銀髪のエルフ⑪
いつも書き始めの一文に悩む。
「ねえ。この宿から出るってホント?」
横からセイカの声が聞こえる。俺は考えるのを辞め、彼女の方を向いた。夜とは違い、朝の日差しで彼女の顔がよく見える。鼻の右下にほくろがあった。左側の皮膚が全体的に赤く、どこかいつもの彼女と違う気がした。
「ああ。ほんとさ。逃亡生活だよ」
俺は何故か、彼女に対し優しく微笑んでいる。セイカは少し前のめりになり、俺の前に座るアリシアを見た。
「その子のために?」
「事情は聴いてるよな?」
「ええ。みんな噂してるもの。次は誰がこの宿をまとめるかってさ。いいぐわいに盛り上がっちゃって・・・まあ、繁盛してるからいいけどさ、私的には貴方が居なくなるってなると、寂しいのよ」
セイカはアリシアから、俺に視線を移す。その瞳はわずかに光り、俺を愁いるように見つめている。俺はわざと彼女の視線に俺の視線を交わらせた。セイカが驚き、口をわずかに開けた。俺はやはり、優しく微笑んでいる。何か優しい言葉を言おうとして、セイカが先に声を出した。
「ねぇ、私、あなたについていこうかしら」
脳が揺さぶられ、静かに鼓動が早くなった。視野が狭ばり、彼女の顔しか見えなくなる。
「・・・やめとけ」
俺は緊張し、逃げるように前を向いた。机の上にはまだ朝食はない。ここで食べる最後の料理。早く、この場から出たい。アリシアが、俺を見つめている。
「でも・・・それじゃあ私、本当に何を楽しみにしていいのか分からなくなるの」
「え?」
彼女が俺を見る。俺は、静かに息を飲む。俺の目の前にはアリシアが居る。俺にはアリシアが居る。不意に、セイカが笑った。まるで、かわいい孫でも見るように。
「あなた、頬赤くなってるわよ。私と離れるのは寂しいとか、思ってくれた?」
身体が硬直する。セイカは何を言っているのだろう。考えがまとまらない。霧散する。
「ついていくのは嘘よ・・・私だって、自分の身の程くらいわきまえてる。・・・でも、貴方への好意は本物よ。今まではぐらかしてきたけどさ・・・あなたってほら、愛情って言うのを知らないじゃない。どんな環境で育ってきたのか知らないけど、基本人を信じてないし、なんていうか・・・感情すら数値化しようとしてる。近づけば近づくほど、そういうのってわかるのよ。ああ、この人はずっと一人で生きてきたんだなーってさ。これで最後になるかもだから言うけど、私ね、貴方の妻になることが怖かったの。貴方は絶対に、私に満足しないってわかってたから。私を手に入れても、貴方にとって私は『女』じゃなくて、『人間』になる。決して、愛情を注ごうと思える存在にはならない。でも、貴方はもう『女以上の美しい物』を手に入れた。手に入れてしまった。そこが私の敗北ね。ううん。貴方はもう、彼女みたいな美しい女性しか愛せなくなってしまっているのよ」
そうでしょ?と彼女の瞳は訊いている。今にも泣きそうな顔を俺に押し付けるように。俺は、答えられない。たぶん、彼女の言うことがあっているから。だけど、少しのずれを感じる。それなら、俺は彼女に対し別れることが寂しいなどと思うことは無いはずだった。俺はセイカを見据える。単純に、アリシアの方が美しいと感じる。だけど――ああ、そうか。俺は。
「俺は、初めて愛情を注がれたと思ったんだ」
「え」
セイカが驚いている。なんだか、新しい。アリシアの銀色の髪が視界の端に映る。彼女の美しい髪を意識しながら、俺は言葉を続ける。
「俺は確かに、セイカの好きという言葉を一向に信じてなかった。まあ、お前の態度事態あやふやで、欲がバレバレだったから誰もお前なんか本気にしなかっただろうが――でも、今のお前は違う。今のお前は、俺に本気で好意を抱いている。それが、単純に嬉しかったんだろうな」
沈黙が訪れる。心臓の鼓動が今更のようにうるさく体中に駆け巡る。頭が冷えていく。男共の声が脳に響く。恥ずかしい。俺は不自然にセイカから視線を避ける。避けた先に、アリシアが居た。鼓動が一段と五月蠅くなる。アリシアは、微笑んでいる。俺も微笑み返す。
「それじゃあ、朝食もって来るから」
横から遠慮するようにそう聞こえ、足音が遠ざかっていく。俺はずっと、アリシアの白い肌を見つめている。不意に、アリシアが瞳を閉じる。俺は閉じた瞼を見続ける。アリシアが、瞼を開ける。鋭い視線が、俺の視線とぶつかり合う。恥ずかしくなり、俺が先に視線を外した。
「私は、貴方のことがまだ本当に好きではありません」
丁寧な口調。昨晩のような、話し言葉ではない。
「言葉を崩せよ。俺にはもう、そう言う気を遣う喋り方は許せない」
「それじゃあ、遠慮なく言わせてもらうね」
「ああ・・・」
「私は、まだ貴方のことを好きにはなれない」
「俺としては、好きになってほしいんだけどな」
俺はまだアリシアを見ない。横の、不自然に空いている机を眺める。
「貴方は、私に何を求めてるの?」
「何って?」
俺はアリシアを見る。彼女は瞼を下げ、唇を少しゆがめ、右手を顎に添えている。
「私は、貴方に守ってもらってる。貴方から恩恵を貰ってる。けど、私からは貴方に何もしてない。ただ、守ってもらってるだけ。これでいいのかなって、思ってるの」
「俺は・・・お前が俺の物になればそれでいいんだが・・・そうだな。こうしよう。俺があらゆる脅威からお前を守り切れれば、お前は一生俺のそばに居ると約束しろ」
「分かった。約束する・・・それでいいのなら」
「決断が早いな。一生だぞ」
「良いよ、それくらい。どうせ、貴方から離れたって私に居場所はないんだし・・・敵を倒すわけじゃないんだから、貴方から離れたとたん、私はたぶん、また襲われる。私は、貴方に守られる理由が欲しかっただけだから」
「ふぅん」
羞恥心に誘われ、俺はまた横の席を見る。男が一人座っていた。セイカはまだ来ないのだろうか。俺は、男を見続ける。俺は、この男を一度も見たことは無かった。客だろうか。男は、強くある。全身を長袖長ズボンで隠し細身な身体をしているが、背筋がよく、筋肉質な体形をしていることはすぐにわかる。まして、俺に気づかれず隣の席に座ったという事実が、この男の隠密の精度を証明している。少し待つと、料理を運ぶセイカが遠くに見えた。彼女はゆっくりと俺のいる席に近づいてくる。
「お待ち同様。パンとスープとサラダ・・・まあ、いつものだよ」
「ありがとう」
彼女は少し焼けた手でテーブルに朝食を置いていく。手際が良く、料理はすぐに並べ終わった。
「セイカ」
呼ばれ、セイカはゆっくりと俺の方を向いた。彼女は顔に笑みを浮かべている。何かを隠すような笑み。
「落ち着いたらまた来るよ」
俺は彼女の表情を確認しないまま、すぐにパンを齧った。三回咀嚼し、一度横目でセイカを見る。彼女は笑ったまま、そこで硬直していた。俺が顔を動かすと、彼女はわずかに口を開いた。
「うん。待ってるから」
そういうと、彼女は素早く回転し速足で席から離れた。
「お姉さん。俺にも食事をくれ」
隣の席の男が、スピードを上げようとしたセイカに声をかけた。
「あ・・・今持ってくるからちょっと待ってて」
彼女が去る。周囲の音が徐々に大きくなっていく。パンを齧り終え、水を飲んだ。なああんた、と隣から声がした。俺は少し迷い、声の方を向いた。男の顔が目の前にあった。左目から右の唇の端までを線で描くように赤い火傷を負っている。にやりと男が笑うと、赤色がぐにゃりとうごめく。火傷のせいか左目を閉ざしていた。
「話は聞いたぜ。あんたが今、その方を匿っている野郎だな。ファル、とか言ったか」
俺は静かに男を見る。この男は何者なのだろう。どちらにせよ、今の俺に声をかけてくる輩は大抵がアリシア関連のはずだ。俺は男を睨み、嘲わらう笑みを浮かべた。
「だからどうした?奪いに来たのか?」
男は顎を上げ、口元を上にゆがめた。
「いや、買いに来た。七十億でどうだ?」
数人の男共が俺たちに視線を向ける。男は笑みを浮かび続ける。俺はため息を吐き、この現実に、男の動きに意識を集中させた。
「売る気はない」
「おいおい、マジかよ。普通七十億で断るやついねーだろ・・・そっかぁ、めんどくさいなぁ。どうしよっかなぁ」
男は右を細めながら、イラつくように髪の毛を搔いた。右足を左足に組み、揺らしている。
「アリシア、先に食べとけ。こいつは俺が片付ける」
席を立つと、男が動きの一切を辞めた。真剣な表情で俺を睨む。巨大な理不尽を相手にする圧が、男から感じられた。唾を飲む。動けない。俺が黙っていると、男はにやりと笑みを浮かばせた。
「そうそう、暴力はやめよーぜ。俺はな、戦いに来たわけじゃねーんだ。ちと、相談」
「あ?」
男は笑いながら、アリシアの方を向いた。
「そこのお嬢様はな少し危ない事情を抱えている。まあ、彼女自身というより、裏で色々やってるやつがいるってわけだが――ざっくり言うと二つの勢力がある。その子を時期王にしたいシャル勢力と、その姉、エレジアを王にしたいエレジア勢力だ。で、どちらがお前らの敵かと言えば、当然エレジア勢力なわけ。そいつらは妹のシャル様を密かに抹殺しようとしている・・・つうか、まあ、抹殺されるのを分かっていて放置しているっていうのかなぁ・・・まあ、妹のシャル様はもう王権を持っていないからどうでもいいと思ってる勢力だ。あ、ちなみに抹殺しようとしてるのは国王な・・・それを止めようと陰で動いているのが、俺らシャル勢力ってわけだ。つまり、俺はお前に敵対する組織ではないってことだ」
男はそこで息を切った。何を言ってるんだこいつは。
「つまり、お前はアリシア保護者集団の一味ってことか?」
「まあ、そういうもんだ。だから、無駄に敵対する気はない。で、話を進めるが、俺たちはここ数日、エレジア勢力がお前たちに介入するのを陰で止めてた。これは、エレジア様の暴走が原因だったから予想外の出来事でな、マジ疲れた。俺たちの予想では、あいつらの介入は最低限で収まる予定だったんだよ。感謝しろよ。あと、アスファルト男爵を仕向けたのも俺らだ。俺らにとって、奴がシャル様を取り戻したら色々やりやすくなるかなら。まあ、お前が最低の対応をして断ったが」
「へぇ。そりゃすげえなぁ。俺はお前らに守られてたってわけか。今後ともそうしてくれ。あと、もうあのデブは近づけるな」
「そうするつもりだよ。てか、最初はもっと楽になるはずだったんだがなぁ。隠密が基本行動の揚句、エレジア勢力の謎の介入――そんで、色々狂った。一番やばいのが、お前がエレジア様を売り飛ばしたことだ。奴らはまだ内内にとか言って国王に内緒で処理しようとしているが、かなり焦ってる。俺らとしてはエレジア様が居なくなればそれはそれで御の字だから無視するが、売った張本人はそうはいかんだろ。エレジア派からすげー恨まれとる。今やお前ら二人は死刑囚も同然なんだよ。俺らとしてはお前を助ける義理はないわけで、お前を殺して、シャル様を保護する。俺らにとって、これが一番いいやり方になってしまった。別にお前を生かしてもいいが、そうなると、お前はただの王族を売り飛ばした馬鹿野郎になる。権力で様々な罪を着されるだろうことは想像にたやすい。そんな奴はどうだっていい」
俺は静かに、机に立掛けた剣を抜く。
「それじゃあ、俺を殺んだな?やろうぜ。俺が勝つから」
「だーかーらー。話し合いって言ってんだろ。まだ、終わってねぇ」
「あ?」
「良いよ、剣はそのままで」
男は座ったまま、静かに言った。目線は見上げるように俺を見ている。戦う気がまるでない。戦意がそがれる。
「今言ったのが、俺たちの中でノーマルで確実で収まるところに収まる解決方法なわけ。だがな、お前がエレジア様を売り飛ばしたせいでもう一つだけ選択肢が生まれた。国王への反乱だ。お前は知らねーだろうが、シャル様は王族――つまり家族からめっちゃ冷遇されてんだ。だから、大半は利益目的だろうが、一部の心優しいシャル様勢力は常に国王に対し苛苛しててな。怒りを爆発させるタイミングを常に伺ってたってわけ。で、そのタイミングが来ちまった。すでに大半の者がこの意見で、俺らは近々シャル様を王様にするための反乱を起こそうと思ってる。所詮は一部過激派の夢想だと思ってたから、俺としちゃマジかほんとにやんのかって感じなんだがな。まあ、決行する条件としては色々揃っちゃってるからな。シャル様の確保が十分に可能、姉のエレジア様はお前の手によりどこか遠くへ行き、エレジア勢力が全勢力をもって内内に捜索中。それにより、奴らの隙が確実に多くなっている。このチャンスを逃すわけにはいかない、ってな。そこで問題となるのが、やっぱりお前だ。お前が抵抗すればするほど、俺たちのチャンスがなくなるわけ。今の俺たちはお前を殺すことをいとわない。もしお前がシャル様を正直に渡したとしても、さっき言った通りお前の人生はもう終わってる、っていうのは変わりないが、一つだけお前を殺さず、生きたまま幸せになる方法がある」
「なんだよ」
背筋が冷たい。何故か汗をかいている。男の後ろで、セイカが料理をもって突っ立っているのが見えた。男が立ち上がった。セイカとわずかに被さる。
「俺たちの仲間になれ。そうなれば、全てが本当の意味で丸く収まる」
「断る」
「そうかよ。死ぬぜ」
「どうしてそう言える?」
「だって、お前は俺に負けるから」
「は?」
瞬間、男が俺の目の前に迫った。早っ。
「――ァ」
腹に鉛が埋め込まれたような激痛が走った。無理やり腹が縮み、息が出来ない。足がふらつく。全身から力がどんどん抜けていく。男が膝を振り上げた。引きが早い。もう一撃来る。
「ぅぐ――」
死ぬ。今まで食らったことのない激痛。頭が真っ白になる。周りの音が全然聞こえない。視界がぶれる。手に力が入らなくなる。でも、剣の柄に力を籠める。これだけは、離してはいけない。男が腕を引いた。腹に微弱な力を入れる。来る――。
「がぁ」
巨大な石が次々と腹に落下していくような苦痛。意識が持たない。視界がぼやける。何かか迫る気配。瞬間、視界に何かが光った。それは男の顔に当たり、地面に落ち、ガシャン、と音を鳴らす。皿だった。
「あ?」
男の動きが一瞬止まる。首を動かすと、彼の視線の先に、ぼんやりとアリシアが見えた。俺は強く、剣を持つ手に力を入れた。
「加勢します」
もう一枚、アリシアの手から皿が投げられる。男の視線が、まだアリシアに向いている。男が一歩足を後ろに動かし、皿を避ける。
「ナイス」
俺は剣先を上に向け、一歩足を踏み込みこむ。視界がぐらついた。が、気合を入れる。そのまま、男の胴体を目がけ剣を突くように腕を伸ばす。男の視線が俺に向けられる。それと同時に、男は一歩後ろに少し下がった。剣先が男の横にすり抜ける。すぐに男の手が、剣の持ち手を狙って素早く迫った。鼓動が早くなる。すべての感覚が冷たくなる。前面にお盆を掲げるセイカが見えた。彼女の手から男に目がけてお盆が振り下ろされ、ガシャン、と大きな音が響く。ハッとし、一瞬で視界が広くなる。男は頭が濡れ、少し前のめりになっていた。男の背後に三つの食器と汁と野菜とパンが落ちている。男が動揺している。チャンス。剣先を微妙に左にずらす。力を振り絞り、一気に剣を上に振り上げる。
「あぁぁぁぁぁいいいっぁぁ」
男の横腹に刃が食い込む。肉を割くぐにゃりとした感触が手に伝わる。刃に血が染みだす。俺はすぐ刃を引き、そのまま腹を一突きする。
「あぁぁぁぁぁああああ」
男が倒れながら横腹と穴の開いた腹を抑える。セイカの悲鳴が今更のように鳴り響いた。男の手がすぐに赤く染まる。床が赤くなる。男の着ていたベージュ色の服が、赤黒くなる。俺はよろけ、一歩後ろに下がる。とたん、全身の力が抜け、世界が感動しているように俺に安らぎを与えた。男共の歓声が五月蠅いくらいに頭に響く。アリシアが小さく、ありがとう、と言った。彼女は真っ赤な血液を避けるように、ずっと下を向いていた。
「おうおう。またやりやがった」
「おい、誰か後処理を頼む」
「たく、毎回毎回どうして敵さんは一人で来るのかねぇ」
「プライドが高いんでしょ」
「まあ、強そうだったしなぁ」
「実際やられてたしよ」
「お前、ファルがやられてるの見て助けに行こうとしただろ」
「仕方ないだろ。一応俺たちのボスなんだから」
「今日までだけどな」
「しっかし、ますますやばくなってきたなファルのやつ。これからどうするのかねぇ」
「もうあと十人くらい殺しそうな勢いだな」
「俺、人は殺したことないぜ」
「それが普通だろ。あ、でも、俺魔物なら何回か殺したことあるな」
「でも人間を殺すことはそうそうないだろ」
「まったくだ」
男がうごめいている。まだ、意識がある。数人の男が近づいてくる。男の一人が俺に訊いた。
「ファル。殺すなら殺せ。俺たちは手当てするぜ」
「殺すよ」
俺は剣を両手で持ち、男に馬乗りになる。そして、釘を打つように、男の心臓目がけて力を込めて、強く降ろした。骨が当たる。だが、それを無理やりこじ開ける。男が五月蠅くわめく。埋め込むように剣を下に、下に降ろす。不意に、何かがつぶれる感触。もう一度、セイカの叫び声が聞こえる。
「よし」
剣を抜く。男の顔に、もう生気はない。
「これでいいだろ」
「慣れてんなぁ。まあ、俺もゴブリン相手にはするけどよ」
俺はコップの水で剣に付着した血を流し、ゆっくりと鞘に納める。アリシアが俺を見ている。はたから見ても体調が悪そうに顔を歪めている。彼女は何度か吐く真似をした。
「大丈夫か?」
「無理・・・。まだ、慣れてない」
俺はアリシアの手を取る。彼女は頷き、俺が手を引っ張ると立ち上がった。
「ゆっくりと外に出よう」
「うん・・・ありがとう」
男共が騒がしく、俺たちを見つめている。外に出ると、涼しい風が俺たちを迎えた。快晴だった。扉の前で止まり、アリシアが俺の方を向く。
「吐きそう」
「分かった」
一つ角を曲がる。アリシアがすぐに、陰に潜り、低姿勢で吐いた。俺はそれを見つめながら、生まれた瞬間のような、すがすがしい気分になった。あの男を殺害したことで、俺は三度、アリシアを望む存在を否定している。その回数は、アリシアが俺を選んだ回数でもあった。三回。三回俺の手から離れるチャンスがあり、その都度アリシアは俺を選んだのだ。それが何よりも、嬉しかった。