表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

婚約破棄する寸前の王子に転生した──破滅回避のために、悪役令嬢をデレさせます!


#



「バイオレット・ウィステリア!! お前は、令嬢たちの手本となるべき侯爵家でありながら、義理の妹に対する悪辣非道な数々の虐待!! 王太子たる私の婚約者としては、甚だ不適格と言わざるを得ない!! よって、ここに婚約破………………」


 急にセリフを詰まらせた俺を、いぶかしげに見上げたのは、黒髪ツリ目の美少女。

 あれ? 俺、この子知ってる……。

 妹に無理矢理読まされた、「悪役令嬢はかく復讐せり」ってマンガの主人公バイオレットだ……。

 え?

 俺? なんで? ってか、ここどこ?

 と、唐突に雷に打たれたみたいに、ガガガガーンと全身を衝撃が貫いて、二人分の記憶が脳に流れ込んだ。。


 俺は涼宮 (しょう)

    私はショーン・フィローメル。

 大学三年生だ。

    フィローメル王国の王太子である。

 友達はそれなりにいるが、彼女いない歴=年齢のブサメンだ。

    婚約者の妹マーガレットと愛を誓い合っている。婚約自体、間違いだったのだ。

 配達のバイトで事故にあい、気付いたらここにいる。

    嫉妬のあまり、マーガレットに虐待を繰り返すバイオレットには我慢ができない。

 これって、転生ってやつ?

    彼女を救えるのは、私しかいない。この全ての貴族がそろう建国祭のパーティーで彼女の悪事を暴き、婚約破棄する。そしたら本当に愛する人と……。

 待て――――――い!! いいか、聞け、ショーン。俺は、この先の展開を知っている。

 婚約破棄をしたが最後、ショーンのつまりは、今では俺の人生も終わったも同然だぞ!! バイオレットは、婚約破棄を皮切りに、自分を裏切ったやつらに復讐していくんだ。その復讐たるや、病み病み(闇闇)スキーの妹大満足のR⑮指定だ!

 だからいいか。ここで、お前が婚約破棄なんて言い出したら……。

 ゾオッと血の気がひいた。

 ショーン! 出てくるんじゃねえ!!

 俺は、ちゃんと生きてえんだ!! 引っ込んでろ!!


「殿下? それで、婚約をどうされるおつもりなんですの?」


 バイオレットさんの冷ややかな声が、会場に響き渡った。

 こんなに人がいるのに、バイオレットさんの声だけが聞こえるっていうのは……つまりは、みんながシーンとして、俺が何を言い出すかを聞いているってことだ。

 俺はそ――っと、国王夫妻がいる玉座に目をやる。

 うん。

 俺の味方なし。


「さあ、殿下。婚約をどうされるのか、はっきりなさって下さいませ」


 くうっ!! すげえ悪女っぽくて、かっこいい!! でも、とりあえず、この場をなんとかしなくちゃ。


「婚約破……。婚約は……。婚約()……婚約は君に決めた!!」

「え?」


 バイオレットさんが固まっちまった!!

 って、何、俺、ハイテクボールを使ったモンスターアニメのようなセリフを叫んでんだ! 大学生なのに――!!  うわ――、俺のバカバカバカ!!


「殿下……あの……婚約破棄の間違いでは……?」


 お、バイオレットさん復活。

 でも表情を見ただけで、困っているのがよく分かる。ごめんなさい――!!


「い、いえ……婚約継続でお願いいたします」

「え……」


 バイオレットさんも玉座に目をやる。

 そりゃそうだ!!

 だって、両親(王様と王妃様)はすでにバイオレットさんと結託済み。俺が婚約破棄って言ったとたんに、廃嫡宣言する予定だったんだもんな。

 あっぶね――!!


「ちょっと、どういうことよ、ショーン!!」

「おっと」


 左腕をグッと引っ張られて、バランスを崩しそうになった。


「私はどうなるの!?」


 こっちは、綺麗系じゃなくて、かわいい系の女の子。

 誰だっけ?

 って、聞くまでもないや。

 バイオレットの腹違いの妹のマーガレット。確か、この子はヒロイン役。もちろん、悪役令嬢物のヒロインだから、原作通りなら最後に処刑されるやつ。

 あ……。君も、一緒に謝っとこ!!

 今、謝っとけば、君も処刑されなくてすむかもよ!!

 大丈夫。バイオレットさんも、誠心誠意謝れば……。


「え?」


 な、なんだ、この子。

 この子から、なんか変なモヤモヤしたもんが出て、俺に絡みついている。気持ち悪っ!!

 ん? 待てよ。このモヤモヤって……見覚えあるような……。

 そうだ。【魅了】スキルのエフェクトだ!!

 そうだよ、そう。ショーンを含め、マーガレットの取り巻きたちは、みんなこの【魅了】スキルで操られていたんだった。


「ちょっ!! 頼むから、【魅了】スキルを引っ込めてくれよ!!」


 危ねえなあ。

 俺が【魅了】されて婚約破棄なんて言い出したら、どうしてくれるんだ!!

 ところが、マーガレットは俺の襟首を掴んでグラグラと揺すぶりはじめた。


「ショ、ショーン! な、何を言っているの!? 私に【魅了】スキルなんて、あるはずないでしょ! 訂正して!! 早く!! 早く訂正して!!

「え? な、何? ちょっと……放して……」


 それどころじゃないんだって。

 モヤモヤが、後から後から絡みついてくるんだから。

 気持ち悪いったら、ないよ。

 訂正でもなんでもするから、早くそのモヤモヤを引っ込めてよ。


「ん?」


 パッパと手で払ったら、モヤモヤは薄くなった。

 な~んだ、見た目は気持ち悪けれど、別に恐れるほどのもんでもなかったわ。わっはっはっはっは~。

 うわっ! せっかく薄くなったのに、また新しいモヤモヤがあふれ出してきた。え? これ、キリがない感じ?


「殿下」


 忙しいんですけれど、何でしょうか? バイオレットさん。


「その……【魅了】スキルというのは……マーガレットが発動しているのでしょうか?」

「うんそう。俺に絡みつこうとして、気持ち悪いんだよね」


 俺は、またもやモヤモヤをパッパと払う。

 俺が払ったところは、蜘蛛の子を散らすみたいに、モヤモヤはサアッと薄くなる。けど、すぐに別のところからモヤモヤが絡みついてくるんだよな~。害虫みたい。


「絡みつく……? 殿下には、見えるのですか?」

「うん。ってか、え? 見えないの? これ」

「……はい」


 え? 見えないの? 本当に?

 あれ? もしかして、俺って、他の人から見たら、何もないところを払ったりしている痛い人?

 おっと、またもやマーガレットにグイッと引っ張られた!!


「ショーン。訂正して!! 今すぐ!! 【魅了】スキルなんて、私が持っているはずないって! 訂正して!!」


 えっと? どうしたの? 必死過ぎて、目がいっちゃってるよ。怖いんだけど!!

 その時、バイオレットが右手を高く上げて、叫んだ。


「衛兵!!」


 どこに隠れていたんだか、黒い制服を着た――あ、金色の縁取りとかあって、ちょっとかっこいい制服ね――衛兵さんたちが現れて、俺からマーガレットを引き離す。


「ショーン!! 助けて!!」


 えっと、女の子なんだから、もうちょっと優しく……。

 って思ったけれど、モヤモヤが方向転換して衛兵さんに絡みつこうとしているから、パッパと払ってやった。

 うん。薄くなった。

 衛兵さんたちが、すごくびっくりした顔をしている。

 やっぱ、俺、痛い人?

 なんて、思っていたら、唐突にモヤモヤが消えた。

 あれ? やっぱり、幻覚だったりする? って思ったら、マーガレットの手首に……手錠? おもちゃじゃなく、本物の手錠がはめられていた。


「えっと……。あれは?」

「殿下。あれは、スキル封じの魔道具です」

「スキル封じ……? 用意周到すぎ……」

「そうですわね。わたしくしも、こんな風に使うとは思っておりませんでしたわ」

「え……?」


 あ。そうだ! あの魔道具は、俺用に用意したやつだ!!

 なにせショーンは【氷剣】スキルを持っている。廃嫡宣言の時に暴れたら困るから、ああいったものを用意していたんだった。

 バイオレットさんは、とろりと笑った。

 うわっ。ゾクゾクするほど、悪女っぽい!!


 わめき立てるマーガレットを衛兵が連行していくのを見送ると、バイオレットさんは不思議そうに俺に尋ねた。


「止めなくてよかったんですの?」

「何を?」

「マーガレットが連行されるのをです。殿下もご存じでしょう? 精神操作系スキルの悪用は重罪です。ましてや、殿下に【魅了】スキルを使ったともなれば……」


 思わず背中がひゅっとなった。


「……ど。どうか、お手柔らかに」

「そうできればよろしいですわね」


 うっ。怖い……。

 バイオレットさんが、俺をまじまじと見る。

 近い、顔が近すぎる!!

 ただでさえ、美少女免疫ないんだから!!


「【魅了】スキルが解けたとはいえ、何だか、ずいぶんと違う人のようですわ……」


 ぎく――っ!!


「さ、さあ……。気のせいじゃないかな?」

「……そうですの? まあ……【魅了】スキルが解除されたせいかもしれませんわね……。ところで殿下!!」

「はい!!」

「その……。さっきの、本気ですの?」

「え? 何が?」

「その……『婚約は君に決めた』ってやつですわ」


 恥ずかしい。ハイテクボールにモンスターをいれちゃうゲームのセリフ。


「え? あ、ああ。うん」

「それが……殿下の本当の気持ちですのね?」

「じゃ、じゃあ!?」

「少し考えさせて下さい」

「え……?」


 まだ俺の破滅フラグは折れないの? 

 う~ん。でも仕方がないか。今まで、ショーンの態度を考えれば、好意どころか恨まれていたって仕方がない。


「……分かった」


 でもって、俺はありったけの勇気を振り絞って、バイオレットさんの耳元で囁いた。


「その代わり、俺のことは殿下じゃなくて、『ショウ』って呼んでくれないか?」


 殿下なんて呼ばれても、自分の事だなんて気付かずに通り過ぎそうだ。んで、女の子の呼びかけを無視したら、後から大変な目にあう。それは前世の妹で経験済み。翔とショーンで似た名前でよかった。


「え?」


 ポカンと俺を見返したバイオレットさんは、直後に真っ赤になった。

 え? 何?

 今までの、いかにも悪役令嬢的な冷静さは?

 もしかして、感情のゆさぶりに弱い?

 だったら、ここはちょっと、捨てられた子犬のような目で……。


「ダメかな?」

「ダ、ダメでは……」

「じゃあ、呼んで」

「で、ですが……」

「ダメ?」

「わ、分かりましたわ。………………………………ゥ」

「んんん?」


 最後、何を言ったのか分かんねえ。ぱーどん?


「………………ショ……ショウ」


 ぶっは!

 爆裂!

 何それ! かわいすぎる!!



#   ◇◇◇◇◇



「ふう……」


 建国祭がやっと終わった……。

 婚約破棄未遂にマーガレットの捕縛逮捕。

 そんだけのことがあれば、普通はパーティー中止になるところだろうに、何食わぬ顔をしてウフフアハハって続行だぜ。さりげな~く、自分ところの娘を差しだそうとするおっさんとかもいて……。こええ。貴族、こええ。

 バスンとベッドに飛び込んむ。


「なんだ、これ……。めっちゃ、気持ちいい!!」


 ふわふわ柔らかな羽布団にクッション。

 よく弾むマットレスの上で、ついボヨンボヨンと寝たまま飛びはねる。 さすが王族のベッド、すげえ気持ちいい。


「なのに、ちくしょう。……眠れる気が、少しもしねえ」


 ショーンがバイオレットさんにひどい態度をとっていたのは、マーガレットの【魅了】スキルのせいなのは確実だ。

 俺の中には、原作の記憶と、子供の頃のショーンの記憶もある。

 その記憶を掘り起こすたびに、グサグサと傷をえぐられた気分になる。


 バイオレットさんとショーンは、元々が幼馴染み。バイオレットさんのお母さんが元王族だったこともあり、よく王宮に遊びに来ていた。

 ショーンの方が二つ年上だったけれど、二人はすぐに仲良くなった。泣き虫だったショーンを、しっかり者のバイオレットさんがよく慰めてくれていたからだ。

 ショーンはバイオレットさんが特別な存在になった。

 初恋だ。

 けれど、ある日を境に、バイオレットさんはピタリと王宮に来なくなった。

 ショーンは、それが自分があまりにふがいないからだと思い、立派な王子になることを心に誓った。


――ここで補足1。

 原作では、バイオレットさんが王宮に来れなくなった理由は、お母さんが亡くなって、入れ替わるようにマーガレットがウィステリア侯爵家に来たから。それまでバイオレットをかわいがっていた家族も、使用人もみんながマーガレットに夢中になって、バイオレットさんを無視していたらしい。

 ……母親を亡くしたばかりで、そんなん……。孤独だよな……。


 ともかく、ショーンは努力が認められて王太子になった。それで、婚約者にはバイオレットさんがいいと王様に直談判したんだよな。

 それで二人は婚約した。

 王妃教育でバイオレットさんが王宮に来始めた頃は、問題がなかった。いい感じの二人だった。一生懸命すぎるバイオレットさんが心配で、ショーンは何度もお茶に誘ったものだ。


 けれどあるとき、パーティーのエスコートのためにウィステリア侯爵家に、バイオレットさんの迎えに行ったときに全ては変わってしまった。

 バイオレットさんはその日体調不良で部屋から出てこられなかった。その代わり、マーガレットのエスコートをウィステリア侯爵から頼まれたんだ。

 マーガレットのパートナーも急病になって来られなくなり、困っていたそうだ。

 断ろうと思った。けれど、それがデビュタントパーティーだと知って、気持ちを変えた。

 デビュタントパーティーは一生の思い出だ。パートナーなしで出席するなんて、かわいそうすぎるから。


――ここで補足2。

 ショーン、それは甘――――――――い!! 甘すぎるぞ!! マーガレットは最初からショーンをパートナーにしようと企んでいたし、バイオレットさんはその日、部屋に閉じ込められてしまっていたんだ!! 真夜中、ショーンとマーガレットが親密な雰囲気で馬車から下りてきたところを部屋の窓から見ていてバイオレットさんは、泣き崩れていたんだぞ!!



 それからは、ショーンの記憶もモヤがかかっている。

 きっと【魅了】スキルのせいなんだろうな……。

 所々、鮮明になる記憶には、決まってバイオレットさんの悲しそうな顔がある。

 コケたマーガレットを抱きとめた後、バイオレットさんが突き飛ばしたんじゃないかって責めた時。

 王宮でバイオレットさんが王妃教育を受けているすぐ近くの庭園で、マーガレットと二人でお茶会をしていた時。

 マーガレットとキスしているところを、バイオレットさんに見つかった時。

 いつもいつも、バイオレットさんはこぼれんばかりに紫色の瞳を大きく開いて、唇を噛みしめていた。

 そして、建国祭が近付く。

 それ(・・)はショーンから言い出したことだ。

 バイオレットさんとの婚約は間違いだった。マーガレット、君を僕の一生のパートナーにしたい。って。

 つまりは、婚約破棄だ。

 建国祭のパーティーで、大勢の貴族を前にして、婚約破棄を告げれば、バイオレットは頷かざるを得ない。そのままマーガレットにプロポーズをする。同じ侯爵家の姉妹で婚約者が変わるだけ。だから、誰も(・・)困らない。

 そうショーンは思っていたんだ。


――ここで補足3!

 バカだねえ~。誰も困らないわけないじゃねえか。

 王室の血筋(サラブレッド)のバイオレットさんと、母親が平民だったという婚外子とでは、同じ侯爵家の姉妹とはいえ身分が違いすぎる。

 それに王妃教育をきちんと受けたバイオレットさんと、王宮にただ遊びに来ていただけのマーガレットでは、人物としての価値も違う。

 王子が三人もいる王家の王太子と、自身が際立っている令嬢。国にとってどっちが大切かっていったら、火を見るよりも明らか。

 原作では、マーガレットから婚約破棄の計画されたバイオレットさんは、ショーンの両親――つまり国王夫妻に謁見して、いろいろと今後の計画を立てていた。

 もしショーンがあの場で婚約破棄をしていたら、ショーンはその場で廃嫡。

 都合良く、衛兵が「スキル封じの魔道具」なんてレアな物を持っていたのは、マーガレット用にじゃなくて、ショーン用にだったってことだ。

 それで俺が無事に(?)廃嫡したら、バイオレットさんは第二王子か第三王子と婚約する計画。あ。もちろん、王太子妃としてね。

 その後、マーガレットはショーンを捨てて第二王子、第三王子に接触して、また【魅了】スキルを使って……。って、そこはまあ、いいや。

 つまりショーンは廃嫡になったあげく、女にも逃げられて、絶望して酒と薬に溺れてしまう。そこをバイオレットさんのお兄さんに拉致られて、拷問につぐ拷問。そして、誰にも看取られずにのたれ死ぬ。

 なんでだっけ?

 あ、お兄さんの嫉妬だ。

 自分は兄だからマーガレットに手を出せなかったのに、お前は……的な。

 怖い、怖い。

 ま、ともかく、婚約破棄したら詰んでいたはずだ。

 よかった。ほんの数秒前に俺が覚醒して。




「……って、ぐっすり寝ていた」


 すっきり、きっぱり目が覚めて、驚いた。

 あんなに眠れないって思っていたのに、すっかり熟眠していた。

 さすがは王家のベッド。入ったら出られないダンジョン級。

 恐ろしや……。


 コンコンコン。


「殿下、お目覚めでしょうか?」


 ささっとショーンの記憶を検索。

 あ、この声、執事のロビンスさんだ。


「は、はい」

「失礼いたします」


 おお。イケオジロマンスグレー執事。かっちょええ。

 俺も歳をとったら、こうなりたい。


「殿下、よくお休みになられましたか?」

「はい、ありがとうございます。ロビンスさん」」


 急に、ロビンスさんは、ビクッと胸を押さえる動作をした。ん? 顔色も悪いし、高齢だし、心臓とか大丈夫なのかな……?


「そ、それは、ようございました。確かに、いつもと違い、スッキリとしたお顔を…………うう」


 え? どうしたの!? 急にその場に膝から崩れ落ちて!!

 やっぱり、心臓病が!?

 こ、こうしちゃいられな…………へ?


「うう……うううううう……うおおおおおおおん」


 膝を抱えて泣き始めただと!?


「ど、どうしたんですか? ロビンスさん」

「も、申し訳ございませんでした――!!」

「えっと……。何が?」

「殿下があの憎っくき魔女に【魅了】されたことに気付けなかったことでございます!!」

「あ……それな。でも、仕方なくね?」


 だって、マーガレットが【魅了】スキル持っているって事は、読者は分かっていても登場人物には最後まで分かんなかったんだから。ロビンスさんが分かるわけないんだってば。


「で、ですが、お怒りになっているから、わたくしのことを『ロビンスさん』などと他人行儀でお呼びなさるのではありませんか!?」


 え――、沸点そこ!?

 ってか、普通に年上の人を呼び捨てになんかできなくない?

 ん~。

 えっと、ショーンはなんて呼んでたっけ?

 記憶では……。

 あ……。「おい」とか、「そこの」とか……ダメなやつだ。


「ロ、ロビンス?」

「で、殿下――――――!!」


 あ。もっと泣いちゃった。

 ロマンスグレーのおじさまを、これ以上泣かせとくのもなあ……。でも、俺に泣き止ませスキルなんてねえし……。う~ん。

 俺はそっとロビンスさんの背中に手を添えた。


「ロビンス」

「え?」

「【魅了】スキルにかかったのは、俺自身のせいだよ。態度が変わった俺を、ロビンスはいろいろと諫めてくれたじゃないか。それどころかロビンスの忠誠心は、いつも俺を感動させてくれるよ。ありがとう。だからさ、泣かないで。ロビンスがいつも背筋を伸ばしているから、俺も頑張らなきゃって思うんだ。そんな風に、膝を抱えて泣いていたら……俺、どうしたらいいか分からなくなっちゃうから」

「……で、殿下?」


 お、泣き止んだ。

 ロビンスが、真っ赤な顔をして俺を見上げたかと思うと、シュバッと立ち上がった。さっき、部屋に入ってきたときのイケオジロマンスグレーのロビンスだ。お~、パチパチパチ。

 うん。俺の背筋もピシッと伸びる。


「お見苦しいところをお見せいたしまして、申し訳ございません」

「ううん。大丈夫」

「早速ですが、朝食の席で、陛下と王妃様が殿下をお待ちです」


 あ、ショーンの両親ね。そりゃ、昨日の話をしたいわな。


「分かった」


 ん? なんか、またロビンスさんがもじもじしてる。


「……で、殿下……その……もう一度、私の名前を呼んでいただけませんか?」

「え? ロビンス?」


 ロビンスは、身を翻して、きゃ――っと乙女のごとく叫びながら走り去っていった。

 わけ分からん。



#   ◇◇◇◇◇



 身なりを大急ぎで整えて、ダイニングルームへ向かった。

 あ、もちろん着替えは一人でしたよ!!


「おはようございます!! 申し訳ありません、お待たせしましたか!?」


 席に着いている王様と王妃様を見て、慌ててそう言った。

 王様と王妃様って事は、ショーンの両親ってことなんだけで、俺の両親でもあるんだけれど、やたらと立派すぎる。思わずそこに跪いちゃうレベル。ま、跪かないんだけどね。


「む?」

「まあ……」


 え? なんか、変な事言った?

 ショーンの記憶を見てみる。

 うん。なんか、いつもショーンは不機嫌。長い反抗期?

 ってか、誰様? 王子様。的な。相手は王様と王妃様なのに。


「えっと、【魅了】されていたとはいえ、今までの態度。申し訳ありませんでした」


 ええい! 人格が変わったことも、全部、【魅了】スキルのせいにしちゃえ!!


「……そういえば、子供の頃のあなたは、今みたいに朗らかだったわね……」


 懐かしそうに遠い目をして、にっこりと笑った王妃様……。うわっ、えらい美人だなあ!! モデルさん、女優さんレベル。これで三児の母とは思えないぜ。それも、俺、十八歳だから、王妃様は少なくても三十……んんん? なんだ、この悪寒は……。王妃様から、黒いオーラが……。これ以上、年齢について考えちゃいけない気がする……。


「ねえ、バイオレット。あなたも、そう思うでしょ?」


 え? バイオレットさん?

 王妃様が向けた視線を追うと、バイオレットさんがしっかり背筋を伸ばして、席に座っていた。


「えええええええ!! 何でいるの? あ、もしかして、一晩たってみてやっぱり、婚約破棄しようって言うんじゃ……」

「違いますわ」

「違うの――!? あ~よかった~」


 胸を撫で下ろす。けど、安心はできない!! バイオレットさんは、不満げに唇を尖らせているんだもん!!

 ドキドキ。


「……殿下は、本当にわたくしとの婚約継続を望んでおりますの?」

「もちろんだよ!!」


 だって、婚約破棄から始まる破滅人生よ。破滅人生!!


「そ、そう……ですのね」


 プイッと顔を背けられた。ショック……かと思ったら、気付いちゃった。バイオレットさんの尖った唇、ヒクヒク動いているのを。なんか、動揺しているみたいで、ちょっとかわいい……。

 ん? かわいい?

 バイオレットさんは綺麗系で、かわいいっていうのは失礼かな?


「ホコン」


 わざとらしい、王様の咳払い。


「ショーン。バイオレットとの婚約について語る前に、少し報告を聞いて欲しい」

「報告? 何のですか?」

「マーガレット・ウィステリアのスキルについてだ」

「ああ。はい……」

「精神操作系のスキル自体は、必ずしも悪いものではない。しかし、自分の精神を操られると思えば、誰しもが忌避感を持つのは当たり前である。精神操作系スキルを持つ者は、国の管理下に置かれる。それは、みなも承知だな」


 俺を含めて、みんながうなずいた。


「ゆえに、我が国の子供たちは五歳の時に全ての者がスキル検査を受けることになっておる。ところが、マーガレットのスキルに関する記録がない。これがどういうことか分かるか?」


 あ、はい!! 俺、知ってる。


「マーガレットが【魅了】スキルで検査官を操って、記録を消したってことですよね?」

「……そう考えるのが妥当だ」

「そんなに小さな内からスキルが使えるかは疑問だが、もしそれが事実なら、精神作用系スキルの悪用は重罪である」


 それが、使っちゃってるんだな~。

 原作を読んで、知っているのは俺だけっていうのは、ちょっと気持ちがいい。


「よって、本当にマーガレット・ウィステリアが、実際に【魅了】スキルを持っているのかどうか、そしてそれを使用したかどうかを、昨夜、確認させた」


 王様は、手元の資料をめくった。


「その結果、かの令嬢は確かに【魅了】スキルの保持者であり、対象者は異性に限られるとのことだ。また、十年ほど前より継続的にスキルを使用していることが分かった」


 マーガレットは十五歳だから、検査の時にはやっぱりスキルを使った可能性があるってことだよな。

 でも、継続的にって……?

 ショーンと出会ったのは、二年前だよな。あ、それって、もしかして……。

 バイオレットさんを見ると、彼女もやはり気付いた……ううん。とっくの昔に気付いていたみたいだ。


「十年前というと、マーガレットがウィステリア侯爵家に来た年です。となるスキルの使用先はわたくしの、父と兄でございますね」

「そうだ」

「だから……。だから……マーガレットが初めて我が家にやってきた瞬間から、父も兄もおかしくなってしまったのですね……」


 ショックだったろうって思って、バイオレットの顔を見たら、予想に反してホッとした顔をしている。

 あ、そうか……。

 バイオレットは、お父さんとお兄さんに嫌われて、虐待されていたんだっけ。でもそれが、本心じゃなくて、マーガレットのスキルのせいだって分かったから、悲しいんじゃなくて嬉しいんだ。

 ……いいのに。嫌っても。自分を虐待する親も兄弟も、嫌ってもいいのに。見捨ててもいいのに。なのに、嫌いも見捨てもせず、ただ我慢して……。

 くううう。なんて、苦労性なんだ!!

 とりあえず、これが終わったら、甘いお菓子でもたらふく食わせてやろう。


「現在、ウィステリア侯爵と子息は、王宮で身を預かっている」

「はい。存じております。マーガレットが拘束される折り、暴れようとしたと聞いております」

「そうだ。【魅了】スキルのやっかいなところは、自分自身でその者を愛していると思い込まされるところだ。洗脳に近い。スキルが解除されても、すぐには元にらぬ。ましてや、十年も洗脳されていたのだ……」

「ええ。でも、私、二十年でも三十年でもかけて、元の父と兄に戻るよう、力を尽くしますわ」


 晴れ晴れと笑ったバイオレットさん。まぶしいな――!!


「ところでだ……ショーン」


 おっと、今度はこっちに話がきそうだ。


「何でしょうか?」

「そなたは、なぜ、すぐにスキルの影響が消えた?」

「え?」

「なぜに、【魅了】スキルの存在に気付いた?」

「は?」

「なぜに、スキルを目視し、それを払うことができた?」

「へ?」


 えっと……。それは、俺がショーンじゃなくて、翔だからで……って、それ言っちゃダメな気がする。

 だって、さっきも精神操作系のスキルの悪用は重罪って言っていたのに、俺、精神操作どころか別人になっちゃってるもん。


「えっと……、その……」


 だ、誰か、助けて~。

 キョロキョロしてたら、王妃様と目が合った。

 助けて、プリーズ!!


「ショーン。あなた……もしかして、新しいスキルが目覚めたんじゃないかしら? そういう例も、まれにあるというし……」

「ふぉ?」


 新しいスキル!?

 いやいやいや、俺、ただの一般人ですから! ショーンならともかく、俺にはスキルなんて……そりゃ、転生して異世界で……スキル…………。あ、ありなんじゃね? お、俺、スキル、目覚めたんじゃね!? 異世界転生っつったら、チートスキルなんじゃね!?

 おおおおおおお!! 俺、チート無双するんじゃね!?


「ちょうど、マーガレット嬢のスキルを鑑定するために呼んだ神官たちがまだ王宮にいる。その者らに、そなたのスキルを鑑定させることとする」


 俺は、コクコクと頷くばかりだった。



 スキル鑑定の結果、判明した俺のスキルは【真実の目】。だから、マーガレットの【魅了】スキルを見破れたのだと、みんなは勝手に誤解してくれた。ま、本当は原作を読んだからなんだけどね。

 ところで、【真実の目】ってスキルだけれど、どうやら【鑑定】スキルの上位互換版らしい。

 ねえ、聞いた? 【鑑定】スキルの上位互換よ! あの【鑑定】様の上位互換! 数ある異世界転生ものの中でも、チートスキル上位を占めるあの【鑑定】様! の! 上位互換!!

 あ! 【真実の目】を使えば、バイオレットさんが俺をどう思っているのか。まだ婚約破棄したいと思っているのか、それとも継続でいいと思っているのかわかるんじゃない?


 バイオレットさんをジッと見つめてみた。

 ……うん。何も分からない。

 って、使い方が分からなければ、スキルがチートでも意味ねえよ!!

 バイオレットさんに至っては、見られて不快だったのか、プイッとそっぽを向く。……くすん。

 そこへ、王様がわなないた声を上げた。


「なんということだ……」

「何がですか?」

「ショーン。お前の【氷剣】スキルがなくなっておるではないか!?」


 ん? 【氷剣】スキル?

 ああ、そういえば。ショーンはそんなスキルを持っていたな。何もないところから、氷の剣を作って大活躍しちゃうやつ。

 原作で、超カッコよかったんだけれど、あれ、俺、使えないの?

 王様も神官たちも、なんか慌ててる。

 過去において、スキルが変わった例はないんだって。

 神官は、古文書をあさってくるっていって、神殿に急いで帰った。

 俺としては、ショーンの中身が変わっていることに、気付かれなくてよかったってだけだ。


「ショーン。気落ちするでないぞ」

「はい……」


 心の中ではテヘペロだ。

 だって、よく考えれば、俺って今までに剣とかって使ったことない。【氷剣】スキルがなくても問題なし。ってか、剣を使えない言い訳になるんじゃね。


「ところで、お二人の話はお済みでしょうか?」

「うむ」

「でしたら、私はバイオレットさんと二人で席を外しても? 婚約の話したいので……」

「え!?」


 バイオレットさんったら、何もそんなに嫌な顔をしなくても……。地味にショックだ。

 【魅了】スキルのせいだと分かっても、ショーンがバイオレットさんにひどい態度を取っていたって事実は変わらないからな~。そりゃ、婚約破棄したいよな。

 とりあえず、二人して席を外す許可をもらえた。



#   ◇◇◇◇◇



 ……で、どこへ行けばいいんだ?

 バイオレットさんと話をしなくちゃって、出てきたはいいけれど、俺、この城の構造とか分かってねえもん。分かっているのは、ショーンの部屋。まさか、寝室に連れ込むなんてできやしねえ。

 ど、どこに行けば、二人で話ができるんだ!?


「あ……」


 あてどなく廊下を歩いていると、バイオレットさんが外を見て小さく声をあげた。

 視線を追ってみると、大きな木がある。その下に、二人がけのベンチがあった。


「……あそこで話そっか?」


 バイオレットさんは、バッと俺を見て、うるうるとした目で頷いた。


「殿下……覚えていらしたんですのね」

「う……うん?」

「あそこは、殿下と私が初めて言葉を交わした場所ですものね」


 ……う、うん? そ、そうなのか?

 え~と。ショーンの記憶……………………………………ねえ、じゃねえか!!

 バイオレットさんは覚えていたけれど、ショーンは覚えていなかったんだな!! ほんと、クズだな!! って、今のショーンは俺か……。

 ぐあああああああ!!

 なんか、叫びたくなる。


 心なしかうきうきした様子でベンチに腰をかけようとするバイオレットさんを俺は止めた。

 じゃーん!

 俺は、ベンチにハンカチを広げた。紳士っつったら、これだろ、これ!


「えっと……。王宮のベンチは、塵一つないように常に掃除人が、拭き清めているはずですが……」


 そ、そうだったの!? あちゃ――!! これで、ベンチのことを覚えていないことがバレたんじゃ……。

 思わず目がキョどる俺。


「クスッ」


 ん?


「ありがたく使わせていただきますわ」


 そう言って、バイオレットさんは俺のハンカチの上に腰を下ろしてくれた。セーフ? セーフ??

 俺は、ぎこちなくバイオレットさんの隣に座った。


「殿下」

「はい」

「わたくしも、殿下にお話がありましたの!」

「ふぉ?」


 バイオレットさんは急に表情を固くして、俺を睨んだ。握りしめた拳がふるふるしている。

 これは、怒ってるのか? 怒ってるのか?

 な、なんだ? なんか、失敗したか?


「わ、わたくしを『バイオレットさん』って呼ぶのはなぜですか!?」

「へ?」


 なんか、既視感……。

 って、さっきロビンスにやっちまったやつじゃねえか!?


「……【魅了】は解けたはずなのに……。妹はマーガレットって呼び捨てで、私だけ……」


 そ、そんなに、涙を浮かべることか?

 浮かべることなんだろうな……。う~ん。


「あ――それ、無自覚だわ!!」


 俺は、明るい顔をして「すまん」と謝った。


「無自覚……?」

「そう。なんか、バイオレットさんはスペックが高すぎ……いや、すごく尊敬できて、尊厳があって、年下なのに軽く扱えない人っていうか……。ともかく、大切だと思っているから、つい『さん』付けになっちゃったんだと思う。むしろ、『さん』よりも『様』って呼びたいくらい。バイオレット様……。う~ん。いい響きだ……」


 なんか、新しい扉が開きそうだ……。


「ねえ。これからは『バイオレット様』って呼ぶってのは……」

「ダメです!!」

「え~~~!! 残念」


 そういえば、ショーンはなんて呼んでいたんだろう……。

 あ。「お前」「辛気くさい女」「悪女」、その他もろもろ悪口ばかり。

 ち、本当にクズめ。だから、今は俺か……。


「そういえばさ」

「はい?」

「俺のこと、ショウ()って呼んでっていったのに、殿下って呼んでるの、そっちもじゃん」

「そ、それは……その……」

「俺……、悲しいな~」

「っ!!」


 お、おろおろしている。

 かわいいなあ~。


「ねえ、ねえ。俺のこと、もう一回ショウって呼んでみてよ」

「え!?」

「昨日も、呼んでくれたじゃん!」

「そ、それはですね……」

「ショウって呼んでくれなかったら、バイオレット様って呼んじゃうよ!」

「!!」


 なんでこの子、悪役令嬢なんて設定されていたんだろう? だって、俺の言葉一つで赤くなったり、青くなったり、おろおろしたり、もじもじしたり……ぶっちゃけていうと、すげえかわいいじゃん。


「……ゥ」

「ダメ。なんて言ったの?」

「ショ、ショウ……」

「小さくて聞こえない。もう一度やりなおし」

「ショウ!!」

「はい。よくできました。じゃあさ、こんどはこっち。愛称っていうか、なんか呼んでもらいたい呼び方ってある?」

「あ、愛称……ですか?」

「うん」

「……子供の頃は……家族に、レットって呼ばれておりましたわ……」

「はい。却下!!」

「え!?」

「いや、だって。レットっていうのは、お父さんとお兄さんが正気に返ったときに呼ばれたい名前だろ?」

「……そうですわね」

「それに、どうせなら、俺だけの特別な名前で呼びたいじゃねえか」

「で、殿下だけの……と、特別な!?」

「だから、殿下じゃなくて、ショウだっつーの」

「は、はい……」

「ん~。特に希望がないなら、どうしようかな……俺が決めたちゃっていい?」


 バイオレット、すみれ、パンジー、ビオラ……ビオ……。


「ビオは?」

「ビオ?」

「うん。なんとなく、もともとの名前の音にも似ているし。そう呼んでいい?」


 バイオレットさん、じゃなくて、ビオはコクコクとまるで壊れた人形みたいに頷いている。

 な、なんか、俺たち……いい感じじゃね?


「じゃあさ、ビオ……。婚約の事だけれど継続ってことでい……」

「考え中です!!」


 いきなり、ビシッと線を引かれた!!

 え……?

 なんか、いい感じかと思っていたのに、ダメなの……? えええ~。

 いくら【魅了】スキルのせいだなんて言っても、ビオにひどいこと言ったりやったりしたから?

 やっぱ、嫌われていた?

 は!

 いっそ、中身が別人()になったって言えば……。

 あああああああ!! ダメだ、ダメだ。

 精神操作系のスキル悪用で重罪、中身が変わったなんて言ったら…………死刑?

 言えない!!

 でも、どうにかして信じてもらわなくちゃ。


「お、俺。本当に変わったよ!」

「そ……それでも……」

「本当! 俺、ビオだけだから!! 他の子に目移りしないから」

「え? そ、そんなこと言ったって信じられませんわ……!!」


 言葉とは裏腹に、ビオの頬が真っ赤になってる。

 押せ、押すんだ、俺!!


「どうやったら、信じてくれるの? 今までの禊ぎとして丸坊主になれば信じてくれる?」

「ま、丸坊主!?」


 ビオの目がきゅるって動く。

 俺の丸坊主姿を想像しているみたいだな。


「だ、だめ――!! だめですわ!! 絶対にダメです!! 殿下の綺麗な御髪(おみぐし)を剃ってしまうなんて、絶対にダメですわ!!」

「そっか……。そう思ってくれていたんだね。ふ~ん」


 そういえば、ショーンは綺麗な銀髪だったな。


「へ?」

「俺の髪、綺麗だって思ってくれてるんだろ?」

「そ、それは……」

「じゃあ、ビオが気に入ってくれてるんなら、反対に伸ばそうかな……」

「伸ばす……!?」


 ぶっ!!

 ビオの顔が、へらって歪んだ!!

 そっか、ビオの好みは髪の長い男性か!!

 そういや、こっちの世界の人って、髪の長い男性もたくさんいるもんな。


「ねえ……ビオ。俺、今くらいの髪と、長くするの、どっちがいいと思う?」

「えっ。それは……どちらでも、殿下にお似合いで……」

「あ――!! また言った! 俺のことは、ショウだろ?」

「で、でも、慣れなくて……」


 俺は、口をつぐんだ。


「?」

「……」

「……殿下?」


 俺は口の形だけで「ショウ」って言った。


「…………ショ、ショウ?」

「うん。で、どっち?」


 ビオは、もじもじしながら長い間待たせて、やっと返事をした。


「……………………リ、リボンを差し上げますわ」

「リボン?」

「髪を結ぶリボンですわ。わたくし、意外かもしれませんが、刺繍が得意ですのよ……」


 あ、これ。髪を伸ばせっていってんのね。でもさ……


「リボンはちょっと……」


 あ! 余計なことを言って、ズーンって落ち込ませちまった!!

 でもさ、俺的には、長髪男子はありでも、リボン男子はちょっと……。

 でも、やばい。ビオの落ち込み方が半端ない。

 なんか、他のもの……。


「あ! リボンの代わりにさ、剣紐を作ってくんない?」


 たしか原作で、女の子たちが男どもに剣紐をプレゼントするイベントがあったはず。

 あれ? どんなイベントだっけ……?

 ん~。あ、剣技大会……。剣技大会!?

 俺、剣なんて使えねえけど!!

 やべえ!! 剣紐なんて、もらったら大会にでなきゃいけなくなる!!


「あ、やっぱり剣紐は……」

「作りますわ」

「え?」

「殿……ショウの好きな色は何色ですか?」


 あ~。今から、なしとは言えないパターンだこれ。


「す、好きな色か~」


 ショーンの好きな色は知らないけど、俺の好きな色は……特にねえな。強いて言えば、派手な色はすきじゃない。


「く、黒……とか?」

「く、黒!?」


 ビオが、ひゃっと飛び上がらんばかりに驚いている。

 ん? なんだ?


「く、黒がお好きなんですの?」

「うん。まあね……」

「で、でも、黒一色ですと、地味になってしまいますわ。黒地のリボンに刺繍糸は別の色をお選びになって」

「別の色か~」


 俺、そういうセンスないんだよな~。

 どっかに見本があるといいんだけど……って、思っていたらありましたよ。

 俺は、目の前の黒い絹糸の束をひとすくいする。


「ひゃ、ひゃあっ!! で、殿……ショウ、わ、わたくしの髪……わたくしの……」


 あ、これ、ビオの髪だったのか……。

 ん? 紫? 黒に紫っていいな。


「刺繍糸は紫がいいかな?」

「む、紫!?」

「おかしい?」


 ビオは、ぶんぶん首を振った。


「で、ですが、その色は、まるきりわたくしの……」

「うん。ビオの髪と瞳の色だね」

「うううううう……」


 ど、どうしたの? 急に唸りだして……。


「期待しないで、待ってて下さいませね!」


 ビオはそう言うなり、猛牛のように去って行った。


「えっと……?」


 剣紐は作ってもらえるのか、もらえないのか? どっちなんだろう?


 それにしても、ショーンの方が婚約破棄を言い出したのに、すっかりビオに主導権を取られたなあ……。

 これから、何がなんでもビオをデレさせて、婚約を継続するて言わせてやるんだから。俺の破滅回避のために!




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ