71話目 教皇
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ガラヴァ皇信国の『皇都』の中心にそびえる、白亜の神殿。無数の柱に支えられた、荘厳で美しい円形の神殿だ。
その最奥にある教皇との謁見の間に、レグルスは一人で通された。
この謁見の間はガラヴァ皇信国で最も神聖な場所とされ、教皇と13名の枢機卿のみが入室を許されている。
しかし、ラーヴァでのドラゴンとの戦闘により、聖霊から力を授けられし救世主は、特別に謁見の間へと入場を許されたのだ。
「ラーヴァ騎士団団長、救世主レグルス」
ずらっと座っている13人の枢機卿の中で末席に座っている、一番若そうな枢機卿がレグルスの入場を告げた。若いといっても枢機卿の中で、だが。
ナイル殿下の情報を信じるなら、この13人のうち誰かがルカー王国と繋がる反逆者だ。レグルスはゆっくりと自然な動きで全員の顔を見た。
どの枢機卿もアルタイルと同じくらいに見え、50歳は過ぎているように思う。平均寿命50歳前後のこの国では中々の長生き集団なのでは無いだろうかと、穿った考えを思い浮かべるレグルスだ。
ナイル殿下からの情報が正しければ、この中にルカー王国と内通している者がいるはずだ。誰も一見、穏やかな雰囲気を装っているが、救世主に興味津々なのが伝わってくる。
救世主を個人的な味方に取り込めば、覇権を取れるのでは無いかという欲が見え隠れしていた。
レグルスは、今は取り繕って騎士団団長らしくしているが、元来ガサツな性格だ。お堅い教えの聖信教に、信仰が強いわけでも無い上に、ギラギラした目線を投げられ……早く帰りたいな、という気持ちで意識が遠くなるようだ。
「そなたが……聖霊から力を授かりし救世主か……」
「はっ」
1列に並ぶ枢機卿の上段、中央のひときわ高い席に座る教皇が、レグルスへと声をかけた。
レグルスは、片ひざをついた最敬礼の状態から少し顔をあげ、教皇へと返事をする。
教皇は優しげな声とは裏腹に、まるでレグルスたちと同じ、騎士のような隙の無い表情をしていた。その老体からは想像もつかない覇気が感じられた。
「ドラゴンはもう死んだ。そなた、その力をこれからどのようにするのだ?」
「この国の平和の為に」
「ふむ、では……ひとたひ争いが起きればその力をふるうという事か?」
「私はラーヴァ騎士団団長です。ガラヴァの民を脅かすのであれば当然……」
「より多くの命を殺めても、か?」
「……それは、どういう……」
レグルスは困惑していた。いままでもラーヴァ騎士団団長として剣を、魔法をふるってきた。救世主になったからといって、生き方が変わる訳でも無い。
もし争いが起きれば、自分は躊躇なく迎え撃つだろう。たとえ聖霊から力を授かっても、それは……いままでも、これからも変わらない。
もしや、、強大な力を与えられた(実際は通信機だが)レグルスが、国に謀反を起こすのではと危険視されているのだろうか。たしかに国家としては、制御できる確約のない駒は恐ろしいだろう。大きすぎる力は、疑心暗鬼を招くものだ。
ここは、従順な態度で切り抜けるより他ないと思っているが……教皇の表情は、レグルスに対する『恐れ』というより、『憎悪』に近い眼差しをしていた。教皇が危惧しているのは、どうやら『謀反』だけではないようだ。
「大きな力を得ると言うことは、いままで以上に多くの人を殺めることが出来るという事だ。ドラゴンをも殺せるそなたが戦場に出たらいったい……何万人が死ぬであろうや」
「……っ」
「大きすぎる力は争いを呼ぶ。救世主がおれば、周辺諸国は"抑止力"として、より大きな力を求めるだろう。ならばはじめから"大きな力"など要らぬのだ。……私は、その腕輪を聖霊に返して欲しいと思っている」
教皇の言っている事は、理想だ。1つの国が過剰な戦力を持てば、その周辺諸国は『攻め込まれたらいけないので対抗戦力を持とう』とするだろう。だったら最初から持たない。という話である。
零史が聞いていたら、核兵器を抑止力として欲する国家の話が頭をよぎるかもしれない。武器や技術力があがるほど、戦争での死傷者の数は膨大なものとなった。
レグルスだって、戦いの無い平和な世界を願っているのだ。たしかに教皇の言う通り、大きな力は、より多くの人を傷つける。
だから放棄すべきなのだろう……ドラゴンが狂暴化していなかったら、な。
ドラゴンの狂暴化は、ルカー王国のさしがねだ。あれは充分に宣戦布告ととれる行為。ということは、この国は既に戦時下にある。気がついていないだけで、既に戦争の真っ只中なのだ。
そんな戦争の最中に、レグルスという戦力を放棄するなど、正気の沙汰ではない。しかし、おかげで教皇は"ルカー王国の思惑"を知らないと分かった。まさか信頼する枢機卿が、自分を裏切っているなど夢にも思っていないのだろう。
「そなたがその腕輪を捨てぬと言うなら、教えに叛いた異端者として捕らえるまで。しかし、そなたならば『平和のため』と分かってくれると信じておる」
教皇が片手をあげると、部屋の隅から真っ白な軍服の聖騎士が次々に現れ、レグルスを囲んだ。その様子を見下ろして、教皇は笑顔で告げる。
「さぁ、その腕輪をこちらへ」
「……こんな騙し討ちのような事をして、脅すのが聖信教の"教え"ですか」
レグルスは焦りを見せないように気を付けながら、左腕に通してある腕輪を撫でる。
別にこの腕輪はRENSAメンバーなら誰でも持っている通信機だ。奪われてもまた作ってもらえるだろう。後から、亜空間で繋げている回線を切ってしまえば、通信機としては使えなくなる。
ここは大人しく渡した方が良いだろうか。せめて誰でもいいから今、連絡をとれたらいいのだが、こんな大勢の前で通信機を使う訳にもいかない。
「もし、この腕輪を渡せば。俺をすんなりラーヴァへ帰していただけますか?」
「それは出来ない。そなたはその力を手放したとしても、人々から見れば救世主のままだ。その求心力は計り知れない。他国に狙われるおそれも有るのだぞ、皇都で安全に暮らすのが1番であろう」
安全に暮らすとは言っているが、要は監禁されるのは目に見えている。それは、腕輪を渡さずに捕まる事といったい何が違うのだろうか。
レグルスは、努めて取り繕っていた表情を怒りに染め、回りを取り囲む騎士を威圧する。その態度に、教皇はスッと目をすがめた。
「"救世主"より弱い騎士に反撃するのか?……やはり救世主とは名ばかりの"兵器"ということか……」
再び教皇が手をかざそうとした所へ、枢機卿のうちの一人が声をあげた。
「教皇、おまちください。ぜひ、私に彼を説得するチャンスをいただければ……と。突然呼び出され、混乱もしておりましょう。しばし冷静になる時間が必要ではないでしょうか」
割り込んできた声は、中央に座っている枢機卿だった。こんな状況にもかかわらず穏やかな笑みを絶やさず、その目は救世主を真っ直ぐ見つめている。





