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銀髪のエルフ  作者:
一章
3/22

銀髪のエルフ③

少し長いですが、どうぞ。

 階段を降りると右手から階段の裏を通るように、L字に椅子や机が並べられ、残った左手に受付のカウンターがあった。受付には綺麗な若い女が居、彼女はここの女将(おかみ)の一人娘で、名をセイカといった。セイカは俺を見つけ、優し気な笑みを浮かべた。俺もあいさつの代わりに彼女に手を上げるが、セイカの視線がアリシアに注がれているのに気づき、俺は彼女を隠すようにし、座るテーブルを探した。適当な二人席に着き、アリシアの顔が前に見え、俺はわけもなく緊張した。彼女のささやかな視線を避けるように辺りを見渡すと、離れた場所で、三人の男がテーブルを囲み、二人の男が向かい合い、一人の男が一人席で静かに酒をちびちびと飲んでいるのが見えた。男どもは皆鞘に収めた剣を持ち、机の上に置いたり、壁に立掛けたりしていた。俺はふと、いつもとは違う距離感を感じ、自ら彼らから離れた場所に座ったのだと気が付くと、アリシアが居たからそうしたのだろうと思った。ここは、荒くれ者が集う宿だった。当然、男の割合が多く、俺は彼らを下劣な存在だと思っていた。俺は無意識のうちにアリシアを男どもから離したいと思っていたのだろう。気が付くと、セイカが俺の横にいた。彼女は丸っこい小顔をしかめてアリシアを珍しそうに眺め、当然、そのことについて俺に尋ねた。

「・・・ファルさん。このお綺麗な方は一体?奴隷ですか?」

「ああ、俺の奴隷だ」

 俺はなぜか、セイカにアリシアが取られるのではないかと思い、緊張した。

「エルフですよね?」

 セイカは覗き込むようにしてアリシアの顔を直視した。彼女がアリシアに近づくたび、俺はアリシアを狙っているのだと思い、無意識にセイカを殺したいと思った。が、俺の意識の片隅にある何かがその衝動を阻害し、俺を意識的に緊張させ、金縛りを起させた。

「よくわかったな。綺麗だろ」

「馬鹿言わないでください。これだけ綺麗な人間は居ませんよ。てか、エルフって初めて見ましたけど、ウザいくらいに綺麗すぎて嫉妬心がやばいですね。なんですかね、美術の神様が作ったお人形さんみたいですね。でも、エルフなんて高かったでしょう。私ならただですけど?」

「お前は懲りないなぁ。まだ俺の嫁になる気か?」

「だって、ファルさんは強いでしょ?私は強い人が好きなんですから、仕方のないことですよ」

「その可愛らしい小顔で言われても説得力ねーよ。ああ・・・でも、俺みたいな強い男がお前を守るってのも悪くはないなぁ」

「ほら。それで、このエルフさんはファルさんのお嫁さんになるんですか?」

「あ・・・まだわかんねぇ。口説いてる途中」

「なら、私にもまだ勝算はありますね」

「ねーよ。てか、俺思うんだけどよぉ。お前、本気で俺狙ってんのか?五年はここにいるが、お前からプロポーズされたことねーぞ」

「さあ、どうでしょう?私はかなりの奥手ですからね。男の方からプロポーズしてもらわないと、本音は語れないんです」

「じゃあ、お前はいつも、俺に好きだって嘘ついてるわけだな?」

「嘘じゃないですよ。私、強い人が好きなのはほんとですし。そして、この町でファルさんが一番強いのもほんとのことですし」

「なんかうそくせーなぁ」

「ははは。てことで、自己紹介がまだでしたね。私はセイカ、二十三歳。よろしくね、銀髪のエルフちゃん」

 アリシアは目線で俺に、口を開く許可を求めた。正直、そこまで厳しくする必要はなかったが、俺はなんだかおもしろく思い、うなずいた。

「私はアリシアといいます。十六歳です。セイカさんですね。よろしくお願いします」

 アリシアは少し頭を下げ、上げるとすぐに真顔になった。そこで俺は、彼女が今まで笑っていなかったことを知った。どうして笑っていないのか、楽しくはないのか、俺にはなぜ彼女がそうするのかがよくわからなかった。

「あら・・・本当に人形みたいに喋るのね。ああ、奴隷だからか。奴隷だから自由が利かないんだぁ。私とは大違いね。まあ・・・それくらいの美貌を持っているんだから、生活くらい苦労しなさい。ああ・・・でも、ファルさんの奴隷だから、そんなに苦労はしないのかなぁ。ねえ、どうなのその辺。まあ、女を奴隷にしている時点で大体は想像つくけどさぁ」

「お前が考えてるほど俺は性欲に覚えていない。まあ、アリシアの肌を汚すような真似はしない、とだけ言っておく」

「ふぅん。まあいいわ。それで、朝食よね。いつものでいいかしら?」

「逆にいつものしかないだろ」

「あら、本当のことは言わない約束でしょ」

 毎朝会うが、やはりセイカは初めて会った時と比べ大人びていた。口調が、その最たる例である。もともとそうだったかもしれないが、彼女はもう少しおとなしく、もう少し穏やかな性格をしているはずだった。が、いつからか俺を恋愛対象とし、強気な発言や傲慢な発言が多くなっていった。俺は、彼女のその変化に少しづつだがついていけなくなっているような、そんな気がした。これは、俺が彼女のことをいつでも支配できると思うか、思わないかに関係していた。さっきの会話でもそうだが、俺は彼女の本心というものが一切見当がつかず、また彼女がどこまで本気でものを言い、行動し、どう考えて生きているのかが分からなくなってきていた。そうなると、俺は彼女を支配することが難しいような気がした。昔ほど、彼女はやわではなくなり、人に頼らなくなった。俺はそれが、気に入らない。たびたび、彼女に裏切られる想像をすることがある。それは無意識の中での行いであり、俺の心が彼女を求めている証拠のようで、気味が悪かった。俺は、ここ最近信用できる女とは会っていない。ある意味、女という存在に飢えていたのだろう。だが、アリシアを手に入れた今、俺は「女」という悩みから解放されることになる。それはとても、愉快なことだった。

「なあ、アリシア。ここはな、俺の城みたいなものだ。あの女は、女将の娘で、俺に惚れている。女将は馬鹿力を持つ婆でな、夫が居るから仕方がないが、たぶん、俺に惚れている」

 俺は何故、彼女のこのようなことを言っているか分からなかった。が、俺は興奮し、言葉をつづけた。

「ここには強い男しかいない。周りを見てみろ、男ばかりだろ?男しかいないし、その男も俺が選んだ男だけだ。みんな俺を慕っている。嘘じゃないぜ。本当だ。お前は運がいい。俺のような強く、賢く、地位もあって、部下もいる男の妻になれるのだからな。そう・・・お前にはもう選択肢はないんだ。早く、俺を好きになれ。そうすれば、一生の安泰をやろう」

 俺はアリシアの瞳を覗き込むように見る。銀色の瞳は、本当にどの宝石よりも美しいだろうと思った。俺は彼女の瞳を見つめながら、彼女と視線を外してはならないような、彼女から視線を外すと、それは俺が逃げているような、そんな気がしていた。俺が逃げるはずもないが、なぜか、彼女と対面すると俺の鼓動は早くなり、俺はいつもとは違う何かになってしまうような、そんな感覚があった。俺は、そのような状態にある自分を、うまく制御できる自信はなかった。が、そうするほかに俺のプライドを守るすべはなかった。

 アリシアは俺から視線を外さず、微かに笑った。真顔で口元だけを緩め、それに連動するように、顔全体の筋肉が細かく動く。俺は、彼女の瞳の中に強い意思を見、その瞬間、なぜか拒否されたのだと思った。彼女は俺のプライドを守るために、微かに笑い、そして今からゆっくりとした口調で、俺のプライドを傷つけないようやんわりとした言葉で俺との婚約を否定するのだ。なぜかそう思い、体が急激に冷え、血の気が引いた。

「・・・どうして、そこまで私を妻にしたがるのですか?」

「あ・・・」

 彼女は顔を若干上げ、迷うように視線を動かした。俺は、予想外の反応に体の力が抜け落ちた。

「私は・・・それほど価値があるように思えません」

「そういうことではない」

 俺は大きな声を出していた。

「お前の価値基準は・・・関係ない。俺の妻になる気があるのか、と訊いている」

 アリシアは顎をわずかに下げ瞼を閉じた。その動作は緩やかで、俺はなぜか、訴えられているような気がした。時間帯が朝のせいなのか、俺の機嫌を伺っているのか、男たちの笑い声はなく、代わりにコツ、コツ、と足音がやけに耳に響いた。俺は足音がこちらに近づいていくのを意識しながら、顔に冷たい空気が当たり続けるのをじっと耐えた。男の顔がアリシアの後ろに見え、俺はひどく不機嫌になった。男は、俺の唯一の仕事仲間と呼べる相手だったが、俺の嫌いな相手でもあった。

「よう。お前が女とは珍しい」

 ぐもったような、低い声を男は出した。男の顔は不衛生に長い黒い髪と黒いひげが顔面を覆い、目を探すのが大変だった。黒く濁った動物の皮のコートを着、全体的に暗い印象を受ける。俺は、なぜこのような不潔な男と仕事をしなければならないのか、不思議だった。が、男は有能であり、俺の次にこの町ではこの男が強かった。俺は、苛立ちを覚え、不愛想に高い声を出した。

「何しに来やがった・・・てめぇは、忙しいんだろ。来るなよ」

「仕事の依頼が入った。俺と、お前に指名だ」

 男は一つの隣の四人席に座り、質の悪い煙草を取り出し、マッチで火をつけた。俺は男を見ず、アリシアの銀色の髪を見つめ続けた。俺は金がなく、少しだけ男の言葉を聞く気になった。

「内容は?」

 男は少し声を小さくし、もっとぐもった声を出した。

「旅路の護衛だ。ある大物闇商人の・・・。詳しくは知らないが・・・急ぎの用らしい。明日の朝一番にこの町を出るといっていた。俺たちは、どこまで行くのかわからないが、その商人の乗る馬車と色々と大事なものが入った荷馬車を護衛する」

 旅路の護衛となると、俺は数か月アリシアと別れなければならなくなる。

「悪いが、お断りだ」

「それは無理だ」

「は?なぜ?」

「相手は大物だ。指名された手前、拒否権はすでにこちらにはない」

「俺は強い。拒否権ならある」

「お前は馬鹿だが、ここまで馬鹿だとはな。相手は権力者だ、逆らうのは危険だ」

「そいつは町を出るんだろ?ならもう関係ない」

「意地の悪い置き土産がないとは言い切れない」

「そんなもん、少しも怖くねーよ」

「・・・なるほど、お前が断る理由はそこの女だろ。依頼主は、明日の朝までにその女を拉致することができる。お前は、その女を追い、強制的にその商人を追いかけることになる」

「それがどうした?やってみやがれ。俺が居る限り、こいつは誰にも渡さねーよ。それに、もし連れ去られたとしたら、俺は確かに依頼主を追いかけるが、そん時はそいつの敵だ。盗賊に会おうが、魔物に襲われようが、俺はそいつを助けねぇ。見殺しにする」

「依頼主もそれくらい知っている。だが、お前への罰にはなる。そうなったら、めんどくさいだろ」

「チッ・・・だが、俺は依頼を受けん。アリシアといる方が大切だ」

 男は煙を吹き、灰皿に煙草をこすりつけた。俺は言った後、アリシアの反応を見たが、彼女は笑みを浮かべるだけで反応はなかった。

「分かった。依頼主にもそう言っておく。だが、期待はするな」

「ああ、そうかよ」

 男は立ち上がると宿を出た。俺は苛苛しながら、今までの会話を忘れようとした。男と入れ違いにセイカが現れ、今のガウさんよね、また仕事の話?と訊き、固いパンと野菜スープ、水の入ったコップを二人分机の上に置いた。

「そうだよ。もう二か月も会ってないっていうのに、急に来やがった」

「あらそうなの。覚えてないわ。でも、私あの人嫌いなのよね。汚いし、頑固だし・・・」

「まったくだ」

 俺は何も考えずに同意し、アリシアの顔を見るのに躍起になった。彼女は美しく、彼女を見ていればすべてが忘れられるような気がした。が、その瞳になぜか強い意志が宿っているのに気づき、俺はわけもなく目線を外し、パンをかじった。

「アリシアも食べろ。この後、服を買いに行くんだからな。途中で倒れられても困る」

「はい」

 彼女は微笑みながらうなずいた。その動作は非常に美しくあったが、どこか人形のようで気持ち悪かった。セイカはこの場に留まろうとし、俺に様々な言葉をかけてきた。が、俺はそのすべてを五月蠅いとしか思えず、適当に頷いた。その間、俺はアリシアだけを見ていた。彼女は美しく、いくら見ても飽きなかったのもあるが、やはり俺は彼女が何を考えているのかを知りたがっていた。だが、いくら考えても妄想にしかならず、俺は徐々に、彼女に依存していく自分を自覚していった。それは、少しでは済まないくらいの依存度かもしれないが、俺は何かに依存したことがなく、ただ、アリシアの言動に強く興味を持ち、アリシアの身体に意識のすべてが引っ張られるような違和感を全身で感じていた。

「・・・ねえ、聴いてる?聞いてないでしょ。私、さっきアリシアの悪口を言ったのよ。あなた、それでもうなずいていたもの。聞いてないわよね、ねえ、ずっとアリシアの顔ばかり見てさぁ、少しは私を見てくれてもいいじゃない。なんか、気持ち悪いよ」

「五月蠅い!」

 気が付くと、セイカはもういなかった。しばらくして、俺は、まったく料理に手を付けておらず、アリシアもまた何も口にしていないことに気づいた。俺は、急激に視界が広くなり、物音がうるさく頭に入ってくるのを意識した。アリシアが冷めた目で俺を見、俺は顔の筋肉が固まっていくのを感じながら、彼女から目が離せないでいた。視界の隅で、冷めたスープがなぜか強く意識された。男どもの声が、不自然に途切れていた。

「スープが冷めてるな」

「はい」

「もっと、喋ってくれ」

「・・・」

「喋ってくれないと、俺はどうにかなりそうだ」

 今の俺は、何かがおかしかった。いつもの俺ではない、体験したことのない俺を俺は経験していた。わけもわからず押しつぶされたように胸が苦しく、世界が遠く見え、全てに裏切られ、自分という存在がどうしてか、とても小さいもののように見えた。身体全ての筋肉の動きが意識され、頭が微かに揺れるだけで、俺は全身が揺れるような錯覚に陥った。よくわからないが、精神がおかしくなっていく自分を俺は認知していた。

「私は・・・」

「ああ、聴こう」

「あなたの婚約者には、なれません」

 俺は、とてつもなく精神が高ぶる自分を意識した。どうして、今そのような話題を出すのか。急に、俺の視界は狭ばり、彼女の冷たい表情しか見えなくなった。

「どうして!」

「私は、エルフですから・・・」

「だからどうしたっていうんだ。そんなもの、関係ないだろ」

「すみません」

 寂れた謝罪を聞き、体内に急激な緩急を覚え、俺の頭で何かの糸がぷつんと切れた。俺は、急に冷静になった。

「分かった・・・まずは、目の前のものを食べよう。話題は、俺が出す。お前は、俺の話題でより多く喋ることを意識しろ。俺を、楽しませろ」

「分かりました」

 俺は、過去の失敗談や、面白い事故や、成功談を楽し気に話した。彼女は、俺の話題によく食いつき、より人間らしい笑みを浮かべ、よくしゃべった。俺はそれに満足していたが、意識の片隅で彼女の言動全てが演技であることを考え、静かに落胆している自分を意識していた。ふと、もう一度剣の道に歩もうかと、そんな考えすらも思い浮ぶほどに、俺は目の前にいる銀髪のエルフとの会話を楽しんではいなかった。

 

 



 



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