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第五話:セーラー服と日本刀②

『妖刀・村正』と『名刀・正宗』。


 村正も正宗も、日本刀の代名詞と呼ばれる優れた刀工である。


 有名な話がある。

『村正』は切れ味抜群で、斬味凄絶無比と謳われるほどであった。ある日、『村正』を川に突き立てると、流れてきた木の葉が、流れを止めることなく真っ二つになってしまった。だが同じことを『正宗』でやると、木の葉は『正宗』の刃を避けて流れていった。


 『村正』が斬れ味を自慢すると、正宗は「刀は斬れれば良いと言うものではない。悪を斬らずに遠ざけるのが名刀なのだ」とたしなめたという。二人の作風の違いが良く分かる話である。とはいえ『正宗』の斬れ味が悪かった訳では決してない。「折れず、曲がらず、良く斬れる」が『正宗』のキャッチフレーズで、それまでの日本刀の常識を一新した、『日本刀中興の祖』と呼ばれている。


『村正』と『正宗』。


 かたや徳川家を代々祟る呪いの刀であり、

 かたや徳川家に代々伝わる伝家の宝刀である。 


 殺人刀(せつにんとう)活人剣(かつにんけん)

 破壊と創造。

 悪と正義。

 陰と陽。

 ……。


 一見相反して見えるそれら二つは、その実表裏一体であり、斬っても斬れないもの、なのかもしれない。


 その『正宗』の持ち主・東禅寺花凛(とうぜんじかりん)が、『村正』を持つ宇喜多舞の元へと現れた。 

いや正確には、泥梨を求めて姿を見せたのだが。


「道具屋。研磨を頼む」

 花凛が事務的に告げた。青髪の少女は、持っていた刀を二本、泥梨に差し出した。

 

 彼女は二刀流だったのである。


『本庄正宗』と『武蔵正宗』。

 それが東禅寺花凛の愛刀である。


『本庄正宗』は、徳川家康が代譲りの際「この刀を代々子孫に伝えるべし」と厳命したとされる、文字通り伝家の宝刀である。長さ約65cm。

『武蔵正宗』は、宮本武蔵が所持し、のちに徳川家へと渡ったこれまた名刀であった。長さ約73cm。どちらも黒漆の鞘が美しく光っている。


「やぁ花凛ちゃん! 元気ぃ? 相変わらず美しいねぇ〜!」

 泥梨が先ほどとは打って変わって、声を1オクターブ高くした。それを見て、舞があからさまに舌打ちした。


「今月は花凛ちゃんもう14ポイント? すごいねぇ〜!! おじさんビックリ。さっすが天才!」

「なんか私の時と態度違くねぇ?」

「ん〜いつ見ても惚れ惚れするねぇ〜! これぞ『日本刀』って感じ。これぞ『美少女』って感じ! じゃあおじさん、今日は花凛ちゃんだけに特別サービスで……」

「オイ!」


 舞が八重歯を覗かせ、そこで花凛は、ようやく彼女の存在に気がついたかのように首を向けた。


「何だ、貴様か」

 花凛が目を(すが)めた。

「まだ生きてたのか、()()。とっくに死んだものかと」

「どいてろよ、()()()()()。私が先だ!」


 二人がゆっくりとにじり寄る。背は花凛の方が高い。必然的に、舞が睨み上げるような形になった。鼻先がくっつくくらい顔を近づけ、舞が獣のような唸り声を上げた。


 舞と花凛が知り合ったのは、今からおよそ二ヶ月前である。


 今日と同じように、舞が泥梨に刀の手入れをしてもらっているところに、ふらっと花凛が現れた。ポイントの確認や死体の処理など、花凛もまた、泥梨をあてにしているようだった。二人とも、同じ武器商人から武器を提供してもらっていたのだ。


 それ以来、二人は度々泥梨のところで顔をあわせるようになった。同年代の参加者。意識しないと言えば嘘になる。


 それまでは、何となく気になる存在。

 それだけだった。のだが……。


 ある日。舞は目を見張った。

 花凛が、緑色の飛龍の首をぶら下げて来たのである。その飛龍は、数日前、舞を襲った怪物に他ならなかった。飛龍……”生物型(モンスタータイプ)”の武器。先日異世界からこっちにやってきた、東京ドーム一個分はあろうかと言う怪物だ。舞はその時、危うく丸焦げになりかけ、隙を見て飛龍から逃げ出した。


 この戦いは殺されたり、武器を奪われたらマイナス1ポイント……だが、それは裏を返せば、たとえ戦いに負けたとしても、その時点ではまだ失格ではない。負けてもいいのだ。だが、殺されて再起不能(クリーチャーの餌)にされるのは不味い。殺されるくらいならさっさと武器を放棄して、態勢を立て直せば、期限内(月末まで)に何度でも再挑戦できる。


 解放空間(オープンワールド)路上サバイバル(ストリート・ファイト)である。

たとえ目の前に獲物(カモ)がいたとしても、自分より遥かに強い奴が、物陰から漁夫の利を狙って息を潜めていないとも限らない。如何に相手の強さを見極めるか。引き際の判断も、この大会のカギとなっていた。


 もちろん、斬れないことはない。舞は今でもそう思っている。だが、勇者を気取ってわざわざドラゴンに死闘を挑んで横からロケットランチャーを打ち込まれた日にゃ、死んでも死に切れない。だから彼女は、飛龍からさっさと戦線離脱した。


 それを花凛は、いとも容易く狩ってしまったのである。これではまるで、自分の方が弱いと言われているみたいではないか。


 気に食わない奴。それから舞は花凛を敵視するようになった。二人は顔を合わせれば一触即発の関係になってしまった。


「ままま、二人とも落ち着いて」

 泥梨がにへらと笑みを浮かべて手を振った。


「せっかくこうして知り合えたんだし、仲良くしようよ。二人とも僕の大事なお客様じゃないか。別に徒党を組んじゃダメってルールもないんだしね。ここは美しく手を取り合って……ホラホラ、そんなに怒っちゃ、花凛ちゃんの美しい顔が台無しだよぉ〜!」 

「気持ち悪ぃんだよオッサン!!」

「ん? どうしたの宇喜多クン、顔を真っ赤にして。嫉妬かい?」

「ちげぇわ! ちっげぇわ!! 依怙贔屓野郎が、自惚れんのも大概にしやがれ!」

「弱い犬ほど良く吠える……」

「あ”!?」


 舞が花凛に今にも噛み付かんばかりに牙を向いた。花凛は眉ひとつ動かさず、舞の目を見返した。両者にらみ合い、その間を、バチバチと見えない火花が飛び交う。


「……命がけの大会だ。人のことをとやかく言うつもりはないが。正直貴様のやり方を、私は快く思っていない。噂は耳にしているぞ。残虐で、慈悲の欠片もない幽鬼(ケモノ)がここらを彷徨っている、と……」

「おーおー、珍しく意見が合ったねえ。澄ました顔でお高く止まりやがってよぉ。自分は”他の奴らとは違います”、”正義の殺しをやってます”、ってか? 殺しの道具持って今更良い子ちゃんぶってんじゃねえぞ、この偽善者が!」

「心配しなくても、”悪”がこの世に栄えた試しは無い。そう死に急がなくとも、貴様はこの手で葬り去ってやる……それまで貴様が生きてたら、の話だがな」


 花凛が舞を真っ直ぐ見据えてそう告げた。こめかみに青筋を立て、舞がニヤリと嗤った。


「ハッ。影は形に沿うもんだぜ」

「何?」 

「周りに因縁付けてばっかないで、偶には自分(テメー)の足元よォく見てみな。随分とドス黒いモンが横たわってるじゃねえか」


 舞が花凛の影を踏みつけ、爪先でグリグリと(ねじ)った。


「誰かさんの形に良く似てらぁ、なぁオイ?」

「……フン。相変わらず柄の悪い……」

「何なら今すぐここで決着つけてやろうか? お?」


 とうとう二人のおでこが鈍い音を立てて衝突した。舞が『村正』に手をかけた。花凛もまた目を細め、二つの『正宗』の鯉口を切った。

「まぁまぁ、二人とも」

 二人の間に泥梨が慌てて割って入った。


「ケンカしないで。ここは僕の顔を立てると思って、ね?」


 二人は泥梨を睨み、そして彼の肩に止まっていた謎のクリーチャーを見た。スプラッ太は大口を開けて、はっはっ、と荒々しい息を吐き出した。真っ赤に染まった長い舌を垂らし、まだ食べ足りない、と言った瞳で二人を見返している。


「……邪魔をした」

「ケッ」


 しばらくの沈黙の後、花凛はくるりと身を翻し、その影ごと夕闇へと溶けて行った。その背中に、舞が思いっきり舌を出した。


「仲良くしなよぉ〜」

「だぁってろ!!」


 舞は泥梨を突き飛ばし、肩を怒らせて、花凛とは逆方向へと駆け出して行った。


「……参ったね、全く」


 公園に一人取り残された泥梨は、苦笑を浮かべ、ボリボリと後頭部を掻いた。側の街道にはポツリ、ポツリと電灯が点き始めている。逢魔刻。スプラッ太が黒羽を広げ、主人の肩の上で大きく遠吠えをした。


「二人には、是非とも仲良くしてもらいたいところなんだけどなぁ〜……」


 ジジジ……と哭く白燈の下で、黒服の男が目を細めた。


「……来るべき大将戦のためにも、ね」


 何やら意味深にそう呟くと、死神は商売道具の黒いスーツケースを抱え、通りかかった警察官に『銃刀法違反』で現行犯逮捕されていった。

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