74話目 結晶(クリスタ)
「君は街の人々からも好かれる、良い騎士団長だな……中でも『零史』という男とは、個人的な接触もしているようではないか。数ヵ月前に突然ラーヴァに現れた男と?しかも、森の盗賊を生け捕りにする程強いのだろう?」
「……正確には、零史が一人でウェズンを捕らえた訳では」
何故いきなり零史の話を出したのか、レグルスはハダン枢機卿の思惑が読めず顔をしかめる。
ハダン枢機卿は怪訝なレグルスの様子を見て笑みを深めると、まるで世間話をするような気楽さで零史についての話を進めた。
「なんでも、ラーヴァで調査官をはじめ、今は貿易で有名なエルナト商店にも属しているとか。……国内外を自由に渡り歩ける職種を、わざわざ選んでいるみたいではないか?」
「広い世界を見たいと思うのは別におかしくない事だ……」
「しかも今はジヴォート帝国に居るのだろう?聞けば、ポッハヴィアの内部に入ったそうじゃないか。国民以外がポッハヴィアに入る許可は、王族か限られた貴族しか出せない」
ハダン枢機卿はいったいどこまでの情報を得ているのだろうか。アルナイル殿下とのことは?零史の正体は?
ニヤついたハダン枢機卿の笑みがレグルスに嫌な汗をかかせる。
「何が目的で零史を調べたのか知らないが、彼はごく普通の青年だ……」
「はたして本当にそうなのか?たまたまラーヴァに来た腕のたつ青年が、たまたま騎士団長と懇意になり、たまたまエルナト商店で働き、たまたまポッハヴィアへ入れたと?ごく普通の青年が、たった2ヶ月ほどで?」
「何が言いたい」
「私はね、こう思っているんだよ。彼は……ジヴォート帝国の間諜なんじゃないかとね?」
どの口がその言葉を言っているのか。スパイというなら、正しくお前だろう。あまりの茶番にレグルスは言葉を失い、呆然とハダン枢機卿を見た。
その様子を、ハダン枢機卿はどう勘違いしたのか我が意を得たりと、得意気になっているようだ。
「……事実無根だ!」
「いますぐその男を捕らえなければ。そうは思わないかね?」
「零史を人質に取るつもりか?」
「馬鹿を言うな、人質なんて非道な事するわけがないだろう?しかし、私がスパイだと言えば、その男はスパイと誰もが思うだろう。一言指示を出せば直ぐに殺せる。君の態度次第では、未来ある青年に死んでもらうかもしれないなぁ……」
「……っ!!」
零史を殺す……と言ったのか?この男は。
レグルスは込み上げる笑いを必死に噛み殺し、眉間にぐっと力を込めた。必死に肩が震えないようにするが、バレていないか心配だ。
零史のあの圧倒的な能力を思い出す。たとえラーヴァ騎士団が全員でかかっても敵いそうにないほどの能力を持つ聖霊。……そもそも聖霊に『死』の概念はあるのだろうか?
だからこそ、ある意味助かったとも言えるだろう。もし、ここで上がった名前が『零史以外の名前』ならば、レグルスはここまで落ち着いてハダン枢機卿に対峙する事は出来なかった。
「強情な奴だ……まぁよい。考える時間をやろう。適当に縛って例の部屋にぶちこんでおけ。忘れるなよ、お前のお友達の命は私が握っておるのだ。大人しく飼われているんだな」
「なっ……おい!まだ話は……!」
ハダン枢機卿は、飼い犬に命令するように手をヒラリとぞんざいに振った。
すると、レグルスは聖騎士たちに連れ出され、人気の無い廊下を進み、厳重な扉で守られた部屋へと押し込められたのだ。
ご丁寧に部屋の四隅には結晶が埋め込まれていた。
「ここで大人しくしていろ」
……何とか情報は引き出せた、か。
レグルスは、ふーと息を吐いて分厚い扉を見る。素手で破る事などできないその金庫のような扉は、守るというより閉じ込めるのが目的のようである。
今すぐ危害が加えられる事は無いだろうが、同行してきたリゲルや、ラーヴァが心配だ。このまま大人しく捕まっているのは性分じゃない。
レグルスは部屋を見回す。試しに手のひらに炎を灯そうとすると、魔力がスッと奪われる感触があった。四隅にある結晶によって、魔法を封じられているようだ。まさしく救世主を捕らえる為に用意された部屋……。腕輪無しで入ったらひとたまりも無いだろう。ハダン枢機卿は、最初からレグルスを飼い殺す気だったのだ。
レグルスの戦闘スタイルは剣で、魔法は補助程度にしか使っていない。腕に自信はあるが、さすがに聖騎士相手に魔法無しで戦いを仕掛けるほどレグルスは馬鹿ではない。
ここはひとまず大人しくしているしかないだろう。
大変 遺憾なことである。





