デート
『「ただいまー!」』
『「おかえりー」』
帰宅と同時に家の外からと中からハモる声が響いた。
リビングに入ると母さんと叔父さんがソファでテレビを見ていた。
「おかえり! 初登校はどうだった?」
「んー、特に普通だよ。何人か友達できたし颯ちゃんの友達も友達になってくれた」
「そっかそっか! 颯ちゃんありがとうね!」
いえいえ、と手を振りながら俺は自分の部屋に戻り黒のステンレスベッドに腰を掛ける。
やはりさっきのLINEが気になる。
叔父さんではなさそうだし前の学校の友達か?
でもなんであんなに謝ってたのか……
ぼんやりしているとスマホが光った。
その瞬間美花のLINEを思い出した。
あ、やば!返してなかった!
LINEを開くとやはり美花からで5件もLINEが届いていた。
『冬馬くんとどこ寄って帰るの?』
『私も一緒に行きたかった』
『明日は一緒に帰れる?』
『まだ見てないの?』
『なんでスマホも見れないの?』
あー、やってしまった。と大きな溜め息を吐く。
正直こうなった時の女子は本当に苦手だ。
『ごめん、スマホをカバンに入れっぱなしで全然気付かなかった。明日は一緒に帰れるよ』
と、送るとすぐに返事が届いたようだったが不機嫌な内容なのが目に見えてたので開く事をせずベッドにスマホを投げ置いて制服からスウェットに着替えた。
誰かが階段を登ってくる足音が聞こえてきたと思ったら俺の部屋のドアノブが傾いた。
「…… 颯ちゃん。あ、もう着替えたんだ」
「着替えたよ。てかノックぐらいしろよ」
「着替えてる途中で開けられて見られた的なの期待したのに。てかさ…… さっき駅でエスカレーター降りてる時に私のスマホ見た?」
ふざけながら部屋に来たかと思ったら唐突に芯をついた質問がきた。
予想もしてなかった質問に、この場の正解を一瞬で出そうと脳をフル回転させたが答えが出なかったので正直に答える事にした。
「見た。というか見えたかな。」
あわよくば自分から色々話してくれたらと思い、あえてよく見えなかった。という事は伏せた答え方をした。
すると明奈はまた小さな溜め息をついてから話し始めた。
「そっか…… 相手は彼氏なんだけどさ。中学の時の同級生で卒業の時に告白されて付き合ったんだ。最初の頃は優しくて私の話しも聞いてくれてたんだけど3ヶ月ぐらい経ってからずっと身体の関係ばっかり求めてきて断ったらめっちゃ怖い…… それで謝る事しかできなくて引っ越したら自然に関係も終わると思ってたらずっと連絡も来るし週末会いにくるって。どうしたらいいかわからなくて……」
俺の答え方のせいか、本当に参っているのか全てを話してくれた。
身体の関係を求めてくるというワードを聞いて首筋に痺れが走ったが自分ではそれが怒りの感情からだと思い込む事にした。
「そうか…… 明奈はこのまま別れたいってことでいいんだよな?」
「うん……」
「わかった。それなら次の週末会いに来たら俺も一緒に行くわ」
「え? ありがたいけどケンカとかにならないよね?」
小学2年から中学まで空手には通っていたが、喧嘩なんてほとんどした事がない。
そもそも初対面の人を殴る度胸もないのは自分が一番よくわかっているが何故か強がった返事をした。
「さぁ。相手次第かな。でも大丈夫」
何が大丈夫なのか自分でもわからないが安心させたかった気持ちから出た言葉だった。
自分の部屋に戻ろうとする明奈に彼氏からの連絡は週末まで無視するよう伝えた。
その後美花の不機嫌なメッセージに
『ごめん』
と返事をした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「『いってきます』」
翌朝になるといつもの明奈に戻っていた。
いつものように振る舞っていると表現した方がよいのか話している感じから昨日の様子は伺えない。
「今日は帰りは別々なんだっけ?」
「そうだな…… ってその事伝えてたっけ?」
「ううん。昨日彼女とも帰るって言ってたから聞いただけ」
「あ、そういうことね。ごめんな、1人で帰れるか?」
「さすがに駅も道も覚えたから大丈夫。ありがとう」
学校に着き一階で明奈と別れ自分の教室に向かう。
教室に着くと最初に膨れっ面で睨んでくる美花が目に入ってきたので俺の方から近寄り昨日の謝罪をする。
「昨日はごめんな。今日は一緒に帰れるから」
「いいけど…… 連絡ぐらい返してよ……」
わかったわかった、と美花の頭を軽く撫でて自分の席に戻る。
俺も年頃の男子だし男女の付き合いに興味もあり付き合えるなら付き合うが、機嫌を悪くされたり自由を制御される事には多少の鬱陶しさを感じる。
異性に対する好きというものをイマイチ理解していない自分がいるのも自覚している。
美花と付き合ったばかりの時に隣のクラスの関わりのない男子にいきなり
本当に美花の事が好きなのか?
俺の方が美花を大事にできる。
好きじゃないなら別れてくれ。
と、言われた事もあった。
そういう姿を見ていると人を好きになる事への煩わしさを感じるから俺は今のままでいいと思っている。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
放課後になり美花が嬉しそうな表情で近づいてくる。
「颯太くん! 帰ろっ!」
「よし、行くか」
「うん! じゃーねー!」
美花は友達に挨拶をして俺と一緒に教室をでた。
やはり美花人気は凄いのか並んで歩いていると校門を出るまで視線がやたらと飛んでくる。
好きかと聞かれるとわからないが一緒にいて悪い気はしない。
歩きながら昨日の事を思い出す。
明奈も今の彼氏の事を好きで付き合ってるのか?
だとしたらそんな男のどこが好きなのか。
あんな男を好きになれるんなら俺からしたら美花を好きになってもおかしくないよなーー
「でねーー ねえねえ、聞いてる!?」
「ごめん、ちょっと考え事してた。なに?」
「もう…… せっかく一緒にいるのに…… 何考えてたの?」
話すかどうか迷ったが女性目線での意見も聞いておきたいと思い所々を濁らせながら話した。
「ちょっと知り合いから相談受けてさ……」
「うんうん」
「ーーって感じらしいんだよね」
「え? 何その男。最低じゃん。その子はなんで別れないの?」
「なんか怖いらしい。そりゃ断ったら怒るぐらいだから別れるなんて言ったあとを想像したら怖いんだろうな」
それを聞くと美花は立ち止まり真剣な顔で答えた。
「なるほどね…… でも私なら別れるかな。だってそれって自分本意でやりたい事をする為にその子を物として扱ってるよね。全然大事にされてないし、その関係がこの先お互いに何も生まないと思うよ。付き合っていくのってお互いがお互いを想い合って幸せになっていくものじゃないのかな。その子が嫌がっている事すら見えなくなってるならこれ以上一緒にいる意味なんてないと思う」
意外だった。
美花はもっと恋愛を浅く捉えてるような印象だったのに人間関係についてこんなに意見するとは予想もしてなかった。
「そっか…… そうだよな。ありがとう。その子にも1意見として伝えておく」
「うん! ただね……」
「ん?」
「私の話しを聞かないほどにその子の事考えてるのはちょっとヤキモチ妬いちゃうかな……」
「そうだよな。気を付けるようにするよ」
普段なら面倒に感じていたであろう嫉妬だが、先程みえた美花の意外性と真剣に考えてくれた事から素直に罪悪感を感じ謝った。
「なんか駅で甘いものでも食う?さっきのお礼に奢るよ」
「やった! 食べる!」
家が逆方向なので美花とは駅でドーナツを食べて、別れ際にいつもする軽めのキスをしてから別々の電車に乗った。