英雄と無能勇者〜ざまぁその2〜
「ごめん、まさかあんなに凍ってるとは思わなかったんだ」
「いいですよー、どーせ可愛いルキちゃんと楽しく会話してて私の事なんて忘れていたんですよね?そうです私はニース様をお護りする鎧、壊れたってどうなったっていいんですからね!……ぐすん」
「わかったわかった、これからは気をつけるから!ウルは寒さに弱いなんて知らなかったんだよ本当に!」
「ま、私も今知りましたからねー、熱さは排熱装置があるのである程度なら耐えられますが寒さには極度に弱体化するようです。力を取り戻せばどうにかなるかも知れませんが……私も気をつけます」
「そうだね、すぐ側に温泉が無かったらそのまま凍死していたし」
「本当ですよ!温まったり冷やされたりでおかしくなりそうでした!」
何とかウルを宥めながら家に戻る途中、真紅の国衣に身を包んだ男に呼び止められる。
どうやら国王が急用があるとのことで蒼皎姫を探しているようだった。
「行きますか?」
「まぁ、とりあえずはね」
家の中で蒼皎姫に変化する。
「ルキは留守番頼むよ」
「わかったわ、パパもママも気をつけて」
そうして俺はウルと共に国王に謁見するべく城に向かった。
◇ ◇ ◇ ◇
城に着くと、いきなりユガから頼み事をされる。
「蒼皎姫殿、急で申し訳ないのだが残党魔族討伐に参加して頂きたいのだ。魔族には未だ四魔皇が逃げ延び人族に多大な被害を与えているのだ」
(四魔皇?なんですそれ)
(魔王と同等の力を持つ4人の魔族だよ、僕達が一瞬で魔王を倒したから出る幕は無かったけど)
「魔王の後継者と言われる彼らがいる以上、魔族は再び復興するだろう、それをどうか止めて頂きたいのだ」
「あの、それならイグニス兵士達が対応すれば良いのではないですか?」
蒼皎姫が至極真っ当に突き返す。
「我らがイグニス兵は強者であり何度も挑んではいるのだが生きて帰ったものはいないのだ。だが蒼皎姫殿であれば必ず倒せると確信している」
(ニース様、どうします?)
(ウルはどう?)
(余裕に決まっているじゃないですか!でも、ニース様はあまり乗り気じゃなさそうですね。私ものんびり温泉につかりたい気分なんで断りましょうか?)
頼られっぱなしというのもいいように使われてている気がするけど、それでも苦しんでいる人がいるのは事実。
黙りこんでいるのを見てユガは口を開く。
「蒼皎姫殿に頼り切りと言うのも申し訳ないと思っている。そこで我らの勇者が名誉挽回を兼ねて同行させて頂きたく思う。蒼皎姫殿の弟子であるニース殿を偽勇者と言いふらした無礼を働いた此奴を許すことは出来ないと思うが……おい、入れ!」
(ニース様、もしかして)
そんな奴は僕の知る限り1人しかいない。
扉を開け、入ってきたのは……バディア達だった。
◇ ◇ ◇ ◇
世界全体に目を向けると、魔族が人族をどれだけ追い詰めていたかよく判る。
人族の国は多数あるが、10万人以上の大国と言われている国はオーヴ大陸の四大帝国のみだ。
数千年前からそれは変わらず、四大帝国の周囲は魔族の小国、人族の小国や集落が点在するという状況だ。
「ニース様は物知りですね!」
「いや、これは常識だよ」
途中で合流したルキと共に今の世の中を帰宅途中ウルに説明していた。
そして結局、僕はユガ国王の依頼を受けることにした。
1番の理由は当然襲われている人を助けたいと言うのだけど、はいと言ったのは僕では無くウルだった。
(ウル、なんで急にやる気出したの?)
(それはニース様を裏切ったあいつらにぎゃふんと言わせたいと思いまして!あの時とってもいい案を思いついたんですよ!!)
(別にいいよ、無駄に関わらないって決めてるからさ)
僕としてはこれ以上関わるのは面倒だったのだけど、ウルはどうしてもぎゃふんと言わせたいらしい。
(でもどうするの?まさか僕が蒼皎姫だとバラすとかじゃないよね?)
(それは秘密です!楽しみにしていて下さい!ニース様を見下すその勘違いを正して真っ当な人間に戻してあげたいだけなんです、私は!)
(本心は?)
(ニース様を裏切ったクソナメクジ野郎に自分はナメクジだと自覚してもらって2度と日の出る外を出歩けないようにしてやりたいですね)
えぐい。
(ニース様、ちょっと作戦を実行するので勝手に動きますね)
僕の家に戻ってきたウルは先に家に入り、そして出てくると蒼皎姫になっていた。
「私は急な用ができました。なのでこれ以降はとっても優秀な私の弟子に依頼を任せるとしましょう。ここで待ちなさいナメク……ではなくバディア。すぐに来ます」
「ちょっと待て、俺が英雄の弟子になるはずだろ!?なんでよくわからねぇ弟子なんかについて行かなきゃならねぇんだ!?」
「黙りなさい、貴方の様な無能ナメクジはまずは超絶優秀な私の弟子から学ぶことを学ぶのです」
「…………くっ!」
ウルの直球の物言いに流石のバディアも黙ってしまう。
「それではニース、魔皇討伐はルキと一緒にお願いします」
「え、蒼皎姫がいない状態で魔皇に勝てるはずが……」
「パパ、私のこと信用してないの?」
「いや、そういう訳じゃないけど」
「ルキならそんな魔皇なんで瞬殺、ニースは私の弟子で最強の力を持っていますから」
ウルが提案してきた作戦はこうだ。
僕が英雄の弟子としてバディア達を連れ、ルキの力で倒すことでバディア達を見返すという作戦と言えるか怪しいものだった。
本当に上手くいくかな?
「パパ、あの男睨んできて気持ち悪いのだけど」
行き場の無い怒りなのだろうか。
無能扱いされているのは蒼皎姫が活躍したせいで、更にその弟子が無能だと追放した僕。
バディアも僕から力を奪ったのにもかかわらず、活躍出来なかったそれが尚更悔しいのかも知れない。
「こんなガキの癖が英雄の弟子、それにてめぇも?何かの冗談か?」
「よくそんなことが言えるわね……ああ成る程、そんなこともわからないから偽物無能勇者なんて言われているのね、理解したわ」
「くっ……」
うん、ルキが言い返してくれてスカっとしたかも。
四魔皇討伐をユガ国王から頼まれたけれど、それはただ倒すだけではない。
それは帝剣の回収だ。
四大帝国それぞれに1つ存在する伝承の『蒼炎と帝剣』に出てくる剣だ。
それは実在していたけれど、実の所全く特別な力は無かった。
バディアも自分の力でどうにかすると豪語し、わざわざ魔族が封印した帝剣を危険を冒してまで取りに行く事は無いと言い放った。
思えば帝剣を取りに行かないと言ったあの時から僕の力を奪う気でいたのだろうか。
「おい!帝剣なんて必要無いって言ってるだろうが!俺の力で魔皇ぐらい簡単に……」
「何負け犬?第一あんたの言葉が信用ならないから国王は私達に帝剣の回収を依頼したのよ、わかってるの負け犬?そるに私とパ……じゃなくニース様に従うのが今回の同行の条件なのはわかってるの負け犬?」
珍しく言い返せないバディアが変だったけれど、すぐに目的地に到着したのでそれ以上は気にする事はなかった。
イグニス国境の魔の咎森。
ウルと最初出会った森だけど今いるのは更に奥深く。
奥に行けば行くほど人には猛毒、魔族には無害の特殊な霧、魔霧に侵されていた。
浄化する方法は1つだけ、魔力を使った浄化だけだ。
「バディアやりなさい、私達が魔力を使うことはないわ」
「黙れガキ、英雄ならまだしも俺に指図するんじゃねぇよ」
「言われたことも出来ないの?本当に使えないわね
……蒼炎!!」
ルキが手から蒼炎を放つと視界を遮る程に濃い魔毒、それが一瞬にして消え去った。
「ルキも蒼炎を使えるの?」
「もちろんよ、生まれた時にパパから貰った魔力分なら使えるわ、パパの娘なら当然よ」
しかし周囲の様子がおかしく、魔霧は更に濃くなって行く。
「ルキ!バディア!僕のそばにきて!」
「指図すんじゃねえよ!空っぽ無能が……よ……」
バディアのすぐ側、そこには巨大な影。
「おい、マジかよ……」
魔霧の中から現れたのは一際身体の長く手足の無いSS級魔族、ジュペンドだ。
長く自由自在な身体はベアウルフすら一飲みし、更に毒が身体の中に入るとその内部から溶かし殺してしまう。
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃい!?」
「ちょ、逃げるな!あんたも少しは戦いなさいよ!」
「む、無理だ!!」
「何言ってるんだよ、僕から奪った魔力があるだろ?」
その瞬間、バディアの右腕が宙を舞う。
「あ、ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!?」
現れたのは1体ではなかった。
10体以上ものジュペンド、その1体がバディアの右腕を切り落とし飲み込んでいた。
「はぁ、た、助けてくれぇ!!」
「何で魔力を使わないんだ!」
「う、うるせぇ、黙って俺を助けろ!!」
全くバディアの思考がわからない。
僕から奪った魔力を使わない理由が本当にわからない。
「とりあえず失血死しないように傷口を焼いて塞げばいいんじゃない?それが治癒魔術で治すか回復薬を飲めばいいだろ?」
「ど、どっちも出来ないんだよ!」
どっちも出来ない?
それは魔術も回復薬も使えないってことだけれど……どうして?
「ニース、私を使って!」
「ルキを?使うってどう言う」
「とにかく!私の胸に左手をかざして!」
言われるがままルキの胸に手をかざすと、みるみるうちにルキが溶け僕の手に纏わり付く様に変化して行く。
その様子にジュペンド達は異変を感じたのか一斉にこちらに襲い掛かってくる。
「思い切りそれを振り抜いて!その槌の名前は……」
ルキが言う前からわかっていた。
そう、この名前は。
「凰金槌!!」
美しい不死鳥が雄飛したかの様な輝く黄金の槌を地面に思い切り叩きつけると、蒼炎が瞬時に広がって行く。
「シャァァァァァァァァァァァァァァァァ!?」
悲鳴が至る所で上がり、そしてジュペンド達は蒼炎に包まれて行く。
いつの間にか立っていたのは僕1人。
その一撃は、全てのジュペンドを消し去っていた。