第五話 大魔族
「助太刀、させてもらいます」
「……助かる。あやつ相手では勝てるかわからぬのでな。しかし、徒手空拳で大丈夫なのか?凄まじいまでの実力があるというのはなんとなくわかるが……」
「武器はなくても良いかと。しかし、念の為に槍をお貸しいただけると助かります」
骸骨を素手で触りたくないのが本音だ。
あいつの骨は人骨なので忌避感がある。
主上の目配せによって、近衛の一人に槍を投げ渡された。
「……ふぅぅぅぅ〜〜〜」
槍を半周くるりと回してから、穂先を地面に突き刺し少し特殊な呼吸をする。
へその辺り、丹田に力を込めるようなイメージ。
特殊と言っても超能力的なものではなく、普通に前世にもあった。余計な雑念を取り除き、集中力をアップさせるおまじないのような一連の動作。
遊佐明(俺)はやったことのない、妄想すらしたことのない動作のはずなのに、気づいたら自然と行っていた。
さっきからたくさん隙があるのにヘキナスが動かないのは、下手に動いたらその瞬間に主上に殺されるからだった。
『達人同士の勝負は一瞬』なんて常識はこの世界にはないが、主上はそれを可能にするスキルを持っていた。
そしてそれをヘキナスは知っている。
主上の持つ他の有用スキルもだいたい把握済み。
主上の方はヘキナスという個人を知っているわけではない、ただ特に強大な暴力性を秘めた魔族であるということを理解しているだけだ。
そして、そこまで情報面でアドバンテージがあるのに、ヘキナスは負ける。
この年代のシナリオで開始すると、1〜5日目が経過した直後にイベント発生の報告が来るので、『時報』、『いつもの』、『上級(笑)』なんてあだ名をファンに付けられ、カルト的な人気を誇っている。
自分も好きだ。ネタ的な意味で。せっかく関われたので正直殺したくない。
幸い俺にはサマナー系のスキルもある。
以前見たときはスキル欄は省略されていたが、あれから時間があるときにじっくりと見た結果、それなりのランクで持っていることが判明した。
こいつは主上を暗殺しようとした大罪人という扱いになってしまうが、この世界観においてはかなり上位に位置する戦力なので、飼い慣らせるんならスカウトするのも許されると思う。
ネタキャラなのに普通に強いし、もっと役立つ使いみちもあるってんだからたまらんな。
べつに、この国の国教である『神聖神法典』は魔族撲滅や妖人差別を謳っているわけじゃないからな。
現在は魔族とは敵対しているから憎悪が大きいだけで。
明らかに後世で作り出された部分であろう教義を持ち出して人類至上主義を謳う宗教キチもいるけど、ごく一部の阿呆だからほっといていい。
最悪政治的に排除すりゃいいだけだ。
というわけで仲間に勧誘することにするか。
「……ヘキナス、私の門下に入る気はないか?」
「ほう?大魔族である私に対して勧誘をかけるとは……あなた、正気ですか?」
ヘクナスが面白そうに喉を鳴らしている。
……これは多分好感触だ。
「勇者殿!まさか寝返る気でございますか!?」
「勇者メルロンディア、お主はなにを……いや、信じることにしよう。邪悪は感じない」
近衛の人が俺の裏切りを警戒しているな。
まあ、いきなり大魔族相手にこんなこと言い出したらトチ狂ったか、裏切ろうとしているのか?なんて思うだろうし気持ちはわかるよ。
主上が俺のやろうとしていることを認めたので、近衛の人の敵意は収まった。
ただ、警戒は緩まっていない。
気にせず会話を続けよう。
「至って正気。……貴殿は魔王軍に不満があるのだろう?」
「はっはっは、何かと思えば……。それは、組織に勤めていれば不満の一つや二つでてきますねぇ。ですが、その程度の感情を理由に裏切るなど、組織人失格でございましょう」
明らかに心がこもっていない。こりゃ不満は噴出しかけてるな。
こいつの性格と素質に魔王軍はあっているとは思わない。
「そうかな?昔から言うではないか、主従関係は御恩と奉公の建前あってこそだと。……割に合わぬのならこちらに付いたほうが得だぞ?」
「くくくく、我が子爵家は400年前の魔王様に引き立てられた身。恩はまだ返せておりませんので、そう節操なしには動きたくないんですがねぇ」
人間の国ではそんなことないが、魔族の住む大陸においては影働き、スパイ活動は邪道とされている。
力こそ正義!な人種が多いので、蔑視されるのもむべなるかな……。
事実、戦闘で戦略をひっくり返せるこの世界ではあながち間違っている理論ではない。
特に魔族側には強者が生まれやすいし。
んで、ヘキナスはそんな中に生まれた異端児だ。
今の世界では人間側の大陸に実力のある魔族は入ってこれないようになっているのだが、陰陽皆伝というスキルを使用することによって世界の認識機能をも騙し、人間界への侵入も可能としている。
他にも特徴のない顔の人間、妖人、魔族に化ける『普人偽装』、足音などの音を消し、気配を断つ『音無忍』などの有用スキルを使用可能。
だが、魔族特有の力こそ全てな風潮のせいで、彼は正当に評価されていない。
戦闘自体の実力も相当なものなので、地位自体は高いほうなんだけど不満はたまりに溜まっているようだ。
ヘキナスが求めているものは地位じゃないんだよ、地位じゃ。
こいつが求めている仕事はスパイ活動、影働きだ。護衛でもいいかもしれない。
自分の能力を最大限に活かせる仕事をしたい、ただそれだけなんだ。
「いやいや、貴殿ともなる大魔族が、大隊長の代理など……魔王殿の見る目は腐っているとしか思えないな。個の強さに頼りきり、諜報・流言と言った、より状況を容易く動かすためのチカラを軽視するなど……くくく、腹が痛い」
なんてことを偉そうに言っているが、俺がプレイしたのは魔王ルート派生や勇者ルート派生ばかりだ。
そしてそれらに一番重要なのは個の力。
ぶっちゃけ諜報や流言なんてのは二の次、三の次。
当然、あるとないとでは難易度は変わってくるし攻略も容易になるが、なくても良い要素だ。
操作にかかる時間がめんどくさかったため、自分は無視しまくっていた。
中には流言大好き♡闇討ち大好き♡なプレイヤーもいたが、自分の場合は好き好んで使わなかった。
なので、俺はバカにしている魔王と同類なのである。
悲しい。
行動理由はちょっと前に言ったように、単に(ネタ的な意味で)好きな人物を死なせたくなかっただけだ。
「きひひひ、我が組織を貶すのはやめていただきたいですなぁ……くひひひひひっっっ」
よし、『バッチリ意気投合』モードに入った。
ここから直接的な交渉に入るんだよな。