に導きたい存在の先兵にしか思えないって、ことで。