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銀髪のエルフ  作者:
三章
13/22

銀髪のエルフ⑬

 太陽の光が眩しく、アリシアの身体を支えながら木陰に入った。彼女は体調が悪いと言いながらも、歩くのを辞めなかった。きっと、逃げているつもりなのだろう。彼女は汗を掻き、水を求めているように思えた。一度、アリシアが四回咳をした。苦い顔をし、思わず俺は彼女を抱きしめた。が、彼女は苦々しく俺を見るだけで、特に反応を示さなかった。角を二つ曲がると、煉瓦の壁が古びた二階建ての家や、空き地に変動し、人の気配が少しづつ増えていった。もう少し行くと、小さな古い家が密集した小さな集落があった。不意に、猫の声が聞こえ、アリシアがピクリと反応した。右を見ると、広々とした茶色の濃い土しかない空き地が現れたところだった。煉瓦の壁が視界の端に見え、空き地には腕の長さほどある黒猫が寝転び、その半分もない黒猫が三匹、大きな黒猫の腹に群がっていた。俺は一瞬、黒猫が何かの黒い塊に見え、それから小さな目や動く身体を捉えると、今度はハエの群れのように思えた。が、すぐにその幻想は解かれ、大きい黒猫と目が合った。黒猫は、ずっとこちらを見つめていた。アリシアが、ふらつき、俺に倒れかかった。胸で支え、腕をアリシアの前に出し、彼女を抱きしめるようにする。銀髪の小顔が俺の肩で小さく息を吐いていた。アリシアはほてたった顔を俺に見せ、小さく微笑んだ。それから何かを言い、身体を前に向かせようと力を入れた。俺は彼女に合わせゆっくりと、背中を押した。アリシアはしっかりと地に足をつけ立ち上がり、息を吐き、吸い、また吐いた。それから空を見上げ、眩しくなったのかすぐに視線を戻した。もう一度息を吐き、ゆっくりと俺の方を向く。彼女はやはり微笑み、俺は心配になり、大丈夫か?と訊いた。

「うん。今のは、疲れただけだと思う。体調は少し、良くなった。もう気持ち悪いとかはない」

「そうか。あともうすぐで俺の知り合いの家に着く。家はぼろいが、ゆったりできるだろ」

 太陽が眩しく、俺は右手で眉の上に手を置いた。アリシアの赤い首輪が視界の中で際立って見える。

「それ・・・首輪は外すか。もう必要ないだろ」

「いいの?」

「ああ。どちらにせよお前は俺から逃げないだろうからな。首輪はあるだけ目立つ」

「分かった」

 アリシアは細い手を使い、ベルトのように止められた首輪を外した。彼女の首に細い日焼け跡が出来、他の肌よりもいっそう白色をしていた。俺は首輪を受け取ると、そこに何かをひっかける金具がついているのを発見した。それは、首輪にリードを繋げるための仕掛けだった。俺はため息を吐き、こんなものでアリシアを縛ろうとしていた自分を酷く愚かしく思った。顔を上げると、大きな黒猫が、アリシアの背中越しにずっと俺を見ていた。

「やっぱり、貴方も疲れたの?」

「どうだろ・・・疲れてるのかもな」

 俺は赤い首輪を黒猫に向って投げた。俺のイメージでは、黒猫のすぐ目の前に落ちるはずが、大きく距離を縮ませ、中途半端な、俺達と黒猫の丁度真ん中に落ちた。黒猫は濁った黄色い瞳で一度、落下した首輪を見、それからすぐに俺たちを見た。大きな黒猫の腹に群がる小さな黒猫は、誰一人としてそこから離れようとはしなかった。俺は黒猫から視線を外し、前を向いた。左右に壁があり、急に視界が細くなったような気がする。隣でアリシアが珍しそうに黒猫を眺めていたが、俺が彼女の手を取ると、その行為を辞めた。俺は黒猫達を無視するように歩いたが、なぜかその存在が俺の中に染み込んでいくような、そんな感覚があった。俺は黒猫から逃れようと足を速めた。が、黒猫は俺達をいつまでも見続けているような、まるで俺の中で神の役割を果たそうとしているような、そんな気がした。


 二階の今にも落ちてきそうな板のベランダに、汚い洗濯物が大量に干してあった。この家は、二階の部屋にも洗濯物が干してある。老朽化の激しい家で、壁が薄く、所々に細い穴が開いていた。唯一の入り口は扉すらなく、どこから仕入れたのか碧い布がのれんの役割をしていた。一度声をかけたが、中からは声がなかった。人の気配はなく、俺は静かに室内に入った。中は、気温は外とはさほど変わらなかった。右に丸い机があり木のコップと皿がそれぞれ二つ置かれ、木の椅子が向かい合い、その奥に山積みとなった服がある。左には椅子が二つ並んで置かれ、黄ばんだ布団が木の板を数枚重ねた上に置かれていた。扉が面前にあり、その上に斜めになった階段があった。俺はここの主を待とうと思い、丸いテーブルの椅子に腰を掛けた。アリシアが続いて、俺の前に座る。

「寂れた家だね」

 彼女は頬杖を突き、ゆっくりと喋った。俺は喉が渇いていたが、それは彼女も同じだろうと思い我慢した。

「ここの男は、服を売ってる。っても、古着だけどな。あんまり上質なものはない。でも、服の量だけは多くて、意外とぴったりなものがあるのかもしれない」

 俺は唾を飲みながら喋った。アリシアが首を傾げながら言う。

「服が必要なの?」

「ああ。アリシアの身を隠す外套が欲しい。ここなら、見つかりにくいし、あるかと思ってな」

 アリシアは最初辺りを見渡し、次に後ろを向き服の塊を見た。

「・・・なんか、汚いね」

「少し我慢してくれ。また後で新しいやつを買ってやる」

「いいよ。我慢するから。言ってみただけ。私、こういう生活にも慣れなきゃだし」

 そこで、アリシアが唾を飲みこんだ。俺は、窮屈さを覚えた。この部屋を丁寧に見渡す。ぼろい、汚い家。俺はもしかしたら、これからこういう生活をしなければならなくなるかもしれない。そう思うと、寒気がする。この暮らしは、確かに隠密性には長けているのかもしれない。だが、やはりそれは金が無いからするべき暮らしだと思った。俺は金がある。少しだが、金がある。逃亡生活だろうと、まだ、落ちぶれる訳にはいかなかった。

「水が欲しいな」

「はい・・・」

「近くに井戸がある・・・そこで貰おう」

 席を立とうとし、遠くで足音が聞えた。バチャバチャと水が揺れる音も聞こえる。水の音を聞き、生き返ったと思った。

「帰ってきたな」

 言うと同時に低い、大きな声が聞えた。

「おい。誰だ、俺の家に勝手に入ってるやつは」

 何かが置かれる音がし、足音が早くこちらに近づいてくる。俺は小さく息を吐き、男の登場を待った。

 碧色ののれんがめくれ、腕の細い背の低い老人が現れた。目つきが鋭く、顔の筋肉が少ないせいでしわが中央により、顔が険しくなっている。老人はすぐに俺達を見つけ、叫ぶような声を上げた。

「誰だ貴様ら!」

 俺は椅子を少し下げ、老人に姿勢を向ける。

「よう。爺さん久しぶり」

「ああ?わしゃ貴様など知らん。さっさと出てけ。この、コソ泥が!」

 老人は鼻息を荒くし、息を吐きながら拳を作った。この老人は、戦闘力こそ無いが、厳つい顔と強烈な態度は十分に迫力があり、それだけで多くの人間がこの老人には逆らおうとはしなかった。

「ファルだよファル。この名を忘れたらあんたも親失格だぜ」

 俺が言うと、老人は拳を振り上げまま固まり、俺をじっと見つめた。それからゆっくりと首を傾げ、不思議そうな顔をする。

「はぁ?お前がファルか?」

「あ?なんだその感想は。昔とそう変わってねーだろ」

「昔のお前はもっと可愛かったわ。わしが知っとるのはな、コソ泥に入って来た時、わしが一言怒鳴っただけで泣きよったただの小僧だ」

「いつの話だよ」

「十歳だったか」

「八歳だわ。ボケ爺が」

「おう、よく覚えとったな。なに、わしもちゃんと覚えとったわ。本物かどうか試しとった」

 彼はそう言うと大きな声で笑った。

「はぁ。そういうとこも変わんねーのな。・・・他の奴らは元気してるのか?」

 他の奴ら。彼はその言葉を聞き、真剣な表情をした。

「いや。あのバカ夫婦は死んだよ。病死だ。で、カジのくそ野郎はここから追放を受けた。三年前の話だ」

「そうかよ。そりゃ、朗報だな」

「ああ・・・ところで、そのべっぴんさんは何だ?まさか、お前に女が出来たのか?」

「そのまさかだよ。俺の妻、アリシアだ」

 アリシアはにこりと笑い、老人に頭を下げた。

「アリシアです。お邪魔しております」

「おう。わしはガウラだ。まあ、こいつの親みたいなもんだ。よろしく・・・しかし、お前に妻が出来るとは、こりゃ何よりの朗報だな。ああ、愉快愉快」

 ガウラは顔にしわを寄せ、また大声で笑った。彼は、顔が怖く、態度も厳ついが仲よくなれば好々爺だった。俺の、九歳から二十歳までの親代わりの人。俺の、命の恩人。彼は向かい側の椅子に座り、ふぅ、と息を吐いた。

「それで、何の用だ?お前が親孝行してくれるとは思えんからな」

「親孝行はいつかするつもりだよ・・・」俺はそこで、アリシアを見る。

「彼女、銀髪だしかわいいし目立つんだ。だから、彼女の身を隠せるような外套が欲しんだよ」

「なるほどなぁ」

 ガウラはアリシアを眺めながら、茶色いひげの生えた顎を執拗に撫でていた。

「ありそうか?」

「ある・・・俺の品は種類が豊富だからな。しかし・・・いやぁべっぴんさんだなぁ」

 ガウラは珍しのか、ずっとアリシアを見つめている。俺は少し苛苛し、大きな声を出した。

「持ってきてくれるか?」

「まあ、そう怒鳴るな。探せばある・・・確か、二階にあったような気がするなぁ。ちょいと行ってくるわ」

 ガウラは席を立ち、アリシアの裏を通り、二階に上がった。俺は一度息を大きく吐き、それからまた喉の渇きを覚えた。二階にいるガウラに確認を取り、机の上にあるコップを二つもって外に置いてあるという水を汲みに行く。外は、意外にも風が涼しかった。俺はさわやかな気分を味わい、眠気を覚えた。壁の隣に水の入った桶が置かれていた。新しく買ったのか、桶は清潔感があり、板目を映すほど水は透き通っていた。最初にコップを少量の水でゆすぎ、そのあと一杯に水をコップに入れる。水が手を濡らし、風が水滴を揺らした。昔を思い出し、まるで子供のころに戻ったような気持ちになる。二つのコップは、昔から俺とガウラが使ってるものだった。部屋に戻り、コップを一つアリシアに渡す。彼女は礼を言うと、すぐにコップを唇につけ、水を飲んだ。底から数センチだけを残し、コップを机に置く。俺は彼女のその動作を眺めながら、ゆっくりと水を喉に流し込んだ。二階から何度か物音がし、ガウラが、あったぞ、と大きな声を出した。返事をせずに待つと、彼は大きめの黒い外套を持ち、階段を下りてきた。ガラウがアリシアに立つように言い、すぐにそれをアリシアに着させた。外套は大人用で大きかったが、アリシアの背は高く、丁度よいぐわいに収まった。

「いいかんじだな」

 ガラウが何度か頷き、俺にどうだと訊いた。俺は席を立ち、アリシアの前に移動する。黒い服がアリシアの銀髪を際立たせていた。

「ああ、いい感じだ。フードを被ってみてくれ」

 黒いフードがアリシアの瞳まで隠し、どこかの暗黒宗教団体の一員のような風貌となった。怪しさはあったが、その美貌を隠すという意味では役立ちそうだった。とにかく、今は姿さえ見られなければいい。

「心地はどうだ?違和感とかはあるか?」

 訊くと、アリシアは右手でフードを少し持ち上げ、俺に顔を見せた。

「いえ。大丈夫です。思ったよりも、暑くはないですし」

 俺はガウラの方を向き、口を開いた。彼は、アリシアの姿をじっと見つめていた。

「よし。爺さん、これを買うよ」

 ガウラが小さく反応し、俺の方を向く。口元のしわが歪んだのが分かった。

「金は要らん。これくらいもってけ」

「ん?いいのか?」

「俺はお前の親だからな。親サービスだ」

 彼は満面な笑みを浮かばせた。

「ありがとな」

 俺はやはり、親に恵まれたと思った。ガウラは俺にとって三度目の親だが、それでも一番頼りになり、俺が一番信頼している存在だった。

「本当に、ありがとうございます」

 アリシアが、フードを取ってガウラに頭を下げた。好々爺は照れたように頭を掻き、いいよ、いいよ、と言った。

「お水もいただきました」

「ああ・・・それくらいどうってことない。もう慣れてるからな」

「それじゃあ、またいつか来るよ」

 俺は言って、アリシアを目で呼ぶ。彼女はガウラにもう一度頭を下げ、俺に近づいた。後ろを向き、のれんをくぐる。

「おう。お嬢ちゃんも、ファルも、身体には気をつけろよ」

 外の空気はやはり涼しく、心地よかった。歩きながら、ガウラの声がいつまでの脳裏に響いていた。

ようやく物語に余裕を持たせることが出来た。

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