失われた錬金術
眼が痛い。
それは誰かに攻撃された訳では無い。
ただそう、周囲を直視出来なかった。
「どうだろう?これが我がイグニス帝国の技術者全てを結集して作った王室だ」
ユガに案内された部屋は至る所にゴールドの装飾、この部屋だけのゴールドだけで一生、いや十生は遊んで暮らせる。
そもそも四大帝国がそれぞれ大国になったのには理由がある。
それは四大帝国が四大物質の世界最大の産出国だと言うことだ。
イグニスはゴールド
オーヴァルはオリハルコン
グランディアはダイヤモンド
ミストラはミスリル
四大物質と呼ばれるそれが大量に採掘される各国はそれらを有効活用して大国に成り上がった。
「素晴らしいですね、こんなものがこの世界にあったとは……」
「蒼皎姫殿がお気に召したようで良かった、ゆっくりしていってくれ。もし何が必要なものがあれば遠慮せずに言って欲しい、当然それがゴールドでも喜んでお渡しする」
「はい!!」
(勝手に返事しないで)
(あ、すみませんつい興奮してしまいました)
確かに豪勢な装飾、興奮するのもわかるけど。
(ウル、暑いよ……)
(はっ!すみません!私としたことがニース様を蒸し殺しかけていました!)
大丈夫なのだろうか、この鎧。
とりあえずユガが去った後、誰も見ていないことを確認してウルを解除する。
「さて、これからどうするかな」
「とりあえず情報収集に行きませんか?私はニース様と違ってまだこの国のことをあまり知りませんから」
「そうだね、僕もずっと旅してばかりだったし久しぶりに故郷がどうなったか見てみたいかな」
「ありがとうございます!」
◇ ◇ ◇ ◇
「相変わらずの活気ですねー」
「いや、こんな活気あるのは僕も初めてだよ。魔族との決戦が終結したから当然かもしれないけれどね」
場所は変わり、僕とウルはイグニス城下町の市場を訪れていた。
当然ウルは白スライムの状態。
周囲はお祭り騒ぎ、至る所で蒼皎姫を崇めて祝福していた。
しかしそんな中でも誰一人として僕達の正体に気づかない、悲しい様な嬉しい様な。
「蒼皎姫の中がこんな奴とウルだなんて思わないよね」
「こんな奴なんてそんな!ニース様は可愛くてカッコいいです!」
「ありがとう、お世辞だろうけど嬉しい」
周囲で見られるのは蒼皎姫の中の《《女性》》はどんな人なのかと言う予想だ。
白髪銀目の美少女から黒髪長髪の美女、筋肉質な女性からその予想は多岐にわたっていたが、そのどれもは女性であると言うことだった。
でもこの方がむしろ好都合だ。
誰かを助けられるのならわざわざ正体を明かす必要はない。
と、そんなことぼうっと思っていると誰かにぶつかってしまう。
「あぁ!?……ちっ、前見て歩けやてめぇの目は飾りか!!」
その声に聞き覚えがあった。
そう思い顔に目をやると、そこにいたのは、バディアだった。
あちらも俺に気づいたのか、顔面蒼白になる。
「久しぶりだね、バディア」
「てめぇ!!お前には色々と聞かなきゃいけないことが山程あるんだよ!」
「……なんでバディアがキレてるの?キレたいのはこっちなんだけど。あ、もしかして蒼皎姫様ってバディアのことだったりする?」
蒼皎姫と言う言葉が出た瞬間、バディアの顔が苛立ちのせいか歪む。
「どいつもこいつも蒼皎姫ってうるせぇんだよ!!……それよりもなぁ、お前俺に何かしたのか?」
「何か?何かしたのはバディアの方だろ、僕の魔力を奪った事を忘れた訳じゃないよね?」
「うるせぇんだよ!てめぇの魔力は全て俺のもなん……くそっ、またあいつらか……次会う時は覚えてろよ」
バディアば何故かブチ切れながら、周囲をチラチラと気にしながらお祭り騒ぎの男達の波に隠れる様に何処かへと去ってしまう。
「ニース様、次あいつに会ったら殺していいですか?」
「今はウルの観光でしょ?あんな奴は忘れてほら、もうすぐ着くよ」
「はーい、じゃあニース様がいない所でやりますねー」
そして、やって来たのは街の少し外れにある小屋だ。
ここには大量の古書があり、イグニスの歴史や知識を知るには十分だ。
それにもう1つ、ここにきた理由がある。
「ただいま、って言っても誰もいないんだけどね」
「まさか、ここニース様の家ですか?」
「驚いた?本が読めて寝れればいいと思っていたからね」
外見は古いものの暮らしていくには十分だったし、ウル知識を増やす最低限の本くらいはある。
「いえ、魔獣小屋……すみません失言でした、でも確かにこれだけ有れば十分に知識は得られそうです」
「良かった、じゃあ申し訳ないんだけど僕は寝ていていいかな?色々あって疲れちゃってさ」
「はい!私がお守りしますから安心してお眠りになって下さい、ってもう寝ちゃいました!?」
………
……
…
ふにゃり。
何がが触れる感覚。
うっすら目を開けると、ウルが僕の頬をつついていた。
「どうしたの?」
「あの、これをやってみたいのですが……」
かなり古い本、その表紙には『錬金術真書』と書かれていた。
「錬成をしたいってこと?」
「はい!でもこれはニース様の為でもあるので」
「僕の為?」
「ニース様、今の私はあくまで鎧、先程魔王を消しとばした力は非常に魔力効率が悪くて連発出来ないんです。ニース様は無限の魔力をお持ちですが、それをより効率良く使えるようになれば更に強くなれるはず、それがこの錬金術に詰まっているようなのです」
魔王を倒して正直もうこれ以上強くなる必要はない気もするけど確かにウルの記憶の為にも必要かもしれない。
「でも錬金術は魔術が発展してからは失われた技術なんだ、どうすれば錬成出来るかもわからないんだ」
わかっているのは素材として四大物資が必要ということと、専門知識、膨大な魔力、そして英雄の蒼炎が必要……ん?
「まさか、ウルは知識がある?」
「はい!錬成に必要なエネルギーもありますからね。後は素材で金属や鉱物があればいいのですが……」
「それなら有り難くゴールドを貰おうか」
イグニスは世界最大のゴールド産出国とは言え、その価値は片手で持てるくらいの量で家一軒は簡単に買える程度、あまり大量に貰うことは出来ない。
「必要な分だけ貰ってどうする……って、何?」
ウルツァイトはじっとこちらを見つめてくる。
「ニース様、それなんですか?」
それとウルツァイトが見つめているのは僕が持つ本の表紙、そこには虹色の硬貨が描かれていた。
四帝貨それはゴールド、ダイヤモンド、ミスリル、オリハルコンを特殊な方法を経て作成され、それは1枚でゴールド100キロ分にも相当する。
量的には価値はないものの、その技術に価値があると言ったほうが正しいだろう。
「これさえあれば何でも手に入れられる硬貨みたいなものかな、でもこれも錬金術で作られてるから今は作れなくて僕も実物は見たことないんだ」
ウルはじっと表紙を見ると、ぶつぶつと何か独り言を話していた。
「すみません、少しだけ……うん、なるほど……ニース様、これなら作れますよ」
「馬鹿言わないでよ、それをつくるのに十世錬金術師が10人が1年かけて作るもって言われてるんだから」
「なら私にその四帝貨の素材を渡してください!全く同じ物を作って見せますから!!」
そう言うとウルツァイトは少し怒ったような口調で言い返してくる。
「ちょっと待ってて……四大物質なら少しずつならあるはず」
家を漁り、何とかかき集めた四大物質をテーブルの上に置き並べる。
「さて!準備完了です!!」
ふと僕がウルを見ると、ウルは真っ白な半円形の何かに変わっていた。
「何してるの?」
「何だ、って炉ですよ炉!錬金術師に必要不可欠なんですよね!?」
「それはそうだけど……」
ゴールド、ミスリル、オリハルコン、ダイヤモンド。
錬金術は元々四大物質は世界のあらゆる物質に変化させることが出来ると言う発見から始まった。
オリハルコン1gは水1Lと錬変することができ、ミスリル1gは空気1L、ゴールド1gは1日燃え続ける火炎、そしてダイヤモンド1gは1kgの土だ。
そして錬金術に必要なものが3つ。
錬成炉、知識、そして素材だ。
つまり、僕には知識がない。
どれくらいの量のミスリルとダイヤモンドで剣が出来るか、鎧が出来るか、紙が出来るか、回復薬が出来るか。
錬金術が失われた技術である理由は膨大な知識を有している天才しかなれないからだった。
一方魔術は魔力があれば誰でも使えるものだ。
錬金術が基になっているらしいけど詳しくは知らない。
「大丈夫ですよ!面倒なことはこのウルにお任せ下さい!」
そう言うとテーブルの四大物質を吸い込んでしまう。
本当に出来るのだろうか?
「解析、完了です……んえぇぇ!」
数秒して、からんと吐き出された小さな何か。
虹色に輝くそれは間違いなく、四帝貨だ。
「どーですか!これで一躍大富豪です!私の力とニース様の力が合わされば何だって出来るのです!」
これならありとあらゆるものが自由に錬成出来ることになる。
「これで大金持ち……なんでもやりたい放題……」
「ニース様、目が怖いですよ?それよりニース様、窓開けっぱなしですよ、無用心ですねぇ」
「え、僕開けた覚えないんだけど、ってうわっ!?」
素早い逃げ足で小柄なそれはあっという間に僕の手から四帝貨を奪うと姿が見えなくなる。
「…………」
「何ぼうっとしてるんですか、ニース様泥棒です!追いますよ!」
四帝貨が出来るなんて現実味が無さすぎてぼうっとし過ぎていた。
でも泥棒は信賞必罰、少し痛い目に遭って貰わないとね。