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蒼い月  作者: 善知鳥
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鵠沼海岸での不思議なできごと

【第1部】


季節が夏から秋に変わったことを告げる今年最初の台風が去り、青空がどこまでも遠く広がった初秋のある日、彼が逝った。

目印にと砂浜に突き刺された細い流木、その隣には彼のお気に入りのサンダルが几帳面に並べてあったという。

サンダルの陰には海風に運ばれてきた砂に半分埋まりかけていた緑色の小箱がぽつりと寂しそうに置かれ、紺のリボンが丁寧に結ばれた箱の中には、月見草の花をモチーフにした古い銀の指輪がひとつ・・・。

それらを残して彼は普段よりも高い波が打ち寄せていた海岸の波間に消えてしまった。


それからの数日間の記憶はおぼろげでしかなく、ただ唯一はっきりと覚えているのは通夜の晩、半月が南の空に輝いていたこととそれが哀しいほどきれいだったこと。


記憶はたかが記憶でしかなく、思い出は現実にこれほどまでに冷酷なのかと悟り始めていた私にとって、友人の私を気遣う言葉は心の整理の妨げとなっていた。

逃げ出したい気持ちを胸に一人電車に乗ると、いつしか足は彼が消えた海岸へと向かっていた。

ほんの一週間前に一人の命を掻き消した海は何事もなかったかのように私を受け入れ、波も、風も、潮の香りも、私を優しく包んでくれた。

(こんな優しさなんていらないのに・・・)

私は流れ着いた小さな木の枝を拾い上げて湿った砂の上に立てると、薬指からリングをはずして小枝に掛けた。

沈みゆく太陽と水面の乱反射する光に照らされた銀の指輪が輝く小枝は、まるで彼の墓標のように思えた。

直視できない私に相変わらず海は優しくて・・・あまりにも優しくて・・・、泣き顔を見られたくない私は砂浜の上に乾いた場所を探してひざを抱えて座り込むと、いつしか深い眠りへと落ちていった。


夢を・・・見ていた。

彼の夢だった。

寂しそうな顔をしていた。

はじめて見る彼の哀しげな顔に永遠の刹那を感じた。


気が付くといつしか陽は陰り、秋の冷たい夕風が頬を伝わる涙を乾かし、満ちた潮が小枝を沖へと運んでいた。

(指輪! 彼の形見の・・・)

紅い満月が東の空からゆっくりと昇り始めていた。

かすかな月明かりの下で私は泣きながら砂を掻き、水底に指輪を探していた。

30分、1時間と時は無常にも過ぎ、月は東の空から次第に南の空へと昇るに連れ、その色を紅から蒼へと変えていった。


こうして、蒼い月が輝く夜、私は大切な指輪をなくしてしまった。


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