5.取り引き
「お前に貴族の知り合いなんていないだろ?」
ジルの言葉に、何て返事をしたらいいのか黙るとジルが腕を掴んでくる。
「お前、変なことに巻き込まれたりしてないよな? 何かするとか約束してないよな?」
「それは……」
「したんだな!」
ジルの顔が怒りで歪んだ。俺はなんて答えたらいいのか分からず目線を下げてしまう。だってその通りだから。でも、イダを見捨てるなんてできないだろう? そう言おうとした時声が聞こえた。
「少し良いかしら?」
振り返ると女が立っていた。
「何だよ」
ぶっきらぼうに答えたジルに、女は意に介さないで話を進める。
「まだ約束はしていません。今から話すのですから。ここで騒ぐのはその子に良くないでしょう。隣の部屋に行きましょう」
カレルはイダの側にいると言うので、女と俺、ジルで隣に行く。そこには既に男もいた。
椅子に座ると紅茶が用意される。
「ありがとう……ございました」
感謝には誠意を持たなくてはいけない。辿々しく頭を下げてお礼を言うと二人は微笑んだ。
「本当に良かった。あの子の体調が回復するまで家にいるといい」
その言葉に喜びそうになる自分を抑える。何故なら約束がどうなるか分からないからだ。それと引き換えに……という話なら困る。俺がいなくなったら三人はどうなるのか。それを確約してもらわなければ。
「……約束のことだけど」
「私達はただ人助けをしたつもりだ。これを交換条件にするつもりはないよ」
「交換条件ってなんだよ。お前らルイに何をさせようってんだよ」
ジルが威嚇するが二人は気にした素振りは見せない。
「俺がこの人達の娘になるってことだよ」
「は? 娘?」
「あの、俺はそのつもりで頼んだんだ。だから俺はあんたたちの娘になる……それでいいか?」
「ああ、君がそれで納得するなら是非娘になってほしい」
俺が娘になるだけじゃ駄目だ。俺は断られること覚悟で頼み込む。
「さっきあんたらは交換条件にするつもりはないっていったよな。だったらもう少しだけ俺の条件を聞いてくれないか」
「……言ってみなさい」
「……ジルとカレル、イダを屋敷に置いて欲しい。俺の家族なんだよ」
ジルが息を飲む音がした。
「そうか……」
男はジルを見て考え込む。
「……家族としてはできない。だが、使用人としてならその条件を受け入れよう。もちろん給金も出る。どうかね」
「ああ、そうしてくれ!」
それなら金を稼ぐこともできる。ここの屋敷の使用人は身なりも良かったから食事で苦労することもないだろう。それに何かあれば俺が助けてやれる。
しかし突然ジルが大きな音をたてて立ち上がる。
「ふざけんなよ! 俺はお前のお情けでぬくぬくと暮らすなんてごめんだ!」
ジルの言葉に驚いている間に、ジルは部屋から飛び出してしまった。
「ジル! 待って!」
ジルを追いかけようとするが「ついてくんな!」と言う言葉で足が止まってしまう。
ジル……。どうしてあんな悲しそうな顔をしてたんだよ。分かんないよ……。
もう一度追いかけようとするが、イダとカレルをここに残して行くことが心配で足が進まない。佇んでいるとカレルが部屋からでてきた。
「どうしたの? ジルは?」
その言葉で涙が出てくる。久しぶりの涙だった。
「俺のせいでジルは出てっちゃったよ……」
俺は先程の約束をカレルに話した。
カレルは悲しそうな顔をしたあと、僕はルイとイダのいるところに居たいよ。と言ってくれた。