同居スタート
「ほら。 颯太。早く起きなさい」
聞き慣れた母親の声で起こされる。
変わらない毎朝の始まりの合図のようなもの。
しかしいつもの怒号のような声とは違い少し優しいトーンで目を覚ます。
いつもはそのままリビングに降りていくのだが、いつもとは違い自分の部屋で寝癖のついた髪を少しだけ直してから降りていく。
リビングに降りるとダイニングテーブルに用意されているいつもと変わらない朝食。
しかしいつもと少し違い、豪華さを感じる。
理由はわかっている。
それは目の前にいる今までの生活にはいなかったはずの人達がいるからだ。
母親の弟である政ニ叔父さんと従兄弟の明奈の2人である。
先々月に叔母さんが亡くなって出張の多い叔父さんだけでは生活面で厳しいからという理由で、県外とはいえ比較的近場に住んでいる事と小学生の頃に父親を亡くしていて同じく片親生活しているからという事から俺達と一緒に住む事になった。
母さんも親戚相手ながら若干気を遣っているのだろうがいつまで続くのか。
家族以外の人達と同じダイニングテーブルを囲むことに普段通りにできない不便さと違和感を感じていた。
そんな事を考えながら少し豪華な朝食を前に、何から手をつけようか迷っていると4人ががテーブルに揃ったのを確認した政ニさんが少し気を遣ったように挨拶をする。
「姉さん。颯ちゃん。改めて今日からよろしくね。慣れない形で生活面で苦労する面もあるだろうけど気を遣わないでいいからね。」
母さんもそれに応えるように
「こちらこそ宜しくね。政ニも明奈ちゃんも私たちがいる事で気を遣ってしまうかもしれないけど自分の家と思って生活してね。」
どう反応していいのか少し迷いながら目の前の明奈の反応を待っていると一瞬目が合ったような気がした瞬間少し口角を上げて
「はい。こちらこそよろしくお願いします。」
と、定型分のような挨拶をした。
家族から俺への視線を感じたので同じように
「こちらこそよろしくー。」
と軽めの挨拶をして朝食の続きを口に運んだ。
その後は母さんと叔父さん主体の会話が交わされていたが内容までは覚えていない。
早めに学校に向かいたい俺は話しに参加もせずさっさと朝食を済ませて登校の用意に向かった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「行ってきます。」
母さんも叔父さんも今日から共同生活という事からか仕事は休みをとっているみたいで玄関まで見送りにきた。
「颯ちゃん、明奈のアテンドよろしく♪」
朝食時の堅さはなくなりいつものフランクな叔父さんに戻って俺に明奈のアテンドを頼んできた。
「はーい。んじゃ行くか」
靴を履いた明奈と共に玄関をでた。
明奈は俺より1つ歳下で今日から同じ高校に編入してきた。
一緒に暮らす前は祖父母の家で年に1〜2回顔を合わせる程度だったが俺が中学2年のときに明奈が中学入学の祝いでスマホを買ってもらったらしくLINE交換してたまにやり取りしていた。
明奈は身体付きは華奢で勉強面は真面目だが化粧などはそれなりにしていて流行りにも敏感な方だ。
従兄弟ながら顔も可愛い方だと思っている。
しかし他にも従兄弟はいるが祖父母の家でも笑いながら話している所は見た事がない程に無愛想。
俺が明奈なら愛想振り撒いてチヤホヤされようとするだろうな。と考える。
とても勿体ない。
俺とはLINEのやり取りもしているからか懐いてくれてるようで、それも今回の同居の理由の1つだったらしい。
叔母さんが亡くなった時も心配で俺からLINEを送ったがまさか一緒の高校に通う事になるとは思ってもいなかった。
「やっぱ一緒に暮らすってなるとちょっとは気を遣っちゃうもんだね」
「そうだなー、寝起き見られるのはちょっと恥ずいよな」
「毎年おばあちゃんの家で見てるけどね」
俺と明奈は笑いながらいつものLINEのような会話をした。
「学校までどれくらい?」
「んー、駅がすぐそこだから電車でら20分ぐらい。遅刻すんなよ」
「私が遅刻するって事は颯ちゃんも遅刻するって事じゃん」
「あ、そっか……。 って毎朝一緒に行くのか!?」
「当然。 てか逆に同じ家から同じ学校行くのに一緒に行かない理由あるの?」
まぁそうか。と納得しつつも今までと違う生活になる事と従兄弟とはいえ同年代の女子と毎朝登校する事に少し照れてしまった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
学校に着くと明奈を職員室の前まで送り届けた。
今日から登校という事で職員室から先生と一緒にクラスへ向かうらしい。
転校して新しい環境とか昔は憧れたなー。など考えていたら明奈の担任がきた。
「んじゃ、またな」
「うん……。」
返事の短さから緊張している事が伝わってきたが俺にはここからはどうしてやる事もできないので自分の教室に向かった。
「おはよー」
「うぃーっす」
「おはー」
いつもより少し遅めに登校したから大体のメンツが既に教室に揃っていた。
「あれ?颯太いつもより遅くない?」
「あー、前に言ってた従兄弟。今日からだから職員室寄ってた。」
「おー! 1年だっけ?あとで見に行こ!」
こいつは佐伯冬馬
いつも一緒にいるメンツの1人で今日から従兄弟が来るという事を話している数少ない人間の1人。
複雑な環境にも色眼鏡を通さず見てくれる奴。
良く言えば懐の深い奴。
悪く言えば馬鹿。
そんな感じの憎めない奴だ。
「あんま周りに言ってないんだから大声で言うなよ。 あとわざわざ見に行くのはやめろ。 周りも一緒に来るだろ」
「内緒にしないで言えばいいのに。誰も何も思わねえだろ。」
「いちいち説明して回んのもだりいよ。質問攻めにもなるだろうし。てかお前からはマジで言いふらすなよ」
懐の深さと馬鹿が同居してるから釘を刺さないとなんでも話してしまう冬馬を睨みつけながら念を押した。
そんな話しをしていると急に後ろから伸びてきた腕が俺の胸の前で重なり風呂上がりのような匂いとフワッとした髪が頬を撫でた。
「おはー! 颯太くん!」
「あ、美花か。おはよう」
この子は神足美花
クラスメイトで整った顔と派手めなスタイルから学年トップクラスに人気があり一応俺の彼女。
告白されて付き合いが始まったのだが付き合ってからはまだ2ヶ月。
人気がある女子が学校でもこの調子だからかいつも周りの目線が気になる。
いまだになぜ俺が告白されたのかは謎。
「ちょっとー、彼女が朝から熱い抱擁してるのにもうちょっと喜んでよー」
「いや、ほら。人前だから」
「もう……。」
不服そうに美花は自分の席に鞄を置きに行った。
美花はいつもこの調子でボディタッチが多く、やたらとひっついてくるから周りの目線が痛い。
が、正直優越感もあって嬉しかった。
「毎日毎日ラブラブだねぇ。もう2ヶ月も経ったんだからイイコトもしてんの?」
流石は馬鹿の冬馬。
単刀直入に聞いてくる。
「しててもお前には絶対言わないな。想像とかされそうで気持ち悪いから」
「おい! 想像はするけど気持ち悪くはないだろ!」
授業までの短い時間をいつも通りくだらない話しで埋めながら過ごす。
いつもは考えない明奈の事を少し気にしながら。