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呪いの一族と一般人

着せ替え遊び

番外編『十人十色』の続きになります。



「それで? 話って何ですか?」


 呼び出された理由を碧真(あおし)が尋ねると、(じょう)は困った顔をした。


「実は、”碧真が異性の好みの服について明確に答えない場合は渡してくれ”と、嫁から呪具を預かっているんだ。その前に、赤間さん」

 

 丈は壮太郎(そうたろう)と話をしていた日和(ひより)を呼び出す。日和は小走りで駆け寄ってきた。


「丈さん。どうしたんですか?」

 丈はスーツのポケットから銀色のアルミ製のカードケースを取り出すと、日和の前に差し出した。

 厚み一センチ程の(てのひら)サイズのケースは、色とりどりのラインストーンでデコレーションされている。中央部分の表面には、白銀色の術式が描かれていた。


「俺の嫁が、赤間さんに渡して欲しいと持たせた呪具だ」


「あれ? これ、(らん)ちゃんの呪具じゃん」

 後ろからやってきた壮太郎が、丈の手にある呪具を見て言う。日和は首を傾げた。


「蘭ちゃん?」

「そう。僕の妹と仲がいい友達で、丈君やチビノスケが銀柱を装備する為の服を作っている職人だよ。彼女が学生時代に妹と一緒に作って遊んでいた”着せ替えの呪具”だね。丈君、ちょっと貸して」


 呪具を手に取った壮太郎は、ケースの蓋をスライドさせて中に入っていたカードサイズの厚紙を取り出す。紺、黒、茶、桃色、赤、白の紙には、結人間(ゆいひとま)の術式が描かれていた。


「中のカードは(しの)が作っているね。なるほど。それでか」

 壮太郎がニヤリと笑ったのを見て、嫌な予感がした碧真は離れようとした。しかし、それより早い動きで、壮太郎が投げた物が碧真の左手に当たって、周囲に白銀色の光が放たれる。


 光が収まると、碧真の左手首に銀色のブレスレットが嵌められていた。左手の中指全体を覆うアーマーリングもあり、手の甲を通る細いチェーンでブレスレットと繋がっている。


「何ですか? これ」

 強制的に呪具を装着された碧真は、不快感を(あら)わに壮太郎を睨みつける。


「どっちの呪具も実際に使ってみた方が手っ取り早くていいかな。ピヨ子ちゃん。このケースにカードを一枚だけ入れてみて」


 壮太郎はケースに描かれた術式に自分の力を注いだ後、六枚のカードと一緒に日和に手渡す。

 促された日和は、一番上にあった白のカードをケースへ差し込む。ケースの蓋が閉まると、日和の足元から白銀色の光が溢れ出す。柔らかな風が吹くように、日和の体の上をふわりと光が走った。


 日和が着ていた黄色のローゲージニットと紺地に黄色の花柄のミモレ丈のスカートが、瞬きの間に別の服へ変化する。


 マキシ丈の紺色のハイゲージニットワンピース。タートルネックで、袖はパフスリーブ。ウエスト部分はベルトでマークしており、スリットの入った裾から白のプリーツスカートがチラリと覗く。シンプルで上品な大人っぽい服だった。


「え!? な、何!?」

 驚いた日和は、忙しなく首を動かして自分の体を見る。


「これが着せ替えの呪具だよ。術者がイメージした服をカードに記憶させて、本体のケースに入れて対象に投影させる。素材の質感も反映されるし、呪具の本体が対象の体型を検出して自動で服の大きさを合わせるよ」


「す、すごい未来的! これなら、わざわざ着替えなくても色んな服が楽しめて良いですね!」

 日和は嬉しそうに笑った後、碧真を見てピタリと固まる。驚きと困惑混じりの顔をした日和に、碧真は怪訝な表情を浮かべた。


「何だよ?」

「あ、碧真君。頭の上のそれ、何?」

「は?」

 日和が指差している先を見上げると、碧真の頭上に携帯のメッセージに使われるような表情の絵文字が表示されていた。


「それは、チビノスケの感情を表すものだよ。今チビノスケが身に着けているのは、僕が昔作った呪具で、対象の感情を読み取って絵文字で表現するんだ。昨日の夜、篠から持ってくるように頼まれたんだよ」


「なるほど。俺に持たせた着せ替えの呪具と合わせて、碧真の異性の好みの服を調べようとしたという訳か」


「……要は、人の心を盗み見る不快な道具って事ですよね? 趣味が悪い」

 碧真が呪具を外そうとするが、留め具は見当たらず、力で引っ張ってもビクともしなかった。


「無駄だよ。術式の解呪をしないと外せない。チビノスケに解けるならいいけど」

 碧真の顔が悔しげに歪められたのを見て、壮太郎はニヤリと笑う。


「着せ替えが全部終わったら、ちゃんと外してあげるからさ。ちょっと僕達兄妹の遊びに付き合ってよ」

「……本当に、(ろく)な事をしない兄妹だな」

 碧真は小さな声で毒づいた。


「チビノスケは、こういう服は特に何とも思わないようだね」

 日和が着せ替えの呪具を使った際に、碧真の頭上に浮かんでいたのは無表情の絵文字だった。


「服とかどうでもいいですから、早く終わらせて帰りたいんですけど」

 碧真はイライラとしながら日和を見る。”早く終わらせろ”という圧力を感じて、日和はたじろいだ。

 

「ピヨ子ちゃん。今のカードを抜いて、次のカードを入れてみて」

 日和は頷くと、黒のカードをケースに入れる。再び変わった服を見て、日和がパアッと笑みを浮かべた。


「わ! これ、かっこいい! アニメで出てくるミステリアスお姉様が着てそう!」

 

 ショート丈の黒革のジャケットに、透け感のある黒いレースブラウスに黒デニムのビスチェを合わせたトップス。段差のついた黒のチュールスカート。クールで個性的な印象の服だ。


 テンションが上がっている日和に対して、碧真本人も頭上の絵文字もスンとした無表情だった。


「これも好きでも嫌いでも無いみたいだね。ピヨ子ちゃん。次、お願い」

 日和は少しだけ名残惜しそうにしながら、茶色のカードをケースに入れる。


 生成り色のリネンシャツに、ローゲージで編まれた茶色のロングカーディガン、チェック柄のグレーのワイドパンツ。マニッシュとナチュラルを組み合わせた様な服だ。


「あ、これは好きじゃないみたいだね」

 碧真本人は無表情だが、頭上の絵文字がちょっとだけムッとした表情になっていた。


 日和は次の桃色のカードをケースに入れる。

 

 淡い桃色の生地に小さな赤い花柄が入ったワンピース。膝丈で、裾は細かいプリーツになっている。肩から胸下まで斜めにフリルが付いており、襟は赤いリボンのボウタイ。袖はパフスリーブで、袖口に赤いリボンと白いレースが付いた甘い雰囲気の服だった。


「こ、これは似合わない!」

 日和は顔を引き攣らせながら言う。単品なら可愛いワンピースだが、日和には甘すぎる。碧真も微妙なのか、ムッとした顔の絵文字が表示されていた。


「なかなかチビノスケの好みの服は無いみたいだね」

「そもそもモデルが私なのが悪いのでは? 美梅さんとか咲良子さんを呼んできた方が目の保養になっていいかと」

「ピヨ子ちゃん以外だったら、チビノスケはすぐ帰っちゃうと思うよ」

 確かに碧真は美梅と咲良子と険悪だったなと思いながら、日和は次の赤色のカードをケースに入れる。


 服を見た日和と碧真はギョッとした。


 左肩を出すワンショルダーの赤いリブニットワンピース。体のラインに沿ったミニスカート丈で、太ももの両サイドにギリギリのラインまでスリットが入っている。ワンピースの中心を通るチャックが胸の中間まで開いて、谷間が見えていた。


「ちょ、ちょっと待ってええ!」

 露出度の高さに、日和は恥ずかしさで悲鳴を上げて背中を向ける。しかし、背中は、肩甲骨下辺りから腰のラインまでオープンになっており、余計に肌を露出していた。


 混乱している日和の手から、壮太郎はケースを取り上げてカードを抜く。日和の姿は元々着ていた自分の服に戻った。


「ごめんね。ピヨ子ちゃん。妹がふざけてたみたいで」

 壮太郎が苦笑しながら謝る。日和は顔を真っ赤にして羞恥心でプルプル震えていた。


「何かあったのか?」

 丈はキョトンと首を傾げる。赤いカードをケースに入れた瞬間、篠がスーツのカフスとして忍ばせていた目眩し呪具が発動して、丈だけ何も見えていなかった。


「篠が露出度の高い服を入れてたんだよ」

 壮太郎の言葉に、呪具を渡してきた篠のワクワクとした笑顔の理由を悟った丈は左手で顔を覆う。


「本当にすまない。赤間さん」

 丈が申し訳なさそうに謝る中、壮太郎はチラリと碧真を見る。碧真の顔も頭上の絵文字も、かつて無い程に不愉快そうな表情だった。日和も碧真の表情に気づいたのか、複雑そうに顔を歪める。


「いや、気持ちはわかるけど、そこまで不愉快そうな顔をしなくて良くない!? 私だって不可抗力だったんだからさ!!」

「不愉快だから仕方ないだろう。ふざけた服を……」

 碧真は盛大に舌打ちをする。イライラとしている碧真に、日和は気恥ずかしさと怒りでプルプルと震える。


「そんなに言わなくていいじゃん! 私も驚いたけど、ああいう服を着てる人だって、外で見た事あるし。露出度は高いけど、割と普通の服だから着てもおかしくは……ひいっ!?」

 日和が恥ずかしさを打ち消す為に”普通の服”として片付けようとした瞬間、碧真にギロリと睨まれる。


「ああいう服を着ていたら、痴女として速攻通報してやる」

「ち、痴女って!? 見せちゃいけない部分が出てるわけじゃ無いのに!? それに、あれを着ればセクシー系に……」

 碧真の無言の圧力に屈した日和は目を逸らして後ずさり、丈の後ろへ隠れた。


「碧真。気持ちはわかるが、あまり睨むな」

「え? 気持ちがわかるって!? 丈さんまで私を痴女扱いしたいって事ですか!?」

「そうではなくて、好意を……。とにかく、赤間さんは露出しない方がいいと思う」

 碧真に睨まれて、丈は誤魔化すように纏める。日和は優しい丈にまで否定されたと思って、ガーンとショックを受けた。


「そ、そんな。私はセクシー系な服を着たら犯罪になるレベルなんですか……」


「まあ、露出するだけが色気とは限らないし。ほら、ピヨ子ちゃん。次で最後でしょ?」

 壮太郎が渡してきた呪具を見つめて、日和は受け取るか迷う。また露出系だったら困るからだろう。


「どういう服が好みか調べる為にも、違うタイプの服を選んでいると思うよ。もし危なそうなら、すぐにカードを抜けばいいし。僕達も反対側を向いてるからさ」

 日和は渋々と呪具を受け取る。壮太郎に促されて、丈も碧真も背中を向ける。日和は最後の白いカードをケースに入れた。


「あ、これは普通の服です」

 日和の言葉に、壮太郎達が振り返る。

 

 ふわふわとしたモヘア素材のオーバーサイズのVネックの白いセーター。細い金のネックレス。マキシ丈の淡い紫色のプリーツスカート。日和がいつも着ているような服に近い。


「チビノスケはこういう服が好きみたいだね」

 碧真の頭上の絵文字の口元が微笑みの形を作っていた。


「違います。これで終わりだと思ったからなだけで」

「じゃあ、似合わない?」

「……」

 碧真の反応に、壮太郎がニヤニヤと笑う。碧真はイラッとして、自分の左手を壮太郎の眼前にズイッと差し出した。


「もう終わったんでしょ? 早くこれを外してください」

「まだダメだよ。ピヨ子ちゃんだけじゃ不公平だから、僕から贈り物をしてあげる。ピヨ子ちゃん、呪具を貸してね」

 壮太郎は日和の手からケースを受け取り、白いカードを呪具から抜き取る。カードの術式に力を注いで改造して、更にケースの術式にある対象者の書き換えを行った。


「はい。チビノスケ」

「は? 受け取るわけが」

「あれ? その呪具を外さなくてもいいのかな? チビノスケの心が、周囲の人達にバレちゃうけど?」

 脅しとも言える言葉に、碧真は苦い顔でケースを受け取る。受け取った瞬間、碧真の服装が変わった。


 紺と白地の布に、所々金糸や金具が飾られた軍服に似たスタンドカラーのロングコート。前は開いており、中にブルーグレーのシャツを着ている。ウエスト周りには黒のベルトが交差しており、黒のズボンにも装飾なのかベルトがいくつか付けられていた。靴は金具がついたゴツい黒の編み上げロングブーツだ。


「ファああ!?」

 日和が奇声を上げて、両手で口元を押さえる。目を見開いて固まったかと思いきや、キラキラとした目で碧真を見つめた。

 

「その服は、ピヨ子ちゃんが好きなゲームのキャラクターの衣装だよ」

「は? ゲーム?」

「そう! 普段はゆるっとしているんだけど、仲間思いの超強いキャラでね、ここぞという時は力を解放してモンスターと戦うの! 大剣と銃を使うキャラで、必殺技の大剣での回転斬りからの銃を使ったヘッドショットは神がかり的な美しさなの!!」

 日和は興奮したように早口でペラペラと話した後、碧真を見つめてうっとりと溜め息を吐く。


「碧真君。身長高いしスタイルいいから似合う! カッコいい……」

 頬を桃色に染めた日和に見つめられて、碧真は固まる。


 碧真が日和から「カッコいい」と言われたのは初めてだ。しかも、恋焦がれるような潤んだ目で見つめられている。碧真の心音が少し早くなる。甘い雰囲気が漂い始めた時、日和が碧真の両腕をガシリと掴んだ。


「碧真君だけずるい!! 私もその衣装着たいぃいいいいいっ!!」

「……はあ?」

「壮太郎さん。この衣装の対象者を私にしてもらってもいいですか!? 銃と大剣も再現出来ますか!? あと、これって写真も撮れたりするんですか!?」

 日和はキラキラした目と早口で壮太郎に迫る。オタクを全面に出した日和の勢いに、壮太郎も丈も少し引いた。


 碧真の額に青筋が浮く。碧真はケースの中の白いカードを取り出すと、勢いよく破り捨てた。衣装が消えて元に戻る。日和はポカンと目を見開いた。


「え? え? ちょ……」


「壮太郎さん。早く、これ外してくれませんか?」

 壮太郎は苦笑しながら呪具を外した。呪具から解放された碧真は、壮太郎に着せ替えの呪具のケースを押し付けて、日和の手を掴む。


「帰るぞ」

「え? 待って。私もコスをしてみっ!?」

 碧真は問答無用で日和の手を引っ張って連れて行く。日和の「あー」という悲しそうな声が遠のいて行った。


「あーあ。チビノスケ、怒っちゃったね」

「……大丈夫なのか?」

「カードは元はただの紙だし。術式とイメージを組み込めば出来るから、すぐに作り直せるよ」

「そっちではなく、赤間さんだ」

「ははは。まあ、暫くはチビノスケが拗ねて面倒臭そうだけど。いつもの事だから、大丈夫じゃない?」


 壮太郎から着せ替えの呪具を受け取って、丈は溜め息を吐いた。


「帰ったら、篠には少し言っておかないとな」

「露出度は高いけど、普通にある服だからね。篠も悪意は無いと思うけど?」

「悪意はなくても、悪戯心はあっただろうからな」

「それは否定出来ないかも。あとは、丈君の時みたいにチビノスケの攻略本でも作りたかったんじゃない?」


「攻略本?」

 篠は丈を完全に手に入れる為に、幼い頃から様々な実験を繰り返してデータを集め、百科事典並みの攻略本を作っていた。現在進行形で作られているが、どうやら、(いま)だに丈本人にはバレていない様だ。壮太郎は苦笑する。


「あはは。まあ、チビノスケの好みの服もわかったし、篠も満足するでしょ。ピヨ子ちゃんが普段着ているカジュアル系かな」

「肌触りの良さそうな素材だったのもあるんじゃないか? 碧真が小さい頃は、よくふわふわとした物を触って喜んでいたからな」

「ああ、確かに」


 子供の頃の碧真は、肌触りの良さそうな物を見つけると自分から積極的に触りに行っていた。カジュアルな服装の時に着ていたモヘア素材のセーターもふわふわしていたので、それが好感触だったのかもしれない。


「という事で、チビノスケは触り心地の良い素材のカジュアルな服が好きみたいだよ」


「壮太郎。何をしているんだ? 帰るぞ」

「うん。今行くよ。それじゃあ、またね」


 壮太郎は手を振り、丈と共にその場を後にした。



この話で出てくる日和が好きなゲームキャラクターは創作です。


ちなみに、用語の意味です(ネット調べ)↓

・ローゲージ…太い糸でざっくり編まれたニット。

・ハイゲージ…目が細かい糸で密に編まれたニット。

・ミモレ丈…ふくらはぎの中間が隠れるくらいの長さ。

・マキシ丈…くるぶしを隠す程度の長さ。

・マニッシュ…男性のような。

・ボウタイ…蝶結びにしたネクタイ、または襟のデザインのこと。

・リブニット…立体感のあるストライプのような筋(畝)の入ったニット

・モヘア…アンゴラヤギの毛を使用したもの。毛足が長く、触り心地が良い。

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