王都からやってきたもの
ポーションを納品に行った時、ギルドマスターからポーションの品質を見直して欲しいと言われてしまった。
逆の意味だというのはすぐにわかった。なぜなら、確かに自分でも聖魔法の力があがってきたと思っていたから、うちでお茶していく患者さんが意図したより、元気になるからだ。力を落とすにも限界があるし・・・でも助けたいしと思っていたから・・・まぁ今後もっと気をつけないといけないね。
それから、ギルドに納めるポーションは細心の注意を払うようにした。あとで薄めればいいと気付いた・・・盲点だった。
ある日、買い物にでると雨が降りそうになってきた。お店の人が雨が続くと予言したので、ちょっと多めに買い物をして急いでもどった。
予想は当たり、雨の音を聞きながら本を読んですごした。
雨は二三日続いたが、お菓子と本とスープがあったのでのんびり過ごせた。
雨上がりの朝、近所の人が騒いでいるので、なにごとかと外にでてみると男性が倒れていた。
雨の中、ずっと倒れていたのだろうか?近寄って調べてみると、脇腹に傷があるようだが出血は止まっていた。体が冷たかった。
呼びにいったのだろうか?冒険者が3人やってきた。彼らが男性を運んでいった。この街で入院できる場所と言ったらギルドだ。
わたしと隣のおじさんが付き添ってギルドへ向かった。
彼は意識を取り戻さず、わたしたちは彼を置いて家にもどった。
翌日、ジャムとパンを持って見舞いにいくと彼は意識を取り戻していた。
助けたことにお礼を言われたが近所の皆で助けたと答えると、にっこり笑って皆にお礼を言いに行きたいというので、まず元気になりましょうと答えた。
医者によると出血がひどかったのと雨で体温が下がったのが悪かったらしい。
回復には少し、時間がかかるというので毎日、料理を持ってくることを約束した。
戻って近所の人に報告すると皆が交代で料理を作ることになった。それをわたしが届けることになり、皆はわたしの分も持たせてくれるので、わたしの食生活はおおいに改善した。
毎日お昼まえにわたしは料理とジャムとパンを持ってフィルを尋ねた。
彼はフィルとだけ名乗りわたしもミーナとだけ名乗った。
そういうことでわたしたちはお昼を毎日一緒に食べた。ジャムにはわたしの聖魔法の力を少しいれておいたのでフィルは医者が驚く程回復が早かった。
やがて退院の話がでて、フィルにどこに行くかを聞いたら
「わたしには行くところがありません」とたんたんと答えたので
「それなら?うちにくる?」と言ってしまった。
わたしはこの判断は間違ってなかったと思うが、一部の人は反対するだろう。
わたしのうちの離れに収まった彼は近所中に、助けてもらったことと料理のお礼を言ってまわり、近所の住人としての地位を確立させた。
フィルは体を慣らすためと言って庭をきれいにしてくれた。
荒れ果てていた庭は、綺麗になりポーション屋さんらしくなった。
次に近所の手伝いをやりはじめた。屋根の修理などを気楽にやってあげたようだ。そしてお礼がわりにお料理を教えてもらい、作ってくれるようになった。
フィルが来てくれたおかげでわたしの怠惰な生活はとても快適になった。
しばらくそうやって暮らしていると、フィルに仕事の誘いがきた。
この街を治めているのは辺境伯の部下のひとりだが、ちいさなお城に住んでいる。街の人は彼のことを親しみを込めて城主様と呼んでいる。
城主様は、はやぶさ隊という名の私兵を持っている。その私兵をやらないかというお誘いだ。
面接に行ったフィルは憤慨して戻ってきた。なんでも勤務時間がフィルの希望と全然あわなかったそうだ。
「だってミーナ、庭仕事はともかく食事の支度なんて大事なことをできなくなる仕事ってありえないでしょ?ミーナのことをどうおもっているんでしょうね?」
「ちょっと、フィル。わたしの食事の支度って?わたしはパンとスープで暮らしていけるし、ジャムも作れるわよ。そんなことのためにいいお話を断るなんて」
「そんなことじゃありません。ミーナがのんびりするためにって大事なことですよ」
「それって・・・」
「もう、断りました。わずらわせることはありません」
翌日、ポーションを作っていると正確には瓶詰をしていると客がきた。
ポーション作りの日は看板をだして断っているから患者はこない。
何かしらと、応対すると思いがけない相手だった。
王都時代の知り合いだった。
王太子の婚約者時代の護衛の騎士だった男だ。義妹と王太子がわたしを断罪したときわたしの両手をねじ上げた男だ。
低い門の向こうからこちらをみていた。
「どちらさまですか?」
「みてわからないか?トーマス・ムーダー。おまえの護衛をしていた男だ」
「ムーダーさんご用件は?」
「立ち話もなんだな。いれてくれ」
「お断りします」
「逆らうのか?」
「はい、関係ないですので」
「確かに関係ないな、おれが話したいのは、おまえの情夫だ」
「そんなものがいれば連れてきて頂戴。薄汚れた野良犬」
かれはその言葉を聞くと歯をむきだした
「おまえのいまわしい名前はまだ消えてないぞ。義妹をいじめ男をたらしこんで、神殿の金を湯水のように使ったってな」
「ムーダー家の借金への支払いに回してもらえたみたいでよかったわね」
「あなたのおねえさんはお金を積んで結婚してもらったのに子供ができなくて追い出されたっていうのは悪意のあるうわさよね。あんなに大勢と寝てお金を作ってつくしていたのに」
「なぜ?・・・」と絶句すると門をあけて中にはいってきた。
「おまえはすました顔をして・・・いつもおれたちを・・・」
トーマスは最後まで言えなかった。フィルが出てきて殴り倒したからだ。
「こんな薄汚いやつ、すぐに殺したらよかった。ミーナも耳を汚してしまった」
そういうと倒れたトーマスに蹴りをいれるとギルドにとどけてきますと出て行った。
フィルがでかけたあと、わたしは考えた。なぜ今頃? もう関係ないのでは?
20年まえ、わたしを有罪と思ったのはあのボンクラだけだと思う。
王室も神殿も両親も貴族ももちろん義妹もわたしを無罪と知っていた。その上でわたしを追放したのだ。
かれらはわたしが死ぬことを期待して追放したはずだ。普通なら野垂れ死んだところだろう。ただ皆さんがいい人だった。
王都からなにかが来ても彼らはかばってくれるとおもうが、わたしに害をなそうと思ってくる者を防ぐ力はないだろう。
引っ越すしかないかと考えていた。
だが、トーマスになにかする時間はなかった。一晩ギルドに泊まったあと、はやぶさ隊に引き取られた。一員だったらしい。その夜、独房で殺されたらしい。
かれの死に関して血なまぐさいうわさがいろいろでたが、どれが本当のことかわからなかった。
引き取り手のない遺体は共同墓地に葬られた。
しばらくしたある日、フィルが誘ってきた。
「馬を貸してくれるところを見つけました。よかったらでかけませんか?さっそくですが明日は?」
「明日? 行くわ。どこに行きましょうか?」
「任せてください。お弁当も作りますから楽しみにして」
わたしはいそいそとして明日着たい服をだすと、点検をした。馬なんて久しぶりだ。
翌朝、貸馬屋でひとりで乗りたいわたしと相乗りのつもりだったフィルはすこし口論したが、馬屋の主人の
「あぁだんなさま方、この馬の予約のことを忘れていました。すみませんが相乗りしてください」の言葉で口論に決着がついてでかけることになった。
フィルがそっと主人にチップを渡したのを大人のわたしは気づかないふりをした。
遠乗りはとてもたのしかった。温泉地への街道の旧道は、景色もきれいで時々いい香りがただよってきたり、小鳥の声が聞こえたり楽しかった。
やがて、道が開け、ひろい河原にでた。フィルは火を起こし持参したソーセージを焼いてパンにはさんで渡してくれた。
と、一瞬、フィルがまとう空気が変わり、するどい目で遠くを行く馬車をみた。すぐにもとのフィルに戻り
「なにか来たかとおもいました」と小さくつぶやいた。
ひろい川原でいい空気を吸いながら、フィルと食べる食事はおいしかった。わたしにとってフィルはなんにあたるのだろう。
多分、年からいうと息子?パズルがはまった。わたしに家族ができたのだ。息子だもの遠慮することなく甘やかして、ちょっとくらいなら甘えてもいいかな。
わたしに微笑むフィルにわたしも笑顔で答えた。