73話目 平和のため。
「その結晶はね、魔力を強制的に奪って貯めておけるとても便利なものでね。まぁコレは、さほど威力の無い小型版だが、人間一人ならば充分な殺傷能力がある。救世主だって、所詮は人間だろう?」
ハダン枢機卿が気味の悪い笑みでレグルスを見る。
先程までの柔和な態度が嘘のように、ハダン枢機卿の雰囲気が変わる。レグルスはハダン枢機卿に好感を持ち、素直に一人でついてきてしまった事を後悔していた。すごく心細い!
レグルスはそんな考えなどおくびにも出さず、聖騎士の構える装置をうかがい見る。魔力を保存しておける結晶……レグルスは腕の通信機の感触を確かめた。性能は違うが、人知を越えた結晶……どこか似た印象を受ける。もしかして零史以外の精霊がハダン枢機卿に味方している?
レグルスは絶体絶命のピンチに口角を上げ、ハダン枢機卿から目をそらすまいと睨み付ける。
「これは、ハダン枢機卿の独断ですか?それとも、教皇もご存知で?」
「私はね、君のその力が欲しいのではない。救世主の求心力が必要なのだ。あの弱虫な教皇のように、力を恐れて『放棄する』のではなく、平和の為に『預かっておく』のだ。私が教皇になるために!」
「私はさしずめ、人気取りの道具ですか」
「勘違いして貰っては困る。力というものは、使ってしまうと価値が半減するんだよ。相手より大きな力があると思わせる事で、争わなくとも屈服させる事が出来る。君は『平和のための抑止力』だ、素晴らしいだろう?」
ハダン枢機卿は教え子に優しく諭すような声でそう告げる。そして穏やかな枢機卿の仮面を顔に貼り付けて右手をレグルスへ差し出した。
「さぁ、その腕輪は私が平和の為に預かろう」
「この腕輪を聖霊から授かったのは私です。貴方ではない。お断りさせていただく」
レグルスのなかで、ハダン枢機卿への疑いが確信に変わった。
スパイの証拠など無くても構わない、俺はこいつが気に入らん。
レグルスが要求を断った瞬間、枢機卿の眼がギラリと剣呑な光をまとった。サッと、目でレグルスの両脇に居る聖騎士へ合図を送ると、その白い結晶を嵌め込んだ装置を起動させたのがわかった。
ここまでか……一応、抵抗はしてみたんだが。
白い結晶がほのかな光を帯びる。そしてレグルスの魔力を奪い……奪い…………取る……?
「ん?」
「早くしろ!」
レグルスが首をかしげたのと同時に、ハダン枢機卿が苛立った声を上げた。
人は、魔力が減り枯渇寸前になると、体が重くなり慢性的な疲労感に陥る。それを覚悟していたレグルスは、いつまでもその感覚が来ない事に首をかしげていた。
「装置の故障か!?」
「まさかっ、そんなはずは……」
「うっ、ぐぁぁあぁ……!!」
右側で構えていた聖騎士が枢機卿に怒鳴られ、驚きに肩を跳ねさせ誤ってもう一人の聖騎士へと装置を向けてしまう。向けられた聖騎士は呻き声をあげながら床に膝をついた。
それを見た右側の聖騎士は、慌てて装置をレグルスに向け直している。
ハダン枢機卿は化け物を見るような目でレグルスを見た。
「何故だ、何故 結晶が効かないのだ……これも聖霊の加護だと言うのか?」
何かあるとするならば、十中八九腕輪だろう。レグルスにもサッパリ分からないが、ただの通信機では、やはり無かったようだ。
実は、白い結晶が魔力を奪おうとする引力より、零史の生み出した鉱石(腕輪)の引力の方が大きかっただけなのだが。この場でそれが分かる者は一人も居なかった。
ブラックホールの引力は、宇宙一なのである。
通信機のおかげで事なきを得たが、無かったら今頃魔力が枯渇寸前で喘いでいただろう。
そんな事を知るよしも無いレグルスだが、枢機卿たちの目に『恐れ』が浮かんでいるのを見てとり、立ち上がった。
救世主に結晶は効かないと思い込んだハダン枢機卿は、立ち上がったレグルスにおののいている。これぞまさしくハダン枢機卿の言った『抑止力』だ。
とにかく、ハッタリでもなんでも良い、相手が怯んでいる今のうちにここから去ろう。
「ハダン枢機卿、ここで見聞きした事は、そのまま報告させて……」
「待て……"レイジ"と言ったか?あの男」
「その名をどこで……?」
「救世主を飼い殺す為に用意したのは、結晶だけではない。お前についても調べさせたに決まっているだろう」
ハダン枢機卿はまるで、できの悪い生徒に教えるようにやれやれとため息をつく。
レグルスは困惑の表情でハダン枢機卿を睨み付けた。いったい、何が目的でハダン枢機卿はこの話をはじめたのか。まさか、零史が聖霊だとバレているのか……?
今回も前回も短めなので、そのうち合体させようと思います。
いまだけ、別々に掲載させてください。
いくらか話の流れや台詞を変更しました。





