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銀髪のエルフ  作者:
三章
18/22

銀髪のエルフ⑱

 南門前左脇。そこで、エルリックは二頭の馬に荷馬車を引かせて待っていた。周囲には、彼と同じように依頼人や友人などを待っている人間が馬車と共に数人だけいた。近づくと、エルリックは妙に痩せた手を振って俺達を迎えた。

「待った待った。結構待った」

 最初、彼は得意顔でそう言った。俺が息を吐きながら挨拶がてら文句を言おうとすると、エルリックがまたすぐに口を開いた。彼は、よく汗をかいていた。

「いや、にしてもその黒いお嬢ちゃんは目立つなぁ。ほんと、目立つ服装をしてくれてよかったわい。見つけるのが楽じゃった。さて、お二人さん、暑いじゃろ。早くいこうか。荷馬車に乗りるんじゃ」

 荷馬車というのは、しかしただの薄い四角い箱だった。車輪の上に四角い箱が置かれているだけで、屋根はなく、座る場所も荷馬車なのだからもちろんない。装飾品もなく、最低限の品質を保った荷馬車だった。

「品質が悪いな」

「悪くはないじゃろ。これでも、使えるんじゃ。使えるんだから、悪くはない」

 エルリックはすでに、御者の席に座っていた。荷馬車の後ろに回り、板の上に乗りこむ。ギシ、と軋む音がした。不安げに腰を掛け、低い背もたれに注意しながら背中を預ける。アリシアが隣に座った。黒い外套を見て暑そうだなと思う。ここにいる限り、日陰はなかった。

「よし、それじゃあ出発じゃ」

 宣言が聞え、荷馬車がぐらんと揺れた。耳に残る馬の鳴き声と駆ける音がずれて聞こえてくる。が、それはすぐに収まった。南門前には短い列があり、横からは入る形で荷馬車は止まった。

「そういえば」

 俺は、不意に思い出した。

「なんじゃ?」

 エルリックは、前を向いている。

「料金は後払いか?」

「ああ。そうじゃな」

 その時、アリシアが俺の服を引っ張った。首を向けると、アリシアが、水が欲しい、と言った。俺はベルトから水袋を一つはずし、アリシアに渡した。唾を飲む声が聞こえ、俺は彼女の外套の黒さを意識した。アリシアが、ぽっ、と蓋を外した。水が喉に流れる音を聞き、俺は太陽の暑さを意識した。あたりを眺め、背が高くなった位置から見える景色に、慣れない違和感を覚える。不意に、進んでいる、と思った。それは逃げているだけかもしれなかったが、その心構えは俺に生きる気力を与えた。ゆっくりと、馬車が進んだ。空が動き、空気が動いた。トンネルの形状をした門がすぐ先にあり、その後ろに色の濃い土と、さらにその奥に森林が見えた。門の中には六人の門兵が居り、一人の旅人らしき人間に二人の門兵が何かを聴いていた。その後ろで四人が辺りを警戒して待機している。

「警備が多くないか?」

「ああ、なんでも国家的犯罪者がこの町に逃げてきたらしくてな。逃がさんようにああやって一人ひとり確認しとるらしいのじゃ」

 エルリックはそう言って、ほっほっほ、とわざとらしく笑った。心臓がきつく締め付けられるように痛くなる。犯罪者とは、確実に俺たちのことだろう。探すくらいだから、顔はもうばれていると考えた方がいい。そうなると、外套を着ていないことが痛手になる。辺りを見渡しても、何も顔を隠すものはない。いや、顔を隠しても意味がないだろ。顔は確認しに来るはずだ。そうなれば、強行突破が正解…だが、それをすれば、この老人は俺達をもう乗せてくれはしないだろう。荷馬車がまた、ゆっくりと前に進んだ。近づいている。選択を早くしなければならない。

「なあ、エルリック」

「なんじゃ?」

「門を通るとき、強行突破できないか?」

 エルリックが俺の方を向く。不可解な顔をしている。

「理由は?」

「言ったろ。俺たちはちょっと言えない過去を持ってる。奴らに捕まるかもしれない。だから、強行突破してほしい」

 俺はほとんど無意識に頭を下げていた。隣で、アリシアが俺に続き頭を下げるのが見える。頭の上で、エルリックの鼻息が聞えた。

「はぁ…どうしようかのう」

「頼む」

 汗が皮膚を伝い、肌に流れている。ゆっくりと、荷馬車が進んでいる。

「でもなぁ…」

「頼む。あんたも、今出られなかったら困るだろ?」

「いや…この町にこれなくなる方が問題な気がするがのう」

「それは…」

「ああ、もう無理じゃ。お前さんら、顔をあげい」

 顔を上げると、制服を着た男が三人近づいてくるのが見えた。男が一人馬の横に立ち、エルリックに声をかけた。

「ここからどこまで?」

 同時に、二人の男が左右に分かれ、俺達を睨むように見た。一人の男が、ゆっくりとアリシアに近づいた。何かを言おうと口を開けようとしている。俺は反射的に、アリシアをかばうように腕を前に出し、彼女を後ろに下げた。ラッセルという小さな町まで、とエルリックの答える声がやけに近くに聞こえる。二人の男の視線が、俺に集中した。まずい…。

「おい。怪しいぞ」

 男の一人が叫んだ。連動するように、前の方から残りの門兵達がこちらに向かって走ってくる。エルリックに質問していた男が、エルリックから一歩距離を取った。次々と剣を抜く音が聞こえる。

「おい。爺さん、頼む」

 俺は、腰の剣を抜きながら叫んだ。それとほぼ同時に、誰かが叫ぶ声が聞えた。馬が高い声を出して鳴いた。視界が一気に移動した。空気が早く、俺の目の前を過ぎる。視界の端に、剣を掲げた男が見えた。馬がこれでもかと早く動いていた。太陽の光が空から降り、門を抜けようとしているのだと分かった。風が涼しくなる。それと同時に、男が数人視界の端に見えた。視界が広がり、目の前に広大な土地が現れる。逃げ切れた、と強く意識した。力が抜け、床に座り込む。そのまま倒れると、太陽の光が視界を覆い眩しかった。背中に砂の転がる感触がしたが、気にならなかった。涼しい風が肌をなで、俺は瞼の上に手を置いた。微かに開いた指から見た空は、とても青かった。俺は深く深呼吸をして、口を開いた。

「ありがとな、エルリック。よく、突破してくれた」

「なに、わしも不必要に捕まりたくないだけじゃよ。あれは、逃げるのが正解じゃっただろ」

「そうだな…」

 これからどうなるんだろうか。広い世界を見て、少し不安になった。 

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