銀髪のエルフ⑰
南門に向かう大通りは、多くの人で混雑していた。服を彩る茶色や赤色や白色が熱気で歪んで見えた。不意に、後ろから声が聞えた。
「おい、あんた」
その声は近く、真後ろからだった。だが、俺は聞こえないふりをし、歩き続けた。アリシアと繋いだ右手に、少し力を入れる。太陽の日差しが熱く、眩しいと思いながら、目の前を歩く女児と女の親子を見続けた。
「おい。…おい、ファル」
手が、俺の肩を掴んだ。俺は後ろに引きずられる引力を感じながら、それを感じないように努めた。前を見続け、歩き続けた。
「おい…なんか言えよ」
「なんのようだ」
俺は後ろの男に刺されるかもしれないと思ったが、しかし、この人ごみの中でそれをするとは思えなかった。
「チッ…よくのうのうとそんなことが言えるな。…あの方に…ラガン様に厄介ごとを押し付けやがって!」
男は、徐々に大きな声を出した。俺は少し、歩くスピードを早めた。ラガンと言うのは、昨日アリシアの姉の処理を引き受けた男の名だった。俺はその男に少女を一人渡す約束をしていたが、俺はもうその約束を守る気はなかった。南門に行けば、俺はもうこの町から出る。それでもう関係のない話となった。
「…承諾した話だろ」
「だが…原因はお前にある。困ってるんだよ。ラガン様は、捕まった。早かった。お前のせいだろ。あれほど早いわけがない。まだ、銀髪のエルフは、まだ、そんなに危険ではなかった。触れても、数時間程度なら、何も問題がないはずだった。けど…昨夜、お前があのエルフを渡して、その日の夜だ。ラガン様が、国に逮捕された。こんなの、絶対におかしい…全部、お前が仕組んだんだろ」
痒くなり、首を掻いた。男が肩を掴む手に力を入れ、不自然に右に重力が掛かった。
「だから、なんだよ」
「責任を取れと、言っている。全部、お前のせいなんだ。ラガン様は、もうお前の名前を喋っている。国も、お前を呼んでいる。俺は、お前を捕まえるために来た」
「じゃあ、なんで今声をかける?もっとベストなタイミングは無かったのか?」
「……どこに行くつもりだ」
「どこでもいいだろ。だが、安心しろ。まだ数日はここにいる」
「嘘だ…お前は、この町から出る気だろ」
「出ない」
「嘘つけ……この先は南門だ」
「右に曲がる」
「嘘つけ。お前は今、道のど真ん中を歩いている」
俺は、左手で肩を掴む男の手首を掴んだ。瞬間、背中に何かを突き付けられた。刃物だ、と思った。ゆっくりと、手首から手を放す。
「それでいい……右に曲がれ」
「分かった」
俺は男の指示に従い歩きながら右側により、最初に見つけた路地で右に曲がった。男は俺の後ろに吸いつく様に歩き、俺は男が刃物をいつ突き出すかを意識しながら、ゆっくりと歩いた。だが、男は力強く俺の肩を掴み、なかなかスキを見せなかった。アリシアが隣に居、俺はそのことを意識しながら、わざとアリシアと繋ぐ手を離した。角を一つ曲がり、細い道に出た。ぼろい家が数件並び、煉瓦の壁が道を作っている。俺は不意に足を止めた。
「ここでいいだろ」
「ああ」
男が返事をし、それと同時に俺は一気に前に出た。男が驚き、急いで俺の肩を掴む手に力を入れる。その瞬間、わずかな隙が生まれた。俺は男が突き出す刃物を避けるよう、なるべく右足を軸に回転し、男の斜め前に出るように動いた。それと同時に、アリシアが男に体当たりをし、男がよろめいた。俺はすかさず男の右腕を掴み、力を入れてこちらに引きよせ、腹に膝蹴りを入れた。男は、白いシャツをくぼませ、後ろに数歩よろけ、うめき声をあげ、腹を抱えた。アリシアが急ぐように男から離れ、俺の後ろに下がった。俺は男に近づき、もう一度蹴りを入れ、男が倒れると、腹を何度も踏みつけた。男は腹を蹴るたびに目を見開き、俺の姿を何度も確認した。何度か言葉を出そうとし、腹を踏まれ、その数失敗した。男が何も話さなくなると、剣を抜き、男の右腕に切り傷を入れた。血液が細い隙間から線を描く様に腕をなぞり、ポタ、ポタ、と血液をゆっくりと地面に落としていった。太陽の日差しが熱く、頭がぼんやりとした。血液は、男の意思とは関係なく、地面に、確実にながれ、男が自らの手で傷口を塞がない限り、男は着々と死に近づいて行った。剣先に付着したみずみずしい血液を落とし、剣を鞘に戻す。アリシアの手を取り、男の脇を通り、もう一度大通りに戻った。人ごみの中を溶けるように紛れると、アリシアが何度か、暑い、暑い、と言い、俺はそのたびに頷いた。
もう少しで四章に入ります。




