70話目 砂漠の中心で……。
「この魔力の色、ドラゴンを狂暴化させていた魔力と同じだ」
俺の脳裏に、深く青いドラゴンの目と対照的な鈍く光る赤が写し出される。まるで怒りや憎しみといった激情を具現化したような赤だ。
それが、いま目の前にある。
「狂暴化と同じ色……って事はルカー王国が俺たちを殺そうと?何で、わざわざジヴォートまで来て……」
ルディがアゴに手をあてて考え込む。
「さぁ、俺にはサッパリ分からない。ルナ、この魔法を発動させてる奴がどこか分かるかな?」
「より色の濃い場所……砂壁の奥、3時の方向です」
ルナが、向かって右手を指差す。たしかにそこの奥、うっすらとだがいくつかの光の集合地点が見えた。
「2、3、4……6人かな?」
「たった6人でこの砂壁を発生させているんですか!?」
「……信じられない」
「そうですね、たとえ6人とも悪魔の子だとしても、この魔法の規模は命にかかわるレベルです。それに、雷には雷に適した魔力、風には風に適した魔力……それぞれ違う魔力があります。しかし、この魔力は全て同じ色をしている……」
「そうか、得意な魔法はその魔力の質(色)で変わるんだね。ということは、この砂壁は、無理矢理に苦手な魔法を使ってるって事かな?」
ルナの説明を聞き、さすが頭の回転が早い医学者のルディが理解を示す。その考え方は間違っていなかったようで、ルナが頷き返していた。
効率が悪いという事は、燃費の悪い車のようなものだろう。例えば、火魔法が得意な人が水魔法を使うなら倍の魔力が必要って所か。なぜそんな事をしなければならないのか。
ディールが首をかしげて歯切れ悪く言葉を紡いでいく。
「六つ子、の命子(悪魔の子)とか……?6人とも自分の得意魔法を知らない?でもそれだと色の説明が……」
ディールの言葉を聞き、サラが何か閃いたようで、その小さな手を打った。
「分かったわ、借り物!自分たちの魔力じゃないのよ。魔力をためておける『何か』に赤い魔力を貯めて、それで魔法を放っているんじゃないかしら?」
「そうか、だったら命の危険は無いし、同じ色の魔力なのもうなずけるっす!」
「でも、そんなものがアレば伝説級の代物だよ?6つもなんて……」
ルディが、サラとディールの提案を否定するが、そこにすかさず反論が重なる。
「いや、ありえるんじゃないっすか。なんたって『通信機』っていう伝説級の代物が、僕の目の前に3つあるしね」
そう言って、俺たちが持つ通信機を指差していく。たしかにこの通信機は、俺が聖霊の力を凝縮して作った鉱石で出来ている。伝説の聖霊がつくったのだから、充分に伝説級の代物だろう。
「ってことは……この魔力は」
森の神殿にあった鉱石は持ち帰ったが、俺の知らないものが何処かにあったのだろうか。それとも……別の聖霊が居るのか?
「ねぇルナ、聖霊って他に誰かいる?」
「先代聖霊の記憶には、遠い昔に何人か覚えがありますが。いま何処に居るかまでは……零史のように、代替わりしている可能性もあります」
そうか、俺のように代替わりしてしまっていたら、出会っても分からないかもしれない。俺だって、常に魔力を垂れ流している訳では無いしね。
「あ~分かんない事だらけだよ、どーする?」
「ぼっ、僕に聞かれても!」
「そーっすよ!」
「ふふっ何言ってるのよ、分からないことは直接聞けばいいじゃない?」
男どもの動揺を軽やかに笑い飛ばしたサラが、先生が生徒に教えるように優しく3時の方向を指差した。
「あいつらを捕まえて聞いてこい」という事らしい。
ディールの申し訳なさそうな目線と、ルディの困惑した目線に挟まれる。これは「行くのは零史だよね?」という事だろう。
無言の押し付け合いだ。いや、むしろこの状況で俺以外に行ける人は居ないのだろうが。
(だけど、だけどさ?)俺は涙をこらえて肩を落とした。
「俺、戦うのとか……苦手なんだけどなぁ」
転生しても心は現代日本人。
荒事には全く縁が無かったし、友達との喧嘩も勝てたためしがない。しかも、運動もそこそこレベルだった。こんなことなら、騎士団の特訓に混ざっておいたら良かった。と今さら後悔しても遅いのである。
「もちろん、私も行きます」
「……ルナたん愛してる!」
いつでも俺の頼れる味方ルナ。俺はルナに抱きついて愛の言葉を叫んだ。ちょっぴり涙がにじんだのは内緒である。
ともかく、まずはこの砂壁だ。自然発生じゃないのなら、消してしまっても問題ないだろう。
念のため、ルディたちには馬車に乗りこんで貰った。金属製の馬車の防御力もそこそこあり、3人がひとかたまりになることで守りやすさもある。
俺とルナは、ルディとサラとディールが馬車に乗り込むのを確認すると、赤い光のより強い方向……この砂壁の元凶をギッと睨み付けた。
ついに、敵(ルカー王国)とのご対面だ。
顔の前で、祈るように合わせた両手をゆっくりと離していく。手のひらから静かな力のかたまりが生み出される。
明々と輝くその光は砂壁を作り出した鈍い赤よりも、明るく、鮮烈な光を放っていた。
「零史……それは、まさか?」
「爆弾って知ってる?先手必勝だよ、ルナ」
「先手は既に相手にうたれてしまったのでは?」
「細かいことは気にしないっ!赤色巨星」
俺の両手から放たれた赤い星は、頭上高く舞い上がり……閃光と轟音を辺りに撒き散らしながら、花火のようにそのエネルギーの奔流を爆発させた。
遠く地平線の彼方まで轟音は響き、その光はそれはまるで、地上に落ちた太陽がその身を燃やし尽くしたかのようなだった。
のちに「太陽の死んだ日」と呼ばれ語り伝えられるのだが、零史がそれを知ることは無いだろう。





