銀髪のエルフ⑧
八話目だー。
女は地べたに腹をつけ、後ろで手首を胴体ごとぐるぐるに縛られ、くねくねと動き、その無様な姿をやはり光量の少ない太陽が粒のように浮かぶ埃と共に映していた。女は俺を見つめ、息を大きく吸い、何かを言おうとし、失敗し咳を吐いた。
「お前、名前は?」
俺は地面にしゃがみ、女と視線を合わせた。女は目つきを鋭くし、碧い瞳で俺を睨んだ。
「・・・言うか」
女は寂れた声を出し、横を向いた。
「まあいい。あまり興味はない。しかし、お前はそれなりの権力者のようだな・・・」
俺は顔に薄い笑みを浮かばせ、女を蔑むことを意識した。すると、女は目を見開き、呆れた顔をした。
「お前、分かってないのか・・・このあたしが何者であり、アリシアとお前が呼ぶあたしの妹が何者なのかを・・・」
女の反応を見、俺はなぜか、自分がとんでもない思い違いをしているような危機感を覚えた。が、それが何なのかよくわからず、薄い笑みを浮かべ続けながら俺は彼女の言葉に頷いた。女は呆れたように顔を下に向け、俺は首と顔だけでよくそこまで感情表現が出来るものだと思った。
「実に、間抜けだ。・・・あんたもそうだし、あたしも・・・実に間抜けだ。なんだ・・・あたしはあんたから見たら、だだのそれなりの権力者だったのか・・・意味が分からん。だから、あんたは何も怖がらなかったのか」
「なんだ。お前はもっと大きな存在だとでも言うのか?確かにあんたは強いが、ただの小娘だろ」
俺は言いながら、自分の言葉の正確性に満足した。俺は、この女を知らないし、銀髪のエルフなど過去にアリシア意外見たこともなかった。
「確かにあたしは小娘だが、小娘なりに力がある・・・あたしはあんたが思っている以上の権力者だ。こうして捕まえても、あんたらは死ぬ」
「最近、死ぬという言葉をよく聞くようになった。アリシアからお前を殺すなと言われた時だ。お前を殺したら、俺は死ぬらしい」
「捕えても死ぬだろうな。あたしは今、単独行動で、独断で、この場に来ている。今頃あたしの家臣たちが、あたしの行方を捜しまわっているだろう。ここは、昨晩あたしが家臣たちに捕らえられた場所だ。すぐに来る。見つかれは、お前たちは恰好の的だ。お前たちはあたしを誘拐したとして、殺されるんだ」
もう昼だった。数時間しか寝ていないが、彼女の言うことが正しければもうすでに、その家臣らはこの宿に来ていてもおかしくはなかった。俺は少し焦り、後ろに居る三人の男の一人にそのような人間が宿の外にいるのかと確認を取った。男は、今のところ見ていないとまじめに答えた。
「そうか・・・」
「ただ、危ないことに変りはないかと。それで、このエルフの処遇はどうされるのですか?」
男は俺の背中に付け足すように声をかけた。そこには怒りの感情があり、彼らがこの女を危険視し、迷惑がっているのだと分かった。
「俺も今日仕事があります。午後から、木こりの手伝いがあるので・・・もうすぐここを出るつもりです」
「分かった。午後暇な奴と代われ」
「ええ。そうさせてもらいます」
だが、男はすぐに部屋の外へは出なかった。まだ仕事には時間があるのだろう。女は俺たちの会話をひどく怪訝そうに聴いていた。
「チッ・・・何やってんだ」
俺は女の顔を見ながら薄く笑い、それから真剣な顔をした。この女の処遇について、俺はすでに決めていた。
「お前を餌に身代金を取ろうかとも考えたが・・・お前を自由にしたら、それはそれでめんどくさそうだ。それに、権力者相手には、俺は少しだけ弱いしな。俺はお前を殺せないし。だから、お前を奴隷にしようと思ったが、アリシアにそれだけはと泣きつかれた。俺はアリシアに俺と婚約することを誓わせ、それを許したところだからお前を奴隷にしない。妹の采配に感謝しろよ。俺はお前をアリシアの姉だとは思っていないし、アリシアもお前が自分の姉である自信がなぜかな無いらしいからな・・・余り会うことは無かったと言っていた。だから、慈悲はない。俺はお前を奴隷商人以外の人間に売ることにした」
「は?あの子があんたの嫁になる?」
女は顔を固め、すぐに怪訝な表情をした。俺はその顔に苛苛した。
「なんか文句でもあんのか?」
「文句しかない。妹がお前なんかの嫁になどさせるか。あたしがお前を殺してやる!」
女は荒く息を吐き、縄をほどこうと身体を外へ、外へ、必死に押し出した。茶色く染まった縄は、ギミ、ギミ、と音を立て、女が動いたわずかな振動だけ動いた。女は数秒そうし、次第に力をなくし、身体で呼吸をするように、ヒク、ヒク、とうごめいた。
「お前なら買い手などいくらでもいるだろう。その強さなら剣闘士にもなれる。まあ・・・候補は色々あるがな」
俺は独り言のように言い、女がまた縄を解こうとした。
「無駄だ」
俺は一言いい、後ろの男に包みに入った粉薬を貰った。俺は女の顎を持ち口を上にあげ、その時女は頑固として口を閉ざしたが、薬を持った手で女の背中をなでると、ひっ、と反応し口を開き、そのわずかな間に女の口に滑らすように白い粉薬を入れた。女はすぐに抵抗したが、俺は薬の大半をすでに入れており、女は急に意識をなくしたように眠った。
「あんた、私はあんたが久々に顔を出してくれて少し嬉しかったんだよ。でも、こんな綺麗な女をそばに置いているとは、なんだか残念だよ」
歳を食った四十の女は、俺をまるで自分のものだと言いたげにそう言った。俺はこの女が嫌いでならなかったが、しかし、この女は町一番の風俗を仕切る女であり、俺はこの女に捕らえた銀髪のエルフを預けようとしていた。
「俺のことはどうでもいい。一千万で渡してやる」
「はぁ・・・あんた、知らないのかい?ここ最近、銀髪のエルフときちゃ、私らの業界でもまあ、有名な名前なんだよ。銀髪のエルフなんてもんを扱ったら、私はどうなっちまうのかねぇ」
女は不安そうに言うが、それでもまだ余裕があるように思えた。女はキシルを吐くと、首を傾げ俺を見た。俺は気味が悪くなり、隣に寝かせた銀髪のエルフをちらりと、一瞬だけ見た。俺は眼の保養をしたのだと思った。
「あんた、本気でその子を私に売るきかい?」
女は真剣な顔をし、そう言った。女の顔は銀髪のエルフと比べると醜く、俺はアリシアを手に入れたことを嬉しく思った。少し興奮し、そのまま続けた。
「ああ、売るさ。売らなければならない」
「どうして?」
女は探る様に俺を見る。俺は、嘘をつかねばならなかった。急に喉が渇き、唾を飲んだ。
「金が要るからだ。俺はここ最近大きな買い物をした。奴隷をな、数人買ったんだ。宿に住まわせている」
「へぇ・・・金が無いねぇ。じゃあ、どうして銀髪のエルフなんか高そうなものを持ってるんだい?」
「それは・・・押し付けられたんだ。安かったから、つい買った。それだけだ。こんなに有名になるとは知らなかった」
「ふぅん」
女はじろじろと執拗にアリシアを見つめた。俺はだんだん機嫌が悪くなっていく自分を感じ、早くこの場から離れたいと強く思った。
「買わないのなら他を当たる。一千万でなくても、五百万でも、一万でもいい。俺は、この銀髪のエルフを捨てたいんだ」
「じゃあ、捨てればいいじゃない。その辺の道に、ポイっと。その美貌なら誰でも拾うわよ」
女は、まだ探るような眼つきを辞めなかった。俺は汗を掻いた。
「無理だ。俺はこのエルフを少し恐れている。復讐してくるかもしれないだろ?だから、俺が知る誰かにしっかりと管理してほしいんだ」
女は俺の顔を見るのを辞めた。俺は、女のその動作に危機感を覚えた。
「あなた、嘘をついてるのよね。わかるのよ・・・その子、危ないんでしょ。危ないから捨てるんでしょ。買わないわ。タダだと言われても、貰わないし・・・帰って。少し、がっかりだわ」
「そうか」
俺は怒りを隠しながら、すぐに女から離れた。外を歩き、信頼できる買い手があと一軒しかないことに俺は少し焦った。
「久しぶりだな、ファル。俺は男にあんまり会いたくないんだが、強い男は好きだぜ。それも、特に若くて聞き分けがいいのが最高だ」
男は背が高く、顔が細く、犯罪組織の長をしていた。俺との付き合いは浅く、六年前に俺がこいつの部下となり、五年前に離れたきり一度も会っていない。が、俺はなぜか、こいつに好かれていた。男は二人用のソファに金髪ロングの少女と座り、しきりに彼女の肩を抱き、男の方へと寄せていた。俺はわざと少女を見ないようにし、部屋の全貌を眺めることに意識を向けた。この部屋の総面積は小さく、俺は男との距離に圧迫感を覚えた。この部屋はこの男が複数の少女たちに埋もれるという理想を叶えるためだけに作られた部屋のはずだったが、なぜか客間として使われていた。
「突然の訪問すみません」
元上司であり、今でも権力は彼の方が上なので俺は頭を下げる。男は金髪ロングの少女の肩を抱き、気味悪く笑った。俺は少女の顔を見ないよう、男に視線を固定した。
「そう固くなんな。言ったろ?俺は男が嫌いだが、しかし強いやつは好きだ。それでいて特に若く、聞き分けのいい男は最高だ。お前は俺の理想の人間だからな。特別、俺との会合を許したんだ。・・・何、お前はなんだか組織の真似事をやってるみたいじゃねーか。最近は派手にやってるとも聞いたぜ。組織の長同士、仲よくしようや」
俺はやはり、この男を好きにはなれなかった。男は四十五だが、その趣味は少女愛好家であり、多くの男、女から忌み嫌われていた。
「それで・・・あなたにプレゼントしたい少女がいます」
男はそこで、視線を俺の左に向けた。
「ああ、そういうことか。自分の女ですという俺への自慢じゃなかったのな。お前の肩ですやすや眠ってるエルフをくれるっつうわけか」
「ええ。このエルフをあなたにプレゼントしようかと」
俺の隣で銀髪のエルフは眠っていた。その寝顔は昼のそれよりも可愛らしく、穏やかだった。
「とても魅力的だがなぁ・・・今はちょっと無理だ。ついさっき、っても昨日だが、領主様から俺のとこに急な検問が入ってよ。マジでビビったんだぜ。俺は表では有能な部下を持つ護衛組織だが、裏では色々やばいことやってるからなぁ。まあ、何かと言い訳つけて乗り切ったわけだが、ちと怪しい。向こうもかなり強引にやろうとしたからな、なんかありそうってわけだ。まあそのおかげでこっちも武力行使を容赦なくできたわけだが・・・お前も知ってるだろ。銀髪のエルフって言う存在がこの町で禁止ワードになりつつあるってことは。俺はな、かなぁーり、かなぁーり、その銀髪のエルフちゃんを手に入れたいんだが、このタイミングで銀髪のエルフときちゃあ怪し過ぎるってもんだ。だから、今は無理だ。他を当たりな。落ち着いたら貰ってやる」
「いや、それでは困る。今あなたに、貰ってほしいんです」
「お?」
男は少し表情を歪め、俺を見た。のどの渇きを覚えながら、俺は慎重にゆっくりと喋る。
「あなたなら、要らない人間や強制的に従わせれる人間は多いことでしょう」
「ああ。たくさんいる。俺はこれでも組織の長だからな」
「あなたが一度、彼女を貰い、その後、その要らない人間にでも押し付けてください。押し付けた男を、それから海外に飛ばせばいい。それだけの行為をうまくやれば、あなたにはけして被害が出ない」
「言ってくれるなぁ。確かに、俺はそれだけできる力があるだろうが・・・デメリットは・・・まあ、今のところはないか。今のところは。だが、残念なことに俺にそれだけのことをするメリットはないな」
「メリットなら、俺が作ります」
「ほう」
男が興味を持った。俺は静かに覚悟を決めた。
「あなたは、金で動くような人間ではありません。ですが・・・少女で動く人間です。あなたがこの銀髪のエルフの処理をしてくれるなら、俺はあなたのために良質な少女を一人用意しましょう」
その時、金髪ロングの少女が嫌に大な声で笑った。俺はその予想外に、視線が少女の方を向いた。彼女は気持ちいいほどに良質な、可愛らしい笑顔を浮かばせて俺を見つめていた。それからゆっくりと小さな口を開き、
「最高」
と一言、幼きながらも、耳に残る高い声を出した。俺は、その言葉に俺への憎悪と軽蔑が込められているのを感じた。この少女は、いったい、何を感じ、何を考えているのだろう――急に怖くなる。この男の隣にいることは、この少女にとって、どういった意味を持つのだろうか。俺は考えないようにしていたことを考えてしまい、アリシアと少女を重ね、気持ち悪くなった。男が笑顔で言った。
「ははははっ。イリスちゃんにそう言われちゃあ仕方がないねぇ。いいだろう。その取引に応じてやる・・・そうだな。期限は一週間。一週間以内にお前は俺の持ち物に値すると思う少女を用意しろ。何、特別早くしなくてもいい。少女というものは、意外と難しいものだ。良質となれば、選別することが難しいだろう。その銀髪のエルフはここに置いておけ。今日中に処理してやる」
俺は立ち上がり、男に礼を言った。頭を下げ、上げると少女と目が合った。俺にとってこの少女は被害者であり、労わるべき存在だった。だが、この少女の目は特別絶望しておらず、かといってこの現状に満足しているようにも思えなかった。俺は意外に思い、少しだけ身体が硬直した。彼女の瞳は言ってしまえば、乾いていた。そう、彼女は俺を、ただの屍を見るような、乾いた瞳で見つめていた。その瞳が何を意味するのか、俺には理解できなかった。そして、その理解できないという事実が重く、深く、俺の胸を痛いほど刺した。その厭な感覚は宿へ帰るまで続き、俺は必要に、その厭な感覚を上書きするように、執拗にアリシアを求めていた。