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SS・掌編小説 恋愛・純文学

スイッチ

作者: 空クラ


 音もなく世界が逆戻りしはじめた時、僕は雨にうたれていた。



 雨が降っていた。

 糸の様に細く、それだけにいつまでも降り続くのではと思わせる静かな雨だった。

 湿りを含んだ風が僕に吹きつけるたびに、心の隙間に切なさを運んでくる。

 漠然とした淋しさ、孤独感、不安、様々なものがいりまじったものが琴線に触れる。

 ただそれをうまく言葉で表現が出来ない。

 他人に伝えられないもどかしさや、苛立ちはあるものの、心を支配しているのは、なにか諦めにも似た切なさ、そういうものがあった。


 人々が街を行きかっている。時々彼らはシュプレヒコールの様な笑い声をあげる。


 そんなとき、時計の針がとまった。


 耳鳴りのような静寂が辺りを支配した。


 しばらくすると、雨が下から上っていく。

 人が後ろ向きに歩きだし、車がバックで走る。


 全てが巻き戻っている。

 世界のどこかにある巻き戻しボタンを押したらしい。


 人が話している言葉が理解できない。全くの異国の言葉に聞こえる。それだけではなく周りを取り囲む様々な騒音や生活音でさえ、歪になもののように聴こえた。

 初めはそれらの音に不快感の様なものを覚えたが時間がたつにつれて気にもならなくなっていた。



 僕は、今きたみちを戻り始めた。

 出会えるかもしれない。

 今までに見落とし、無くしたものに。

 再びつかめるかもしれない。

 この手の中に、とても大切なものを。



「ちょっと、そこの君」誰がが僕に声をかけていた。

「世界をねじ曲げている君。どこに行くんだい」

「失ったものを見つけにいくんだ」

 姿の見えない誰かに僕はいった。

「それは無理だと思うよ」誰かがいった。「大切なものだったのかい?」

「そう。とても大切なものだったんだ、でもその時は気付かなかった」

「もし、見つけたらどうするんだい?こんな巻き戻っている世界で」僕は立ち止まった。

 どうすることも出来ないのか。もう二度と。

「気付くのが遅かったね」

 誰かが言った。僕はうつ向いた。動けなかった。何をしていたのだ、僕は。

「顔をあげなよ。いつまでも地面を見ていても仕方がないよ。ほら世界は動きだす。本当に君にとって必要なものなら、君は見つけるよ」

 また耳鳴りがした。

 聞きなれた喧騒があたりを包んでいた。

 人が前に歩き、車のクラクションが鳴り響く。

 雨がいつの間にか雪へと変わっていた。

「雪だ」

「そうだね。時は前に流れるものなんだ」

 誰かがいった。その声は僕にしか聞こえていないようだ。

「君の願いは未来でしか叶えられない。さあ、歩き出しなよ」


 誰かの言葉で僕は歩き出した。


「また、見落としてないかい?」


 僕はあたりを見渡した。

 白い路面に足跡が残ってる。

 この足跡が進み道を示してくれているようだ。

 僕は一歩一歩確かめるように歩いた。


 そして見つけた。

 輝かしいものをみつけた。

 それは佇むようにあった。


「クリスマスプレゼント」

 誰かがいった。


 僕はそれに近寄り、そっと握りしめた。

 暖かいものが胸に込みあげてきた。


 大切なものはここにある。

 この島に、この街に。

 この手の中に。


 失ったものの代わりじゃなく、僕はこれを手にしたかったんだ。

 僕は思った。

 代わりがあるものなど欲しくない。

 何よりも代えがたいものを手にしたかったんだ。


 メリークリスマス。僕は誰かに感謝した。

「何かか言った?」

 隣人はいう。

 僕は「いいや」と首をふって彼女の手を離さないように、ぎゅっと握りしめた。


 離したくない、この手に掴んだものは。


 雪は街灯の光を受けて輝いていた。


 End



 感想など頂けたら嬉しいです。

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