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安藤青蓮という女 弐

「ああ、彼……『夏瑪(なつめ)くん』で良いかな。夏瑪くんは私と同じ中学で、ひとつ下の後輩さ。」


青蓮(せいれん)は、隣に座す水仙(すいせん)に俺のことを紹介した。


青蓮が俺のことを覚えていたことに加え、下の名前で呼ばれることがあるなんて、これが夢だとしてもまったく疑いようがない。


そもそも彼女が他人(ひと)のことをちゃんと一個体(いちこたい)として認識すること自体に驚いていた。


中学時代、美術部でしかまともに見ることのなかった彼女は、常に有象無象が周りを取り囲んでいた。そのため、誰か特定の1人と話すというより、皆に語りかけるような話し方……さながら宗教の講話のようなスタイルが常であった。


彼女の周りの者は大衆、モブなのだ。『大衆』に姓名が無いように、彼女の目に入る他人には名前がない、あっても呼ぶ必要がないのだ。無論、俺もその『大衆』の中のひとり《《だった》》。


《《だった》》。そう、彼女が今こうして俺の名を口にするまでは。


俺は彼女にとって、1人の『人間』だったのだ。これほど……これほど嬉しいことは……


「はァあ!? 聞いてないわよ!? なんであんたの後輩がここに来るワケ!? なんであんたに後輩がいるワケ!!?」


……ギャル。このギャルである。ありがとうな、二度も現実に引きずり込んでくれて。


しかしながら、冷静に考えてみて、この水仙の態度はいかがなものなのだろう。学年が下であることが判明した男の、部活の見学どころか入室さえ拒み、あまつさえ青蓮との関係性にまでイチャモンをつけるなんて。


「私だって夏瑪くんがここに来ることは知らなかったさ。それに『後輩』は水仙にだって、誰にだっているよ。」


「そういうこと訊いてんじゃないの!」


「……? どういうことだい?」


「そっ……れは……! ~~~っ、あーっ、もう!」


子どもが駄々をこねるように、言葉に詰まると身体(からだ)が代わりに暴れるらしい。苦虫を噛み潰したような表情で信じられない速度の貧乏ゆすりをする水仙を見て、俺はそう思った。


それにしても、容姿や性格、他人からの評判に至るまで、この二人はまったく対蹠的(たいしょてき)である。()に対する(うん)、雷神に対する風神……容姿を加味するならば、金木犀(キンモクセイ)に対する銀木犀(ギンモクセイ)と言ったところか。


「……水仙。彼の見学、許可してくれるかい?」


「……ど・う・ぞ!! 勝手にすれば!!」


「ありがとう。……さて、夏瑪くん。」


どうやら話はまとまったらしい。


水仙は怒号と言って差し支えない口調で吼えたあと、(かたわ)らに置いてあった1リットルの紙パック飲料のストローに口をつけ、大きくひと吸いしてミルクティーを飲み込み、すぐにテーブルに突っ伏した。


()ねてテーブルに伏した水仙から視線をこちらに移した青蓮は、改まって俺の名を呼び、続けて言った。


「ようこそ。ここは『生物研究部』。ぜひ楽しんでいってくれたまえ……!」


バッと両腕を広げ、さも盛大で荘厳(そうごん)な感じで青蓮は言った。


数多(あまた)ある功績と伝説的な逸話から、俺の中で巨大化した『安藤青蓮』という存在は、そんな彼女の言葉(ひと)つひとつの説得力を抜群に押し上げていた。


「……なにやってんのよ。バカじゃないの?」


(はた)から見ていた水仙の言葉によって、俺は三度目の現実への帰還を果たした。


青蓮のそのあまりの説得力は、生物室をさながらバチカンのサンピエトロ大聖堂の礼拝堂のように見せていたが、ひとたび魔法が解け現実に戻ってみると、窓際にハムスターのケージや金魚の水槽、観葉植物が並んでいる以外にこれといった面白味のない、がらんどうであった。


今回ばかりは現実に引き戻してくれた水仙に感謝せねばなるまい。


「む。カッコ良くはなかったかい?」


「良くない。それに、楽しめるようなモノも無い!」


「そんなことないさ。ほら、『ハムちゃん』と『金太郎』たちもいる。」


青蓮は得意げにそう言いながら、窓際へと移動していく。


『ハムちゃん』と『金太郎』……俺はここに来て完全無欠に見えた彼女の『欠』をひとつ見つけた。


『ネーミングセンスが絶望的』。

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