6.侯爵家
「お嬢様、綺麗です!」
赤いドレスを身に纏った私にイダが目をキラキラさせて誉めてくれる。
「ありがとう……でも何か照れちゃうな」
あの日から五年が経った。
私は十九歳に、カレルは十六歳、イダが十五歳くらいになった。
イダは私の侍女に、カレルは私の護衛になった。
結局ジルは屋敷を飛び出したあと帰ってこなかった。私は自分のエゴを押し付けてしまったのかと悩んだが、イダとカレルがルイの気持ちとても嬉しいよ、ありがとうと言ってくれたので少しだけ心が軽くなった。
それから私は貴族のマナーを朝から晩まで勉強した。最初のうちは男言葉が抜けなかったけど、お母さんと過ごしてた時のことを思い出して少しずつ女言葉に戻っていった。今でも怒ったりするときは思わず出ちゃうんだけどね。
イダも先輩侍女についてずっと私の世話をしてくれて、やっと最近一人前と言われたと嬉しそうに話してくれた。
カレルも最初のうちは怪我ばかりしていたので心配して護衛なんて辞めさせたかったが、僕が二人を守りたいからなんて言われたら無理矢理辞めさせることなんてできなかった。
二人とも今まで通り話して欲しいと言ったけど、普段から使ってないと咄嗟の時に対応できないからと常に丁寧な物言いになってしまった。寂しかったけど、二人が決めたことだから反対はできなかった。
「あら、本当に綺麗よルイーゼ」
部屋にお義母様とお義父様が入ってきた。
当初は警戒しながら二人に接していたが、二人とも本当に親切にしてくれた。屋敷の人も平民の私に対して嫌がらせなどを一切せず本当にこの屋敷の娘のように接してくれた。
「ありがとうございます。でも緊張します……」
今日は初めての社交だ。普通は十六歳には社交界デビューをするが、私はまだ完璧な作法ができていなかったので三年遅れになった。
「大丈夫よ。あなたのマナーは完璧だもの。ねえ、あなた」
「ああ、そうだよ。自信を持ちなさい。……ただ、これだけは覚悟しておいて欲しい。ルイーゼのことを悪し様に言う者もいると思う。平民のことを多くの貴族は蔑んでいるのが現状だ。だが、そんな些細なことを気にしない者もいるんだ。そんな人と知り合えることを私達は願っているよ。……私たちの我が儘でルイーゼには苦労をかけてしまうのが本当に申し訳ないと思うよ」
お義父様が悲しげな笑顔を見せてくるので私は心からの笑顔を返す。
「私はグループのリーダーをしていたくらいですよ。強いですから大丈夫です。……私はお義父様とお義母様に娘にしていただけて本当に感謝しています。きっと素敵なお友達をつくってみせます」
「ああ、友達ができたら是非屋敷に連れてきなさい。楽しみにしているよ」
「はい」
パーティー会場に向かう馬車の中でイダがドレスを繁々と見てくる。
「後で着てみる?」
こそっと言うと嬉しそうに首を横に振る。
「いいえ。私は侍女ですから。見て、触らせていただけるだけで充分です」
私は何を言っていいか分からずに黙ってしまうと、カレルがイダの頭を撫でる。イダは「もうっ」と怒るが、耳が赤くなってる。
「俺が買ってやるよ。そんな高いものは買えないけど」
照れてるのかイダの顔をチラチラ見ている。イダは大きくうんうんと頷く。
「私……カレルが買ってくれる物なら何だって嬉しいよ……」
その言葉で二人とも赤くなって俯いてしまう。
私はその二人を微笑ましく見守る。カレルがイダのことを大切にしているのは昔から知っていたが、イダも満更ではないようで嬉しくなる。もし二人が結婚したら一杯祝福をしようと思った。