銀髪のエルフ⑨
宿の前に二人の男が居た。庶民の服を着、扉の左右に付き添うように立っている。知らない男だ。来客だろうか。扉の前に立つと、二人の鋭い視線が俺に当たる。二人とも至極真面目そうな顔をしていた。扉からは笑い声と、大きな物音が交互に聞こえきた。俺はわざと怪訝な顔をし、男たちの対応を見た。左の男が退屈そうに息を吐き、それからにこりと笑った。
「あなた様がここの長をしているというファルさんですね」
「ああ、お前は?」
「門兵です。中でアスファルト男爵がお待ちです」
「・・・貴族か。何の用だ?」
貴族は、面倒だった。このタイミングの用となれば、アリシアのことだろう。俺は一度も貴族と接点を作ったことは無い。
「それは、直接男爵様からお聞きください。私たちは、一門兵ですから」
「ええ。一門兵ですので、詳細など何も知りません」
男共は笑顔を絶やさず、何かに徹するように直立していた。言動はなかなか怪しかったが、しかし彼らは無害らしかった。もし、ここで俺が彼らを攻撃しても、彼らは反応に遅れ、俺に瞬殺されるだろう。男共はそれほど強くはなく、そして俺と戦うつもりが全くない。この場から動こうとすら考えていないようだった。
「なるほど・・・」
その貴族は、あまり権力はなさそうだ。アリシアの姉のように単独突撃をかましてくる輩ならともかく、門兵と言えど、連れに弱い人間を連れている時点で弱者のそれだった。
「それでは、中へどうぞ」
「ていうか、ここ俺の宿だし。あんたらが客人だろ?」
「ええ。ですから早く、片付けちゃってください」
「は?」
「私個人として、貴方に立てつく気はありませんので」
「ええ、私も」
「何言ってんだ」
「さあ。扉を開ければ分かることです」
男は笑みを浮かべ続けた。不気味に思いながら扉を開けると、最初に大勢の男の姿が見えた。宿の人間だ。男共は席に座ったり、立ったりしながらドーナツ型を形成し、その中央、階段の後ろ横の席に太った男が居た。俺の宿に太った男はいない。あれが、アスファルト男爵だろう。一人席に寂しく座り、こちらに背を向けている。男共は騒いでいたが、俺の方を見ると辞め、それにつられ太った男が後ろを振り向いた。血走った眼をした、不細工な男だった。豚のように鼻が大きく、全体的に肉体が丸みを帯びている。俺は緊張が解けていくのを感じ、気が緩んだ。俺は、その瞬間門兵が言っていた言葉を理解した。さすがにこれには頼ろうとは思えないだろう。俺はゆっくりと歩くことを意識しながら太った男に近づいた。後ろで扉が閉まる音がし、太った男の目がますます血走った。その顔はやはり醜くあり、俺は早々にこの男を見るのを辞めた。男の前に座ろうとし、男の横を通ると、おい、お前か。お前だな、と醜い顔が反応した。俺は答えるのがめんどくさくなり、彼の前に座ることでイエスであると答えた。が、彼は何が気に入らなかったのか、鼻息を荒し、一度机を叩き大きな音を出した。水の入ったコップが机の上で揺れ、水面に波が立った。俺はまた、この水面を見るようにしようと心掛けた。
「で・・・話とは、アスファルト男爵」
俺は先ほどの机を叩く行為を無視し、平然と男に問いかけた。男は私の態度を見て驚き、それから何度も舌で唇を下品に舐め、細かい呼吸を繰り返してから急ぎ口調で喋った。男のその動作は汚らわしく、俺は最悪な気分を味わった。
「き、貴様がファルか?」
頷くと、男はますます呼吸を荒くし、顔を赤く染めた。
「な、舐めるなよ。貴様の部下は、大体教育がなっとらん。わ、私は男爵だぞ。貴族なのだ。き、貴様ら荒くれ者共よりもな、偉いんだ。なのに、なのに、来んな待遇、部屋一つ通さず、ましてやこのように野蛮な人間が私を囲んで・・・脅しのつもりか?脅しは聴かぬぞ。君はな、暴力で何もかも解決してきたかもしれないが、そんなもの、私には通じないんだぞ。私は貴族なのだ。領民を持つ、貴族なのだ。お前たちなど、どうとでもすることが出来る権力と、武力がある。私には勝てん・・・だ、だからな。私とはちゃんと話し合うんだ。貴様はちゃんと言葉が通じるんだろうな。通じなければ、私は武力行使を、今すぐにでもしてもいいんだからな。だから、まず、私の話をしっかり聞くんだな」
男は最初はおどおどし、しかし途中から調子が出てきたのか滑るように喋った。だが、そのセリフすべてがぽんくらのそれであり、察するに、誰もこの男を領主として扱わなかったのだろう。俺から見ても、この男はただの小太りの勘違いおっさんにしか見えなかった。まして、この男は特別豪華な服装を着ているわけではなかった。お忍びなのだろう。門兵と名乗る二人と同じ庶民の服装をしている。ならば、この男から威厳など何一つ感じられるわけがなかった。
「で・・・用件は?」
俺は男の顔を睨みつける。正直、この男には下劣な感想しか湧いてこず、対等に相手にすることは苦痛だった。男は返すように濁った瞳で俺の顔を睨みつけ、口を大きく開け、唾を飛ばした。
「だから、シャル様を渡せと言っとるだろ!私は、シャル様をお前たちから奪い返すためにここまで来たんだ。さあ、早く返しなさい」
「シャル?」
俺は一瞬思考が停止し、その意味を考えるのに時間がかかった。
「だから、エルフの――」
「ああ、分かった。なるほどね、無理だな」
この男は、アリシアを俺から奪おうとしているのだ。俺は彼女だけは、たとえこのような男でなくとも誰かに渡すことはしないと決めていた。彼女は今、俺の部屋に居るはずだった。俺はこの男が二階に上がらなかったことに強く安堵した。
「・・・ッ、無理とは何だ。私は貴族だ。私のモノを取った時点で、貴様たちは犯罪者なのだぞ!本来なら、貴様を処刑させたいとこだが、今返すのなら、無罪にしてやる・・・この寛大な采配はこの一回だけだ・・・心して私に感謝するよう努めるのだ」
「無理」
「何」
「全部無理だな。あんた、話になんない」
俺は軽蔑の視線で男を見下した。男は下唇を軽く噛み、俺を睨んでいる。彼はそれしかしていない。否、出来ないでいた。
「はぁ。無力とは愚かしいな。本当に、お前は大変馬鹿な貴族だ。もっと大きな存在だったなら、俺だって少しは知恵を絞っただろうに・・・なんか飽きた。もう帰れよ」
男は立ち上がり、もう一度机を叩いた。ドン、と大きな音がする。
「つ、妻を捨てて帰る男が居るか!貴様は、本当に分かっていない・・・この政略結婚がどれほどの意味を持つのか、分かっていないんだ!」
言葉を聴きながら、俺は意識がどんどん遠くなっていくのを感じていた。どういう意味だろうか。考えようとしたが、すでに答えは出ていた。
「は?アリシアがお前の妻だって?」
「アリシアって誰だ。馬鹿を言うな。シャル様だ、彼女はシャル様だ、勝手に名を変えるなど、言語道断!貴様はやはり死刑に処すべき――」
男はわめいたが、俺にはよく聞こえなかった。怒りが沸々と、心の底から浮き上がっていくのを、どこか上空で俺は冷静に眺めていた。なんだ。こいつは何馬鹿なことを言っている。意識が現実から遠のいていく。いつの間にか俺は立ち上がり、ドン、と両手で机を叩いていた。それにより男が目の前で委縮し、俺が睨むと粛々と椅子に腰を沈めた。俺は自分が何をしているのか、理解するのに時間が掛かった。
「黙れ。彼女がお前の妻だと?意味が分からんな。大体政略結婚だって?そんなもの、俺がアリシアを手に入れた時点で破棄同然だ・・・ああ、だからアリシアは奴隷になっていたのか。そうか。アリシアはお前から逃げてたんだな。ははっ、ははは、何たる滑稽」
俺はこの男に対して圧倒的な優越感を覚えた。アリシアはこの太った汚い権力者ではなく、俺という強い男を選んだ訳だ。笑みが収まらず、このままだと本当に大声で笑ってしまいそうになる。俺は笑いを理性で抑え、男を睨むことに集中した。だが、それでも笑みは収まらない。周りのざわめきも大きくなり、多くの嘲笑が空間を支配した。男は顔を歪め、俺を睨み、あわあわと口を微かに動かした。
「き、貴様、嘲笑とはいい加減にしろ!いいか、私の婚約相手は・・・シャル様はな、王族なのだぞ!そのことを加味して、物事を考えんか!」
瞬間、全ての音が静まった。二秒か、三秒か経ち、ざわざわと少しずつ周りの音が聞こえるようになる。
「アリシアが王族か」
俺だけが笑っていた。笑いながら、何かが腑に落ちるような、そんな安心感を感じていた。ガウが言う巨大な力が王族を指すのであれば、アリシアの姉が王族であるのであれば、アリシアが王族であり、逃げているのであれば、彼ら彼女らの行動は、実に分かりやすかった。俺は何故か王族という存在に恐怖を感じなかった。
「わ、分かっているのならよい。そうだ。私の婚約者は王族であり、私の背後には王族が居るのだ・・・た、戯言ではないのだよ。だからな、私にこのような態度を取ったことはすでに重罪も重罪なのだ・・・しかし、私は寛大だからな、一度だけ許してやる・・・だから、さっさとシャル様を渡すんだ!」
俺はこの男の身なりをもう一度、考えた。冷静に、今度は知恵を絞るために、情報を得るために考える。この男は王族の婚約者になるというのに、その身分は男爵だという。まず、おかしいだろう。普通、王族の婚約者となれば、多くは公爵クラスの人間だ。男爵など――それこそ王族にとってメリットがない。もしかして、この男は嘘をついているのだろうか?だが、そうなると俺が感じた腑に落ちるという理解が崩壊する。
「どういうことだ?」
俺は、わずかに動揺した。
「な、何だね?私の言ったことが聞えなかったのか?」
「いや聞こえていた。それにはしっかりとノーと答える。俺は、王族などの命令にくだらないからな。まして、お前が交渉人となると、なおさらだ」
そりゃねーだろ、とざわめきの中から鋭い声が届いた。俺はそちらに視線を向ける。すると、四方から多くの視線が俺に刺さった。
「王族だぜ?あんた、相手分かってんのか?」
「ああ、分かってる。だが、これは俺の問題だろ?」
「ちげーよ。王族が絡めば、俺たちに被害が及びかねない。あんたは今、王族相手にへまをしようとしている。そのへまが、俺たちに悪影響を及ぼさないわけがない」
男達は、王族を怖がっていた。俺を見る視線は、ほとんどが好奇心ではなく、緊張感で出来ている。俺は少し、男共に絶望した。だか、俺の今の行動は男共にとってらへまも同然なのだろう。王族を強奪し、それを隠していたことになるのだから。俺が居る時点で、男共に取っては厄介に違いない。
「確かに、お前たちから見たらへまかもしれない。間違っているのかもしれない。だが、決してお前たちに被害はない」
「被害なら出てる」
「今日二人死んだ」
男共が、勝手に話し始めた。
「ああ、死んだ。死人が出るのはなかなかないぜ」
「でも、それはあいつらが弱かったからだろ?」
「あ?何言ってんだてめぇ」
「そういう集団じゃないのか、ここは?今日はパーティーをするそうじゃないか」
「お別れ会か?」
「すでにこの宿から逃げたやつもいる。ニルとサーガだ」
「あと、シロとナール。それに、ガイも」
「逃げたとか、腰抜けもいるものだな」
「はぁ?てめぇらまだ状況が分かってねーのか?ファルの指示で仲間が二人死んだんだぜ?」
「だから?そいつらはファルの命令をきいただけだろ?死んだのは自己責任だ。それに、その死の責任にファルを出すのは馬鹿だ。俺たちは、こいつを一応のボスとしているんだからな。逆らいたければ勝手に逆らえ。ここには、ファルと一緒に居たいと思うやつしか、居られねーとこなんだよ。何人抜けても、こちとら何にも困らねーし。ここは宿だからな。ここで商売をしているわけではない」
「それはいいんだよ。そんな低レベルな話してるわけじゃない。今回の相手は王族なんだぞ。信じられねーけどよ」
「でもよ、その男が王族・・・あのエルフの婿とかありえるのか?貴族にすら見えん。嘘をついてるかもしれないだろ」
「だが、銀髪のエルフといやぁ、王族だぞ。てか、俺は銀髪のエルフといやぁ王族しか聞いたこがねぇ」
「どちらにしろ、ファルが相手しているのは王族なんだよ」
「本当なのか?」
「可能性は大だろ。そのエルフの姉らしい襲撃者も居たし、今度は貴族が来た。違う方がおかしいだろ」
「だからなお前ら、ファルは今王族を強奪して、それを返さないって言ってんだよ。俺はな、俺たちがファルの仲間として何か罰を食らうかもしれないってことを心配してんだ」
その時、男爵がにやりと、不細工な笑みを浮かべた。彼はそれから、演説をするようにあたりを見渡す。俺は、厭な予感がした。
「そうだ。この男が私の提案を飲まないのであれば、私は明日、この宿を燃やし、お前らを強奪罪で罪に問うことをしよう。だから、せいぜいこの馬鹿な男を説得して見せろ」
男共が口を閉ざし、一気に委縮した。危機感が、俺を圧迫しんばかりに強まった。心臓が鈍く痛くなる。俺は今、陥れられている。
「嘘を言うな!お前にそんな権力があるとは思えん!」
俺は怒鳴った。この男は、きっと、必ず、権力など無い。あれば、そのようなわざわざ庶民の恰好をする必要もないし、俺の勘がそう訴えている。男爵だろうが、所詮は貴族の底辺だ。この男は、何かの間違えで貴族になったぽんくらに違いない。何より、この男は、俺よりも弱いのだ。それがいけない。俺がこの男に負ける筋合いはない。
「お前、本当は貴族じゃないだろ」
俺は、この男の信頼を堕とさなければならないと強く思った。この男はそのような権力など無いと周りの男共に示すように、俺は大きな声で、偽りを口にしなければならない。呼吸が少し荒れる。俺は、必死に嘘を考える。男は、俺の不愉快な顔を見つめていた。笑みを浮かべ勝ち誇っている。
「は?今更何を言う。私が嘘をついているだと?そのようなこと、あるわけがなかろう。私はいたって本気だ。嘘などついてはいない」
「違う。お前は嘘をついている」
「は?」
俺はゆっくりと、息を吸い込む。足に力が入り、身体が硬直するが分かった。俺は大声を出すことを意識して、口を開いた。
「お前はまず、貴族ではない」
「何を馬鹿なこ――」
「まず、お前の服装が違う。それは庶民が着る服装だ。貴族がなぜそのような服を着る必要がある?潜入か?調査か?それなら分かる。だが、交渉にその恰好はないだろ。それに、護衛が少なすぎる。扉の前に門兵とか名乗る人間が居たが、あれはお前の部下だろ?お前はこの場に部下を二人しか連れてきていない。それも、弱い人間を二人だ。弱い人間を二人用意することなど、俺にだってできる。貴族様なら、もっとましな人材を用意するだろうな。そして、お前はどこの貴族だ?アスファルト男爵なんて、俺は聴いたことがないぜ?それに、もしお前が男爵だとしてだ。どうして男爵が王族と婚約できる?」
男は立ち上がり、真っ赤な顔をしわなわなと口を開け、呼吸を荒くした。俺を血走った目で睨みつけている。怒っているのだろう。実際、俺が今言ったことは事実だった。男のプライドはズタズタだろう。だが、それがこの男が貴族ではないと証明する材料にはならない。否定しただけで、まだ、弱い。
「ば、馬鹿を言うなよ。私はな、れっきとした貴族、アスファルト男爵だ。ここからは遠いが、北東の地に領地がちゃんとある。あ、あとな、私だってこのような服装を好んで着ているわけではないのだ。私はここの領主と仲が悪いからな、見つかってはまずいのだよ。私は、だからこうして変装するしかなかったのだ。護衛もそのためだ。大勢できたら見つかるだろ。それに、あの二人は弱くはない。私と幼馴染で、ちゃんとした優秀な戦士なのだ。今は部外者が入らないよう外を守らせているが、それは彼らがそうした方がよいと思ったからそうしているのだ。お前たちが暴れれば、私の優秀な護衛は一目散に私を助け、お前たちを木っ端みじんにするだろう。弱くなどない。それに、私だって、王族との婚約など驚いたよ。だが、それは本当だ。私はしっかりと、王家の使者からそのように伝えられたのだ。王族が開いたパーティーにも幾度も参加した。私がシャル様の婚約者なのは変わることのない事実なのだ」
言い終わると、男は鼻を赤くし、走った後のように息を乱した。やはり、どこか豚のようだった。男の顔を見ながら、俺は少し焦った。男はきっと、本当のことを言っている。だが、まだ嘘かもしれないという可能性も同時にあった。俺はその可能性を確実にする証言者が欲しかった。彼女を呼ぼう。アリシアであれば、この不細工な男よりも俺の味方をしてくれるはずだ。
「お前の言うことが正しければ、アリシア――お前の言うシャル様は、お前に付くわけだな」
「はっ。当たり前のことを」
「では、連れて来るとしよう」
「ああ、連れてこい、連れてこい」
男は機嫌がよさそうに言い、休憩でもするように膨れた身体を背もたれに預けた。俺は男の横を通り、階段を登る。誰も何も言わず、ついてくる者も居なかった。廊下が見え、俺は急な寂しさを覚えた。騒がしさはそこにはなく、左右に伸びる一本の廊下がやけに長く感じる。俺はゆったりと足を運び、自分の部屋の扉を開けた。夕暮れの淡い光が室内を広がるようにして照らしている。アリシアは、ベッドに腰掛けていた。彼女は俺に向って微笑み、ご用ですね、と言って立ち上がった。
「聞こえていたのか?」
「はい。声が大きかったので」
「なら、話が早い。お前を今からアスファルト男爵という男に合わせる。俺の問いには、全て俺の利になる様に答えてくれ」
「はい。私はあなたに従います」
その時、俺は彼女が寂れた顔をしていると思った。
「疲れているのか?」
「いえ」
「そうか・・・明日になったら家を買いに行こう。二人だけで暮らすんだ」
「・・・はい」
廊下に出ると、後ろからアリシアが付いてくる気配を感じた。振り返ると、アリシアがゆっくりと扉を閉めている。俺はアリシアの手を無理やり繋ぎ、静かな廊下を歩いた。俺は歩きながら、冷静になっていく自分を感じていた。階段を降り、アリシアを登場させると場が沸いた。俺は席に座り、アリシアを俺の隣に立たせた。男が、興奮した目でアリシアを見ている。気味が悪くなり、俺は男を睨みつけた。それから一度息を吐き、口を開く。
「ではまず、アリシア。お前は王族か?」
「いえ。貴族の娘です」
「はぁぁぁぁ?」
目の前の男が、叫んだ。男の唾が俺の前の机に飛び散った。眉を顰めると、机の上の置かれたコップの水が少し減っているのが見えた。俺は愉快になり、薄く笑った。
「アリシア。お前はこの男に見覚えは?」
「ないです」
「う、嘘をつけ。この女はシャル様だ。髪の長い銀髪のエルフ。間違いない。私は彼女に二度あっているのだ。間違えるはずがない!」
「二度?二度とは、妻というには少なくないか?」
「う、うるさい。シャル様、な、何を言うんですか。あなたは私の婚約者のはずだ」
「なるほど。まだ、婚約はしていないわけだ」
「お、お前には訊いてない。シャル様、何か言ってください」
「私は、貴方なんか知りませんよ。私は、隣のシャルバ王国の貴族です。まあ、養子ですけど・・・外で遊んでたら、つかまって、こうして奴隷としてファル様のもとにいるだけです」
アリシアは右手で赤色の首輪を見せびらかすようにした。彼女は嘘をついている。俺はそう思っているが、あるいはそれが本当の彼女の過去かもしれなかった。彼女は未だ一度も自分の過去を話してはいない。
「そんなはずはない」
「これが真実だ」
「う、嘘だ。この男に言われているに過ぎない」
男は俺を睨みつけた。その視線は憎悪で見ている。俺は鼻で笑い、大きな声を出す。
「しかし、これが真実なんだよ。俺だって知らなかったことだ」
「う、嘘だ。嘘を言っている」
「いい加減にしろ!」
俺はわざと立ち上がり、大きな音をたてるように机を叩いた。男が怯み、スキが生まれる。
「何ならアリシアにすべてを聴いてもいい。所詮はお前の勘違いだったってわけだ。この銀髪のエルフは、お前が望むシャルではなく、アリシアなんだよ」
「う、うるさい」
俺はもう一度机の上を叩いた。
「もう帰れ。お前の勘違いなんだよ。俺も、お前の言葉でアリシアが王族だと思って焦ったが、他の貴族の養子らしいしな、安心したよ。王族が相手だと面倒だ」
俺は苦い顔をする男を見る。ゆっくりと腰を下ろし、嘲る笑みを浮かべた。
「それじゃあ、帰ってくれ」
俺はそれから男が立ち上がるのを待ったが、男は俺を睨みつけるばかりでなかなか席を立とうとはしなかった。親指の爪を噛み続け、脚を執拗に揺らしていた。何かを必死に考えているようだったが、俺はアリシアの嘘がばれる前に、この男を早くこの場から削除したかった。
「チッ、おい、男を追い出せ」
俺は苛苛している演技をしながら、男を一人睨みつけた。男はうんざりそうな顔をし、俺と視線を合わせる。が、次第にめんどくさそうに動き始め、男爵の太った腕をつかんだ。
「な、なにをする」
「ボスが帰れって言ってんだ。早く立て」
男爵は抵抗したが、男としての差があり、すぐに席を立たされた。男爵の足が当たり、若干椅子が後ろに動く。男は援軍を呼び、もう一人の男が男爵の左側に付いた。男爵は罪人のように連行され、扉の奥で門兵の二人に預けられた。外はもう暗かった。何か言い争いが聞えたが、二人の男はすぐに戻り、扉が閉められた。俺はそれを見ながら、ため息を吐いていた。気が緩み、頭がぼんやりとする。だが、周りにはまだ説得しなければならない人間が大勢いた。彼らはきっと、アリシアの嘘に気づいている。だが、俺は彼らに何かを言う気力はなかった。俺は顔を上げ、アリシアの方を向く。
「アリシア。お前は王族か?」
「いえ」
「いい。真実を話せ」
「王族です」
男共がざわついた。俺は、心臓の鼓動が早くなるのを意識する。この問いは、本当に聞く必要があるものだったのだろうか。不安になる。
「それじゃあ、あの男爵にも面識はあるのか?」
「はい・・・彼が言っているように二度会いました」
「なぜ、お前は奴隷になった?」
「逃げていたからです」
「誰から?」
「色々な権力者からです」
「分かった・・・」
俺は決意し、男共を見渡した。
「お前たちに訊こう。俺とアリシアを匿う気はあるか?」
「は?」「何言ってんだ?」
俺を嘲る声が場を包む。皆、呆れた顔か、あるいは面白がっている顔をしていた。俺は唾を飲み、口を開く。
「一生だ。お前たちがこの宿に居る限り、お前たちは俺とアリシアを匿う気があるのかと訊いている。お前たちが王族に与するのはごめんだ」
「はっ」
誰かが笑った。
「そんなの無理だ」「俺もだ。そんなに付き合いきれん」「無理だろそんなの」「俺もだ。王族とか勘弁してくれ」「俺もだ俺も」「そんな責任負えねーよ」「王族とか厄介過ぎんだろ」「あんた、これからどうすんだ。王族を相手にする気なら、ここにはもう居られねーぞ」
心臓の鼓動が早くなる。果して、これでいいのだろうか。困惑する意思の中、俺は何かから逃れるように息を吸い、大きな声を出した。
「そうか。なら、俺達は明日ここから出る。だから、今日のパーティーはお別れ会にしよう」
果たしてこのクオリティで許されるのか?と書いていて悩んでいる。許されないだろうなぁ。