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銀髪のエルフ  作者:
四章(終)
20/22

銀髪のエルフ⑳

もうよくわからん。

 鬱蒼とした木々の隙間から、視線が度々うかがえる。人の視線かと思うが、それにしては圧が微弱であり、しかしハッキリとし過ぎている。ゴブリンではないだろう。だとしたら、よくわからなかった。よくわからないものが、森の中にいるのだと思った。目の前が徐々に遠ざかり、動いていることを実感する。アリシアが俺の隣に座り、俺と同じように後ろを向いている。彼女は暑そうに何度も、何度も、フードをかぶったままその布をばたつかせた。

「暑いのぉ」

 エルリックが愉快に言った。

「何かが居る。気を付けろ」俺は焦った声を出した。

「ああ…さっき言ってた魔物じゃな。分かっとる。護衛は頼んだぞ」

「承知している」

 地面に置かれたアリシアの手に、俺の手を重ねる。そのまま瞼を閉じ、気配だけを頼りに辺りを観察する。目で見るには限界がある。気配であれば、大まかな位置が察せれるはずだった。しばらくしても、あの魔物の気配はなかった。ゴブリンの群れを抜けたとき以降、気配が消えていた。勘違いだったのかもしれないと考えるが、それはあり得ないとなぜか思った。あれは、何かに関係している。たぶん、この森の中から俺達を見る視線と…。

「南の町に着いたらな、わしは数日間休みを取るんじゃよ。そして、娘と遊ぶんじゃ」

 エルリックが喋り始めた。俺は少し、うるさいと思った。

「妻がわしには居なくてなぁ。孤児院があって、二年前にそこでニーチャという娘を貰って、育ててるんじゃ。わしが居ない間は、わしの弟子が見ててくれているんだ。安心よ。ニーチャはまだ十三だがな、結構頭がいいんじゃ。わしゃ頭がいい人間が好きだから、そのことを育てようと思ったんだがのう…少し前に、その天才性に驚いたことがあってな。その日突然、ニーチャがわしにこう言ったんじゃ、2695.5かける20は53910だと。わしはすぐに何か計算をしたのだということは分かったが、なぜニーチャが突然計算を言ったのかがわからんかった。それで、もしかしたら、膨大な数を計算したことを褒めてほしかったのだと思ってな、わしはすごいねぇ、とニーチャを褒めたんじゃよ。そしたら、ニーチャは特に喜ぶ顔もせず、ぶすっとした顔をしおってな。わしは間違えたと思った。それじゃあ、どういう意味があるのかと考えようとして、ニーチャはもう一つ計算を言った。6かける7は?今度は疑問形じゃった。これはわしもすぐに答えた。42。すると、ニーチャはわしに向って微笑んだ。わしは嬉しくてな。けど、いまだにその微笑みの意味が分からんのよ…考えすぎかもしれん。でもな、その問答が、わしが町を離れる前に最後にした娘との会話なんじゃ」

 先ほど、何かが森の中を一直線に走って行った。魔物かもしれない。俺は瞼を開け、視界に色を捕える。気配がする。俺の後ろ…。

 ドンッ、と音がした。すぐに後ろを振り向く。馬が嘶きながら前足を上げている。エルリックが鈍い声を出して馬を抑えている。ぐらりと、荷馬車が揺れる。立ち上がり、前を向く。馬の前で、土煙が舞っていた。大木が一つ、道を塞ぐように倒れている。その根元に、二メートル以上ある巨大な熊が居た。

――魔物。

 急な寒さを感じる。心臓が五月蠅い。吐く息の音すら聞こえてくる。熊が重音で吠えた。耳が張り裂けんばかりに痛くなる。馬の鳴き声が聞こえなくなる。いや、馬は泣いてすらいない。俺は足を動かし、馬車から降りる。右手で腰に刺した剣を確認する。柄を掴み、意識的に息を吐く。

「ふぅ」

 叫び声がやむ。急に世界が静かになる。熊が、俺を見ていた。馬を見ていない。その瞳は赤く、それが光源であるかのように光っている。鞘から剣を抜き、刃を前に向けながら熊に近づく。冷や汗が止まらない。このような驚異的な魔物は、あまりいない。熊が、右手を無造作に前に動かす。風が吹く。俺は恐怖を覚える。なぜ、戦おうとしているのか考える。答えはすぐに出た。逃げ道がなかったからだった。熊の目の前まで来た。俺は、ゆっくりと息を吐く。そして、熊が右手を無造作にまたふり、その隙をつく様に潜り込む。近づけば近づくほど、その巨大さが分かる。剣を突く様にして、前に出す。刺さる、というタイミングで左手が視界の端から降ってくる。俺は突くのを諦め、後ろに一歩避ける。すると、今度は右から手が来る。斜め後ろから、俺を抑え込むように。しゃがもうとして意味がないと思い、急いで横に飛ぶ。その時、なぜか熊が前に歩いた。ふんわりとした茶色い毛が俺の肌を包み、瞬間、背後から強烈な痛みを食らう。バン、と鋭い音が空耳のように聞こえた。痛みで意識が飛びそうになる。血が口から出ているのをわずかに残った意識が教えてくれる。背中が痛いほど熱く、何かがただれるような感触があった。よくわからないが、死ぬのだと思い、俺は少し笑っていた。

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