銀髪のエルフ⑲
その生物は足が遅かった。緑色の肌が気味悪く目立ち、木々の背に隠れている者もよく見えて仕方がない。雑に振った棍棒を避け、腹を切り裂いてやる。悲鳴を上げ、その生物は地面にバタリと倒れた。すぐにもう一匹現れ、雑な動きだったからすぐに斬れた。そいつも、悲鳴を上げた。視線を感じ、振り向くと二体のゴブリンが目の前にいた。また、切り付ける。
「多いな…」
「ゴブリンですね」
「おい。早くしてくれよ」
エルリックが馬を操作し、逃げないように必死に抑えている。俺は荷馬車から降り、ゴブリンの群れの相手をしていた。馬がやられないよう、一匹一匹確実に処理をしていく。アリシアは、魔術師ということで荷馬車の上に乗っている。だが、彼女に戦力は無かった。彼女をゴブリンたちの面前に放り出すわけにもいかず、そうしていた。馬の周りにいるゴブリンを片付けていると、アリシアが俺の名を叫んだ。向かうと、後ろから三匹のゴブリンが、右から二人のゴブリンがアリシアに近づこうとしていた。俺は走りながら剣を横に持ち、右に居る二体のゴブリンの腹を同時に割き、そのまま後ろに回り、荷馬車に足を乗せようとした三体のゴブリンの脚を切断した。悲鳴がいくつも重なり、奇妙なハーモニーを奏でた。五月蠅かった。馬が暴れ、荷馬車が少し前に進んだ。馬車に近づこうと動くゴブリンたちが、不意に歩みを止める。だが、馬車が止まると瞬く間に動き出した。チャンス――俺は側面から跳ねて荷馬車に乗り、口を開いた。
「エルリック、馬を走らせろ」
「えぇ?」
「早く」
「お、おう。わかったわい」
今ので、ゴブリンたちは馬車が動くことを怖がっていることが分かった。これなら、強行突破が出来る。馬が嘶き、風が強く吹いた。アリシアが疲れたように腰を床に沈めていた。俺は前を向きながら、緑色の生物が馬車から避けているのを見ていた。ここのゴブリンは、まだ戦闘になれてはいなかった。数も、よく見れば普通よりも少なくあった。エルリックが、こりゃあ痛快じゃなぁ、となぜか叫んだ。剣に、濃過ぎる赤色の血があった。人間のような血だ、と思う。これを売れば、輸血になるのだろうと思った。が、そうすれば輸血された人間が死ぬと思った。血液を振り払おうとして、剣にねばりつく様に液体が張り付いていることに気づいた。一度水で洗い、鞘に納めた。
「…ゴブリンって、本当に緑色なんだ…気持ち悪かった」
アリシアが、俺に背を向けた状態で小さく呟いた。彼女は青い空を見上げている。たぶん、放心したように口を小さく開けているのだろうと思った。
「しかし、あんた強いんじゃなぁ。なかなか、見かけによらんもんだ」
エルリックが御者の席から、一瞬だけ俺の方を向き大声をあげた。彼は目を見開き、顔のしわを縦に寄せていた。馬が、エルリックとは違い前を向き続け、歩き続けていることが不思議に思えた。彼はすぐに前を向いた。
「…まあ、慣れてるからな。少人数の護衛には慣れてないが、生物を殺すことには慣れてる」
「そうじゃろうな。動作が合理的だったわい」
「分かるのか?」
「おう。これでも、頭はいい方なんじゃよ――まあ、わしは馬を止めるのに必死であんまり見とらんかったがのぉ」
エルリックはほっほっほ、と笑った。後ろで物音がし、アリシアが仰向けで寝ていた。瞼の上に手を添えながら、じっと空を見つめている。黒い外套が鋭く日光を反射していた。
「一つ、聴いていいか?」
俺はエルリックに声をかける。
「なんじゃ?」
「さっきから一人、誰か後ろをついてきている。知り合いか?」
「そんな奴が居ったんか…当然知らんよ。よう気づいたなぁ」
「いや。さっきの襲撃で止まったから気づけたようなものだ…でも、あれは速度的に考えて人間じゃないな。たぶん、魔物…」
馬の足に追いつけるスピードを持つ人間はいないはずだった。そこまで考えて、魔物に知り合いが居る人間などそれこそ居ないだろうと思った。
「いや、なんでもない。敵なら倒せばいいだけだし…」
俺は言いながら、南に来ることは初めてだと思った。こちら側に何があるのか、まったく知らない状態だ。不意に、枝葉が揺れる大げさな音が聞こえた。視線を上げると、背の高い木々が永遠のごとく目の前に聳え立ち、それらから見下されているような圧力を感じた。心が震えた。森という存在そのものから見られている感覚がした。馬は前に進んでいるが、横から何かが急に飛び出してきそうで緊張した。後ろを向く。視線の先には何もない。獣道のごとく荒い土が一本に敷かれているだけだ。周囲を見渡しても、やはり背の高い木々しかない。アリシアの息を吐く音が妙にハッキリと聞こえた。精神が高ぶっている。厭な予感がした。
忘れ去られていそう。何とか続かせています。