75話目 ナンバーツーの苦労
夜、ラーヴァの大通りにある新店舗『RENSA』の2階にある応接室には、ラーヴァに残ったメンバーが揃っていた。
シリウス、アルタイル、ベラトリックス、スピカ、ツィーの5人である。
5人は応接室で机を囲み、それぞれ腕をくんで難しい顔をしている。まず始めに静寂を破ったのは、シリウスだ。ぼそりと呟いたその言葉は、メンバーの総意でもあった。
「……零史、の仕業だよな?」
「じゃろうのぉ……」
半目で呆れた声を出すシリウスに、アルタイルが同意する。二人の視線の先にある机には、ラーヴァの騎士団から届いた、報告書の写しがあった。
今日の夕刻、ラーヴァ騎士団の国境警備が……「遠くのジヴォート帝国側の空が明るく光った」のを目撃したそうだ。「その後、小さな揺れが起こった」とも。光と揺れの関連性は今はまだ解明されていない。……とされているが。
異常現象と聞いてRENSAメンバーが真っ先に思うことは、我らが聖霊様がまた何かしたのではないか?少なくとも、何かしら関わっている可能性が高いだろうと言うことだ。いったい今朝のジヴォート帝国出発の報告の後、何が起こったのだろうか。
帝国内で襲撃を受けた事は、通信機による報告で聞いていたが、未だに誰からの刺客だったのかは分からないでいた。それがここに来て2度目のハプニングである。
街中で襲われた事について、零史は『ジヴォート帝国で噂されていた科学者を狙う刺客だろう』と思っているみたいだったが、シリウスの意見は違う。
入るのがの難しいポッハヴィアの街だ、普通なら零史の言うように、科学者を狙ったジヴォート帝国の刺客が1番可能性が高い。もしジヴォート帝国以外の刺客なら、わざわざ入るのが面倒なポッハヴィアで襲うより、出てきた所を襲った方が楽だからだ。
シリウスは、まだ答えの出ていない問題を解説するように、歯切れ悪くポツリポツリと呟いた。
「なぁ、ポッハヴィアで零史を襲ったのは……ルカー王国の刺客とは……考えられないか?」
その言葉に、ベラトリックスが小首をかしげる。
「ルカー王国のぉ?潜入困難なポッハヴィアで?……しかも『人間』としての零史は殺される理由がなぁいわ。キャタピラ考案者としての誘拐ならわかるけど」
「零史じゃなくても良かったら?ポッハヴィアに来たガラヴァ聖信国の人間なら誰でも良かったんじゃないか?」
ジヴォート帝国が殺した。そう思わせる為にわざわざポッハヴィアの街中での襲撃なら?ガラヴァ聖信国から訪れていた人間が、ジヴォート帝国の刺客に殺される。動機としては弱いが、戦争の引き金には出来る。
「つまりぃ、『あのポッハヴィアで襲われたなら、ジヴォート帝国の仕業だろう』って誰もが思う。そう思わせたいってこぉと?」
「聖信教にルカー王国のスパイがいるなら、少し弱いかもしれないが戦争のキッカケに出来るんじゃないか?」
胸くそ悪い、と顔に書いてあるシリウスに、アルタイルがポンと手を打った。
「なんと、大正解かも知れんぞシリウス」
「あぁ」
「……じゃが『誰でもいい』訳では無かったのではないか?」
「というと?」
「今、聖信教にはレグルスが行っておる」
「レグルス?」
「そうじゃ、『救世主の友人』がジヴォート帝国に殺されたとなれば『救世主』も黙ってはおれんじゃろ」
「なんっ……!胸くそ悪ぃ奴らだ」
ただの一般人が殺されただけなら、民衆の心を動かすのは時間がかかる。しかし、聖霊の加護を受けた『救世主』が広告塔に立って民衆をあおれば、容易に戦争を起こせるだろう。
民衆から見て、正義(救世主)の敵は悪だからだ。
スピカが1歩前へ踏み出して、皆の顔を見上げた。
「ってことは、この報告の光もルカー王国の刺客と関係が?」
「ポッハヴィアでは失敗したが、ジヴォート帝国にいるうちに、と思ったのかもしれんのぉ」
今すぐにでも走り出したそうにしているスピカを、アルタイルが軽く手で制した。
見ると、隣に居るツィーもソワソワと落ち着かないようだ。
「そんな!大丈夫かしら……まさか、死んだりしないわよね」
ツィーの言葉で、スピカから表情が無くなった。
「お兄ちゃんが死ぬなんてありえない!ありえないありえないありえないありえない!!」
ツィーを真顔で追いつめるスピカに、全員が1歩下がる。
「分かってるわよ、私が心配してるのは……ル、ルディの方!」
「そう……なら良かったルディも絶対零史お兄ちゃんが守ってくれてるから大丈夫だよ」
「……そ、そうよね」
真顔から一転、満面の笑みのスピカに、ツィーはそこはかとない闇を感じて顔色を悪くしているようだ。いち早く我を取り戻したシリウスが全員に声をかける。
「とにかく無事なら連絡がくるはずだ。オレたちは……待つしかない」
5人は頷きあうと、視線を机におとす。気持ちばかりはやり、何も出来ない焦燥感をつのらせていた。
そこへ、鈴の音が響く。
【リーン♪】
音は、シリウスの指輪から聞こえてくる。
「零史か!?」
【……リゲルです。零史じゃなくてスミマセンね】
通信は、ラーヴァ騎士団からレグルスの御供として皇都に行った、リゲルとシャウラからだった。リゲルはラーヴァ騎士団にあった黒電話型の通信機を皇都へ持っていっていた。
「あ、いや、すまない。皇都でも何かあったのか?」
【私とシャウラの泊まっていた宿が夜中、聖騎士に襲撃されました。状況から見て、救世主の言うことを聞かせる駒にしたかったのでしょう】
「聖騎士じゃと!大丈夫じゃったのか?」
【宿の部屋番号を間違えて報告していたので助かりましたよ。今は皇都の端にある空き家に身を隠しています】
「なんと」
【それで「皇都でも」と言うことは、そちらでも何か起こったんですか?】
「それが……」
シリウスは、ポッハヴィアで零史とルディが襲撃されたこと。そして、ジヴォート帝国の空が光った事の事実だけをリゲルに伝えた後、先程立てた憶測を伝えた。
「……オレたちの想定より、聖信教にとっての救世主は必要みたいだな」
【……ふん、なるほど。お陰でこちらにも状況が見えてきました】
便利な通信機があるのに、情報が足りない状況に苛立つのはしょうがないだろう。シリウスはぐっと怒りをこらえるように眉間に力を入れた。
「レグルスから連絡は?」
【まだです……昨日、団長が教皇との謁見をした後、まる1日経っても連絡が来ませんでした。事前に立てた作戦では、まる1日連絡が来なければ緊急事態として皇都から脱出するようにと言われています】
「レグルスは捕まったか……」
【これで、聖信教にスパイが居るのは確定ですね。あの団長が簡単に相手の言いなりになるとは思えません。おおかた聖信教の要求を突っぱねて拘束されているんでしょう】
聖信教に行けばかなりの確率でこうなるのではないかと予測していたが、国のトップからの召喚に、騎士団長が応じない訳にもいかなかった。当たって欲しくない予測が当たってしまったということだ。
シリウスは重くなる頭を片手で乱暴にかいた。
「聖信教の中では、スパイが救世主へ、下手に手は出せないだろうが……」
【大丈夫でしょう、たとえ多少痛め付けられても団長ならきっと飄々としてますよ。なんせお上品な皇都とは違って、ラーヴァは国境の街ですから。鉱山のゴロツキもよく相手にしてますし】
通話からリゲルが冗談めかして肩をすくめているのが分かった。
ベラトリックスが考えるように自分の輪郭を指でなぞりながら言う。
「レグルスが数日は稼いでくれるとしてぇ、リゲルは皇都から脱出しなぁいの?」
【こちらの情報は通信で伝えたことですし、どうせなら聖信教に潜り込めないか探る事にしますよ。いま1番欲しいのは聖信教内部の情報です。あの団長は、たぶん監視されていて連絡が取れないんでしょうし】
「あらぁ、団長の命令に背くなんて悪ぅい子♡」
【おほめいただき光栄です。おおかた団長を閉じ込めている枢機卿がスパイでしょう。証拠さえ掴んでしまえば、スパイを突き出す事で戦争は回避出来ます】
正直、皇都に残るのが1番危険だろうが、リゲルの申し出はありがたい。聖信教内部の情報はそのままルカー王国の情報にも繋がるだろう。
ぐっと眉根を寄せて話を聞いていたスピカが、両手を握りしめて皆に問いかける。
「それで、私たちはいったいどうすれば良いの?」
【ルカー王国が狙ったのがたまたま零史だったのは幸運でしたね、ドラゴンですら殺せない男ですよ……『戦争のキッカケ』にはなり得ません】
はっと息を飲んだシリウスが言葉を続ける。
「大変なのは、零史がラーヴァに戻ってからってことか。相手が零史を諦めて、オレたちの誰かにターゲットをうつしたら……」
【えぇ、ドラゴン討伐以前からRENSAとは交流が密だった。スパイから見て、レグルスの言うことを聞かせるには最適でしょう】
「お前もな、リゲル。シャウラも」
【分かっていますよ】
軽く返された返事に混ざる緊張が、伝わってくる。リゲルもシャウラも覚悟はしているらしい。
「んふふ♡じゃぁ、零史と合流したら、ベラたちも皇都に行きましょ!」
突然割って入った明るい声が、空気を変える。
【何を言っているんですか!?皇都は危険です。わざわざ敵の懐に来なくても……】
「ラーヴァだって危険には変わり無いわぁよ」
「そうじゃのぉ、久しぶりに皇都に行くのも良いかもしれんのぉ」
【アルタイルさんまで!?】
「まぁ、お店もあるから全員は無理だけどぉ、助けは必要でぇしょ?」
【うっ……それはそうですけど】
「じゃぁ決まぁり♡聞きたいことは聞いたし、ばいばーい」
【え、ちょ……ベラトリッ……【リーン♪】
ベラの手によって通信は切られ、シリウスの指輪はリゲルの叫びを最後に沈黙した。
「「「「……」」」」
「そうと決まれば、零史に早く帰って来てもらわなぁきゃ♡通信機、通信機ぃ~♡」
更新再開しました。
大変お待たせしました、またぼちぼち更新していくので、宜しくお願い致します。





