銀髪のエルフ④
四話目だー。
外装の白色がまだ廃れていない服屋に入ると、その足音は不自然に俺の後をついてきた。やはり、つけられている。どこのどいつか知らないが、つけられていることが俺にばれている時点で相手はさして優秀な人間ではなかった。店の中は混雑し、視界には常に五人の客が居た。が、彼らはアリシアを見ると、その足取りが鈍くなり、集団の動きがなくなった。俺は無造作に立ちすくむ人の合間をすり抜け、アリシアに服を選ばせる。アリシアは俺に最低値段を訊き、俺が今着る分と明日着る分の二着まで買え、と答えると、彼女はもう一度値段について訊いた。
「金はある。まあ、安く済ませろ」
嘘である。が、服を買うくらいの金はあった。
「・・・分かりました」
遅れて店員の若い女が来、彼女はアリシアを見ながら歩くスピードを遅くし、不自然な距離を置いて立ち止まった。俺は彼女が動くのを待とうと思ったが、面倒になり、すぐに用件を伝えた。
「アリシアの服を下着も含め二日分用意しろ」
「・・・奴隷」
「聴いているのか?アリシアの服を下着も含め二日分用意しろ」
「は、はい」
店員は急に声を荒げ、返事をした。アリシアが俺を見、何かを言いたそうに口元を歪めている。
「服くらいは、自分で選ばせて貰えませんか?」
彼女は久しぶりに、感情の籠った声を出した気がした。俺は嬉しくなり、それ以上に今のアリシアをとてもかわいく、尊いものに思えて仕方なかった。
「ああ、別に構わん。店員は要らんのか?」
「いえ・・・ただ、店員さんにすべて決められるのが嫌なだけです」
アリシアは美しく微笑み、俺は当初考えていた、早く買い物を済ませるという考えを諦めた。俺はアリシアを店員に預け、少したってから二人の後をついていった。銀髪のエルフであるアリシアは目立ち、俺の後ろをつく足音や、それ以外の野蛮な人間に襲われないとは思えなかった。俺は彼女を守るよう、辺りのアリシアに近づこうとしている人間を見れば、殺気を飛ばした。俺をつける足音は店内でも一定の距離を保っており、いくら待っても俺やアリシアに近づこうとはしなかった。アリシアが試着室に入ると、俺は心に余裕をなくした。彼女が目の前から居なくなり、俺から逃げたのだと、なぜかそのように思った。それからしばらくして彼女が姿を見せると、今度は安堵した。俺は彼女の行動に一喜一憂している自分を意識しながら、やはり今の自分は彼女に依存しているのだと思った。彼女は一着買った服を着、一着を袋に入れ手に持った。彼女は俺にありがとうございます、といい、俺は酷く愉快な気分になった。が、そんな気分を阻害するよう、店を出てもその足音は後をついてきた。
「・・・追ってでしょうか」
少し歩き、アリシアが不安そうにつぶやいた。俺は先ほどまで笑顔でいた彼女が、急に表情を変えたため驚いた。が、それよりも彼女が俺たちをつける足音に気づいたことが意外だった。彼女は細い体をし、武術をやっている身には思えなかった。足音を探る習慣はないはずである。エルフは、耳が良いだろか。俺は大きく空気を吸い、冷静に答えた。
「だろうな。心当たりがあるのか?」
「・・・いえ。そういうわけでは」
「まあ、十中八九俺だろう。俺は仕事柄、多くの人間に恨まれやすい。人を殺したことも何度かある。きっと、その親族とかが復讐の機会を狙ってるんだろ」
俺はなぜか、心底愉快そうにそう言った。事実、俺はこの足音の主をそれほど重大視していなかった。強者であれば、もっと存在感を消し、俺の対処が遅れるほどのスピードで、よくわからない時間帯に襲ってくるはずだった。少なくとも、昼の時間に後をつけるなどという不合理な行いをするはずもなかった。やはり、暗殺者の類ではなく、追跡者の類だろう。
「それは、大丈夫なのですか?」
アリシアは真剣な顔をし、横から俺の顔を覗き込んだ。その状態のまま角を曲がり、暗がりの路地に入る。強引に曲がったため、彼女の肩がわずかに俺に肩に当たった。
「大丈夫さ」
「本当に?」
「心配性だな・・・本当さ」
「じゃあ・・・今からどこに行くんですか。さっき、路地裏に入りました。宿の道とは違います」
「心配するな。あの宿には近道がいくらでもある。なんたって荒くれ者が住まう宿だからな。ほら、宿のある場所も裏路地だったろ。でも・・・今から行く場所は武器屋だ。そこで、お前の剣を買う」
「どうして」
「護身用だ。俺は剣が手元にないと心配になるくらいでな・・・ああ、これも依存か。まあ、自分の身は自分で守ってもらおうということだ」
「その剣であなたを殺すかもとは考えないのですか?」
「考えないな。俺はお前程度に負ける人間ではない。それに、暗殺などやろうと思えばいくらでもできる。お前がそれをするなら、俺はすぐに死ぬだろう。が、お前は俺を殺さない。なぜなら、お前は俺を殺そうとは思っていないからだ」
「・・・私もそう思います」
道の少し先に細い酒瓶が落ちていた。それは、熱い日光を反射し、陰にならない道の真ん中で堂々と光っている。アリシアは、それの横を通り過ぎるまで酒瓶を見つめていた。どこか思うところがあるのか、酷く悲しい瞳で、強い信念をもってそれを見つめている。一度、彼女は酒瓶を手に取ろうとし、俺がそれを止めた。そうすると、アリシアは憎しみの籠った表情で俺を見、ハッとなり、わざとらしい笑みを浮かべた。それから彼女は俺に謝罪するように言葉を並べ、焦るように急ぎ足で前を歩いた。が、俺はしばらく動けず、彼女の声すら遠くに聞こえた。太陽の光の暑さと、光の光量を全身で感じ、俺は腕を引っ張られた時、左右の建物で陰になっている土を見、ようやく現実に戻ったような気がした。
武器屋は寂れた茶色い木材でできた小屋だった。この路地にはそれ以外に何もなく、取り残されたかのように、武器屋は存在していた。扉の前には二人の背の高い男が居、彼らは店内の商品を盗まれないようにする護衛だった。男どもは、最初俺を見たが、すぐにアリシアに釘付けになった。扉は引き戸だったが、なぜかぎぃぎぃと不愉快な音を立て、俺たちを向かい入れた。足音を確認したが、路地に入ったため追跡を辞めたのだろう。外からの音はなく、風の吹く音だけが聞えた。
室内はその小さな空間に収まるように必要最低限の量の武器が、綺麗に土台の上に並べられていた。銀色の刃はむき出しに置かれ、窓から差し込む日光によりきらびやかに光っている。扉の向かい側には会計受付があり、そこにはひげを生やした腹を出した小柄な男がギシギシと軋む椅子の上で寝そべっていた。男は瞳を薄く開けると、ああ、といい毛の濃い手を挙げる。
「久しぶりだな兄ちゃん。後ろの嬢ちゃんは?」
「答えるかよ。今日はこいつの剣を買いに来た。短剣だ。適当に選ぶから、お前は寝てろ」
「連れねーな。あいあい、お好きにどうぞ」
男はそのまま瞳を閉ざし、不自然に笑みを浮かべた。俺は気持ち悪く思い、男から視線を外す。アリシアが俺の横から一歩前に出、室内にある剣を物色し始めた。俺は扉に背を預け、アリシアの姿をしばらく眺めることにする。俺は自分で思っている以上に疲れを感じていた。足が若干重く、目のあたりが若干痛くなっている。以前の俺ならこの程度で疲れや痛みを感じるはずはなかった。アリシアが居るから、下手な注意を払い、いつも以上に集中力が削れ、不要な動作が増えているのだろう。ガウから誘われた護衛の任務を思い出す。護衛の任務など、いくらやってきたか覚えきれないほどの数こなしてきた。が、今のような疲れを感じたことはそうそうなかった。最初のころはともなく、一年もたてば、俺はなぜか護衛する対象の人間や荷物を大切に扱わなくてもよいことを学んだ。いや、護衛としては失格の心構えだろうが、俺にとって、護衛をしなければいけない奴らは皆、守りたいと思える存在は居なかったのだ。しかし、彼らは俺が居ることで安心し、それでいてなぜか傲慢になり、下劣な笑みを浮かべ、よく、護衛をする俺たちのことを罵倒した。俺はもともとも守る気もなかったため喧嘩になることはなかったが、他ではよく喧嘩が起こっていたらしい。が、そう言う場合のほとんどが、雇う側と雇われる側のレベルが共に低いことが多かった。今回ガウが護衛する商人は、俺が見てきた商人とは違っている。大物であれば、護衛をする人間も選びたがるし、商人側もガウを指名したのだから、両社とも喧嘩を起そうなどという真似は絶対にしない。依頼主、雇われる側、両方から見ても別となマッチングのはずだった。相手は大物だから、ガウはこの仕事を無事こなせば信頼も上がり、多くの依頼をこなし、多くの金を手に入れることができるのだろう。そう考えると、俺は彼と同じになりえるチャンスを逃したのだと思った。だが、その後悔も目の前にいるアリシアと比べれば、大したことのない事柄へと成り下がった。仕事などしなくとも、金がなくとも、俺はアリシアと居れることだけを望んだ。俺の揺らぐことがなかった衝動を動かし、今もまだ俺の中で震えさせる存在はアリシア以外に他はなかった。
「・・・ファルさん」
土台の一つで止まり、アリシアが俺の方を向く。
「なんだ。決まったか?」
「ええ。どれも良質なようで迷いました。この短剣が欲しい出す」
それは、黒く輝く柄を持つ短剣だった。値段はこの店のものでは高い方だったが、金は足りた。
「分かった。これを買おう」
俺は短剣とその隣にあった鞘を持ち、受付カウンターへと歩いた。アリシアが短剣を持ちたそうにしていたが、俺はそれを無視した。短剣を持つなど危ないと思ったのかもしれない。俺はなぜか、後で彼女に短剣の扱い方と、護身術を教えようと考えていた。が、俺は彼女と同じ長さの短剣を持っていないことを思い出し、これでは見本の動きをすることが出来ないことに気づいた。少し悩み、男が眠っているのを確認し、近くにあった短剣を一つ音を立てないよう鞘に納め、ズボンの後ろポケットに無理やりねじ込んだ。飛び出た柄を服を垂らして隠し、そのままカウンターに近づくと、男はうっすらと瞳を開け、ああ、とまた声を出した。俺は一瞬、起きていたのかと緊張した。が、男は俺を見ず、じっとカウンターに置いた短剣を見ていた。
「そいつは、確か・・・銀貨八枚だったかな。どうだ。あっとるだろ」
「いや、銀貨六枚だ」
俺が言うと、男は目をカッと見開いた。それから背筋を伸ばし、椅子から立ち上がる。それからヒステリックに叫んだ。
「嘘つけ。それは銀貨八枚だ。俺がそう決めたんだ。間違うはずがない」
俺は何故そんな嘘をついたのかと思い、これ以上演技を続けるのはめんどくさなり、嘲るように笑った。
「ああ、あんたの言うとおりこの短剣は銀貨八枚だ。どうだ。いい目覚めだろ」
「だ、だましたな。騙しやがった」
男は鼻息を荒くし、顔を不自然にゆがめた。やはり、男の顔は醜くあった。俺は彼の鼻息が当たらないよう少し下がり、ため息を付きながら、わずかに震える指先でズボンの前ポケットの中を弄った。心臓の鼓動がうるさくなり、冷や汗をかく。ばれたら終わりだと自分に言い聞かせ、ゆっくりと、わずかな揺れで後ろのポケットに隠した短剣が見えないよう銀貨八枚を取り出し、机に置いた。
「ちっ、銀貨八枚ちょうどだな」
男は苦々しく言いうと、銀貨八枚を無造作にズボンのポケットにねじ込んだ。それからまだ突っ立っている俺を見ると、怒りの表情をし、さっさと行け、二度と来るな!、と怒鳴った。俺は男の声で人形のように動き、短剣をゆっくりと鞘に納めた。男は俺の動作が遅いことに苛苛し、舌打ちした後、体を左右に揺らしながら奥の扉を開け、入っていった。俺は男が居なくなるのを確認すると、緊張の糸が途切れるのを感じ、すぐに後ろのポケットにある短剣の柄を握った。勢いよく取り出し、両方の手に短剣を二つ持つ状態になった。すぐに買った方の短剣をアリシアに渡した。こうすることで、俺とアリシアは一人ずつ一つの短剣を買ったことになる。誰が見ても、武器屋から出た人間として違和感のない姿になるはずだった。
「あの・・・」
アリシアは何かを言いたげに俺を見、そして黙った。
「これが俺だ」
「でも・・・」
今度は俺の持つ短剣に視線が注がれる。
「良いだろ。これくらい。それより早く出るぞ」
俺は会話を絶ち、外に出た。アリシアは小走りに後ろに続き、少し唇をかみ、下を向いていた。すぐ横に二人の男が見え、彼らはずっと前を向いていた。
「やあ」
俺が声をかけると、二人の男は俺の方を向いた。
「何か」
右の男が低い声で言う。
「いや・・・こんな暑い中門番なんてご苦労だなと思ってな」
「そうですか・・・」
それから、男たちの視線がアリシアに注がれた。アリシアは彼らの視線を意識ながら、俺の方をずっと見つめていた。俺は小さく息を吸い、笑顔を作った。
「あんたらのような屈強な男が門番をしているなら、この店も泥棒なんか入らないだろうな。俺も客として安心するよ」
それから手を振り、俺は彼らに背を向けて歩いた。角を曲がると、アリシアは俺に近づき、何かを我慢しているように口を閉ざしていた。
「大丈夫だ。ばれてはない」
「でも・・・いけないことです」
「ああ。俺とお前は共犯だ。だから、もう逃げることはできない」
「・・・・」
「そう、俺とお前はもう、一緒なんだ」
誰もいない路地は、静かに俺たち二人の夫婦を祝っているような、そんな気がした。