恋愛相談
俺は週に2〜3回ぐらいだがバイトをしている。
と言っても幼馴染の実家が焼肉屋を3店舗経営していて、その手伝いのような形でのバイトだ。
そして今日はそのバイトの日。
「颯ちゃん今日は晩御飯どうするの?」
「ごめん、今日バイトだから食べてくるからいいよ」
「おっけー、わかった」
「んじゃ、行ってくる」
平日の晩御飯はいつも大体俺と明奈の2人でどちらかが作ったものを一緒に食べているがバイトの日はバイト先で食べさせてくれる。
◇◆◇◆◇◆◇◆
バイト先である焼肉屋はテーブル席が多いためファミリー層も多くお客さんの年齢層も幅広い。
従業員は店の裏口から入る。
「おはようございまーす」
従業員は主に大学生のアルバイトが多いのでいい意味で騒がしい。
『おはよー!』
『颯太くん、おはー』
「颯太遅い! ギリギリじゃん!」
この最後に茶化してきたのが幼馴染の比嘉鉄平。
高校こそ違うが、家が近所で幼稚園から中学までずっと同じだった。
こんなことばかり言っているが
「また鉄平もいい加減なこと言って! 颯太くんも早く着替えておいで!」
このちゃきちゃきしてる人が鉄平のお母さんでこの店の店長さん。
一応バイトからしたら上司だけど昔から知ってる仲なので息子のように可愛がってくれてる。
更衣室で着替えて厨房を見るとそこは既に戦場。
この焼肉屋は雑誌でも取り上げられる程の人気店で週末は18:00にもなると大混雑で入口で待っている人までいる。
うわぁ…… こりゃ今日も忙しそうだな。
俺は接客担当なので気合を入れ、手を洗い急いでホールへ出る。
注文を取り、厨房から上がってきた肉や料理をテーブルへ運び、帰られたお客さんのテーブルを片付けるとお待ちのお客さんを席に案内する。
文字にすると一通りの繰り返しで簡単な作業だが、頭も使うし慣れないとなかなかキツい作業だ。
何度繰り返したかわからない程に繰り返し21:00には客足が落ち着く。
「颯太くん、休憩いっといで!」
「はーい!」
鉄平のお母さんに休憩を促され食事の用意をして休憩室に向かう。
ガチャーー
休憩室に入ると賄いを食べ終わった厨房の鉄平がスマホをいじっていた。
「おつかれー!」
「お、今から休憩?」
「そうそう、今日も疲れたわー」
「忙しかったな!」
賄いを食べていると鉄平がスマホを置き。
「そういやさ、最近颯太の家に女の子がよく出入りしてない? あれ誰?」
近所に住んでるから明奈が帰ってくる時を目にしたんだろう。
「あー、あれ従姉妹。一個下でうちの高校に転校してきたんだよ。それで一緒に住んでる」
「えー! 結構可愛かったよな!? 一緒に住んでるとか羨ましい!」
鉄平は思春期の男子の欲望丸出しのようなセリフを吐く。
「オマエのとこも美人の姉ちゃんと一緒に住んでるじゃん。同じだよ」
「あれが美人ってまじかよ! スッピンキツいし性格鬼だし美人とはかけ離れてるって!」
鉄平には2歳歳上の姉がいる。
昔はよく一緒に遊んでくれたので会えば話す程度にはまだ仲がいい。
「中学の時モテてなかった?」
「そりゃ姉ちゃん外っツラはいいからな! 外じゃ意識高いけど家の中じゃオッサン。あれは騙されて結婚でもしちゃったら彼氏さん可哀想だわ!」
鉄平が大声で笑いながら話していると休憩室のドアが勢いよく開く。
バンッ!!
慌てて振り返るとそこには鉄平のお姉さんが恐ろしい笑顔で立っていた。
鉄平の頭を掴むと鉄平の耳元で呟く。
「鉄平くん。そのオッサンが同じ職場にいる事忘れてるのかな? 大声で話してるから厨房まで丸聞こえだよ?」
「ごめんなさい……」
バンッ!!
鉄平の謝罪を受けると次は勢いよくドアを閉めた。
「痛え…… ほらな!」
「ほらなって今のは鉄平が悪いだろ! でも変わらず美人じゃん。いいとこ全部持ってかれたな」
キィ……
ドアが開いた気がしたので後ろを見ると鉄平の姉ちゃんがこちらを覗いていた。
「颯太は何歳になっても可愛いねぇ。うちの愚弟とは大違いだわ」
賄いを食べてる俺の頭を撫でながら隣にいる鉄平を睨みつけて出て行った。
「あれが外っツラだよ。わかったか?」
「そんな事言ってたらまた頭割られるぞ」
先に休憩に入っていた鉄平の休憩が終わり厨房の次の休憩の人と入れ替わる。
「おつかれ様!」
「お疲れ様です!」
大学1回生の直也さん。
この人は仕事もできて人望も厚く、オシャレで男の俺から見てもイケメンで皆に優しい。
ミスターパーフェクトだ。
「さっき鉄平が大声で和穂の悪口言って休憩室向かってたけどなんかあったん?」
和穂とは鉄平のお姉さんの名前である。
直也さんは大体の予想は付いてるだろう事をけらけらと笑いながら聞いてきた。
「ただの姉弟喧嘩ですよ。鉄平が殺されかけただけです」
直也さんは、またか。と笑いながら賄いを食べている。
「最近どうなの? 彼女とはうまくいってる?」
「まぁまぁですかね……」
最近の自分のモヤモヤする気持ちを直也さんに相談すれば解決に導いてくれるんではないかと思い打ち明けることにした。
「ちょっとその事で直也さんに相談したい事があるんですが、バイト終わりお暇あったりします?」
「マジで? 颯太から恋愛相談なんて珍しいな! 予定あるけど連絡してズラしてもらうから大丈夫!」
なんと予定があったのに俺の相談を優先してくれるのだという。
「いやいやいや! それは悪いですよ!」
「いいんだって! 大した用事でもないし颯太が相談なんてよっぽどなんだろ? 気にすんな!」
「ありがとうございます」
バイト終わりに直也さんと近くの公園で話す約束をして俺は先に休憩を終わらせた。
◇◆◇◆◇◆
「お疲れ様でしたー!」
「おつー!」
バイトが終わり各々に挨拶をして直也さんと公園へ向かう。
国道から俺が住んでいる住宅街へのショートカットにもなっているような公園で日中は子供たちが沢山遊んでいるが夜になるとバスを使って帰宅する人たちの通り道になっている。
いくつかあるベンチの中のひとつに並んで座る。
「で? ほんと珍しいな。颯太が相談なんて。彼女とうまくいってねえの?」
直也さんは公園前にある自動販売機で買ったジュースを開けながらそう話し始めた。
「彼女とは普通なんですけど最近自分の気持ちがよくわかんなくて」
「彼女のことを好きかどうか?」
「いえ、ちょっと最近考える機会があったんで自分の気持ちを整理すると、そもそも好きっていう感情がわからなくて」
「ふーん、彼女のことは好きなの?」
「んー…… 嫌いではないです。ただ好きかどうか聞かれるとわからないです。最近は好きかどうかもわからない相手と付き合っていることに罪悪感すら感じて彼女を少し避ける形になってますね……」
色々と考えるようになってから最近は下校時も美花を避ける形になり一緒にも帰っていない。
無論休日も遊んでるわけでもない。
「なるほどね。考えすぎじゃね? 好きな人に告白されて付き合うなんて稀だよ。それでも考えてしまうってことは他に気になる人でもいるんじゃないか?」
「いやいや、好きって事自体がわからないんでそれはないですよ!」
「好きって気持ちがわからないから好きな人ができないってのは理由にならんと思うけどな。それなら誰も初恋なんてしねえよ」
直也さんはそう言うとジュースを飲み干して横にあるゴミ箱に空き缶を投げ入れ立ち上がる。
「とにかく。彼女とは別れてあげた方がいいかもな」
唐突に美花との別れを提案され驚き言葉を失った。
「なんだ? 罪悪感はあるのに別れるのは嫌なのか?」
「嫌とかじゃないんですが…… なんて言ったらいいものか……」
「そのまま伝えたらいいよ。颯太はなんでも上手く取り繕おうとしすぎ。可愛いと思ったら可愛いって伝える。嫉妬したら嫉妬してる気持ちを伝える。女の子は強がったり照れたりして思ってもいない言葉をかけられるより、思ってる気持ちを素直に伝えてもらった方が喜ぶんだぜ」
直也さんは前にある滑り台に登りながらそう言った。
確かに思ってもない言葉を吐いて後悔した事もある。
改めてこの人は本当にモテるんだろうなと感じた。
「わかりました。明日彼女にも今の俺の気持ちを話します」
「お互いの為にもそうした方がいいな! 気持ち伝えて別れない選択肢もあるんだから思い詰めんなよ」
滑り台から滑って降りてきた直也さんが自分のお尻を叩きながらこちらに歩いてくる。
青春してるな、と笑いながら話していると聞き慣れた声が聞こえた。
「あれ? 颯ちゃん? バイト終わったの?」
ふと目線を横にすると部屋着の明奈が買い物袋を提げていた。
「明奈! なにしてんの?」
「明日の朝のヨーグルトなかったから買いに行ってた」
そういうと明奈は直也さんの方を向き無言で会釈する。
「初めまして。颯太と同じバイト先の直也です。明奈ちゃんは颯太の…… 友達かな?」
「あ、初めまして。いえ、同居してる従姉妹です。もう帰るとこなのでお邪魔してすいません」
明奈が挨拶を終え帰ろうとすると、直也さんが俺らも帰ろうかと言いベンチを立った。
「颯ちゃん、早くいくよ」
「待て待て! 直也さんありがとうございました! また改めて!」
「気にすんな。早く行かないと置いていかれるぞ」
先々と歩く明奈の方に向かいながら直也さんに向かい頭を下げる。
「帰ってくんのおっそーい」
「ちょっと話し込んでたんだよ! てかそんなショートパンツで夜な夜な出歩くなよ! 危ないだろ!」
「だってコンビニ行くだけだったしめんどくさかったんだもん」
ふと後ろを振り向くと、まだ先程まで座っていたベンチの前に立ち2人のやり取りを見つめていた直也さんがいた。
「ふーん…… そゆことね。大変だねえ」
ボソッと独り言を呟き逆方向へ帰っていった。