『生物研究部』の彼女たち
『こんにちは。『生物研究部』部長の安藤です。私たちの部活では主に……
安藤青蓮——彼女の顔を俺はよく知っていた。
だからこそ、強い衝撃を受けた。なぜ彼女がそんな部活に入ってしまっているのか、ということに。
◇
彼女と俺は同じ中学校の先輩・後輩の仲である。
しかしそれだけならば、いわゆる陰キャな俺と、対して陽がすぎる彼女が出会うはずも無かったのだ。部活動——俺が入ろうとした美術部に、すでに彼女はいたのだ。
容姿端麗、才色兼備。透き通るような銀髪にスラリと伸びた手脚。成績は常に学年上位なうえ、運動も、さらには芸術まで達者であった。
そんな彼女の評判や逸話は、学内で轟きに轟いて轟き尽くしていたため、やはり友達のいなかった俺の耳にさえ入ってきていた。
全く面識もなく、中学までの13年弱しか生きてこなかった俺でさえ、彼女が天に二物を……いや、それ以上を与えられた超人なのだと確信していた。
中学校では部活こそあれ、『部活動紹介』なんて丁寧なシステムが無かったため、最も楽で緩そうな美術部への入部を決め打ちしたのだが、それが彼女と出会うきっかけとなってしまったのだった。
幸いなことに、彼女の周りには常に複数人が群がっており、彼女が卒業するまでの2年ほど、まともに喋る機会も無く済んだのだった。
俺が彼女を避ける理由——これは畏敬に近い。近寄りがたい。俺にとって彼女は、月のように美しく輝いていて、太陽のように強く見えたのだ。
月にも太陽にも、手を伸ばしたところで掴めるはずもない。遠くから眺め、崇めるくらいがちょうどいいのだと思っていた。
高校に入学して、2週間が経とうとしている今日この日まででも、彼女の噂話を耳にしない日は無かった。あいも変わらず彼女は超人なのだった。
◇
だからこそ、謎なのだ。彼女が『生物研究部』に在籍していることが。
『私たちの部活では主に、ハムスターや金魚の飼育をしています。現在活動している部員は少なく、私を含め2名です。アットホームな部活ですので、ぜひ一度見にいらっしゃってください。以上です。』
以上だった。
なぜ。
なにがあったら《《あの》》安藤青蓮がこんなプレゼンをすることがあるのだ。なにがあればそんな程度の低い活動を、部として認められることがあるのか。なぜそんなブラック企業のような文言で締めくくってしまうのか。
気になった。あまりに興味を惹きつけられた。目が離せなかった。
体育館がざわつく中で、彼女の瞳が俺を捉えた気がした。
俺もまた、彼女の周りに群がっていた彼・彼女らのように、魅入られてしまったのだろうか。
◇
「……まぁ、覚えられちゃいないか。」
校舎1階東側の突き当たりにある生物室に向かう階段を降りながら、俺は呟いた。
『覚えていて欲しい』という希望からか、『覚えていて欲しくない』という願望からかは定かではないが、そんなことはどうでもいい。今はただ、謎を探求する冒険家が、未開のジャングルに踏み出すような、晴れ晴れとした心持ちが胸を満たしていた。
そうして俺は、ダンジョンの最奥に待つ魔王へと続く最後の扉——生物室の引き戸になっている扉の取手に手をかけた。