67話目 また会おう。
今回はちょっと長めです
灯りの無い部屋の窓を背にして一人の女性が立っている。窓から見える夜景が美しく輝いているが、彼女は全く興味ないようで夜景をチラリとも見るそぶりは無い。その表情は、逆光で知ることは出来なかった。
そこへノック音が鳴る。窓の反対側、扉が開いてナシュが入ってきた。ナシュは扉の前に膝をつく。窓際に居る女性はにこやかにナシュへと問いかけた。
「それで、彼は死んだの?」
「はい。ラーヴァからナイル殿下と来た男は死亡を確認。死体は腸を裂いて、キシュカ河へ沈めました」
ナシュは無表情に報告をしていた。
しかし、ふとその眉根が寄り、まるで迷子の子供のような顔になる。
「あの、カペラ様……私……二十歳になりました。悪魔の子が二十歳になれば罪が許され影の任務から解放されるのですよね?」
「ああ、そうね……そうよ。ナシュは悪魔の子だったわね」
「はい、最近は魔力も枯渇ぎみで、目の色が変わることも無いですが」
「そう……もう残り魔力が少なくなっているのね」
「え?なんですか?」
「何でもないわ、二十歳おめでとう。あなたは自由の身よ」
「あ、ありがとうございます!」
カペラと呼ばれた女性は、ゆっくりとナシュへ歩み寄る。そして、ナシュの前へとしゃがみこむと、優しく頭を撫でた。
「ねぇ、自由になってやりたいことや、夢はあるの?」
「はい。世界中いろんな所を旅してみたいんです……」
ナシュの頭を撫でていたカペラの手は、頭から頬、アゴへと下りてきて、二人の目線が絡み合った。
「そう。それは……いけるといいわね……」
「え?……あれ、なんで、眠……く?」
バタンとナシュがその場に崩れた。カペラは立ち上がると、冷たい目線を倒れたナシュへと向ける。
そこへ、もう一人影があらわれた。
「カペラ様、男は死んでおりませんでした。明日の朝にはポッハヴィアを出るでしょう」
「へぇ、私に嘘をついたの。この子」
カペラは口元に笑みを浮かべてナシュを見下ろす。
「コレは、いままでと同じく、記憶を消して、解放しますか?」
「そうね……この子、魔力が枯渇寸前で、もう使えないし……解放してあげてもいいわ。砂漠の真ん中にでも」
「御意」
「それと、その男だけど……街を出るなら丁度いし。新兵器の実験体になってもらいましょう」
「御意」
影はナシュを担ぎ上げて暗闇へと消えていった。カペラは窓辺へと向かい、輝く夜景を眺める。その顔はおよそ綺麗なものを見ている顔とは思えなかった。
「しぶといネズミね……毒の方が楽に死ねたものを。さて、私はガラヴァの皇都に行かなくちゃ」
カペラはゆっくりと窓のカーテンを閉めて、部屋は完全な暗闇に包まれていく。
俺たちはポッハヴィアの街の玄関、関所へと来ていた。
馬車が無事完成したのだ。
兄妹が持っていた馬車を、ディールの技術でスキー板のようなものを車輪に取り付け、車輪の細さが原因で砂に埋まる事が無いようにした。
そして、前面にジョイントをつけ、キャタピラ馬車で引けるようにしたのだ。連結馬車である。
温度の問題も解決している。
キャタピラ馬車と違って、ディールの倉庫にある器具では、魔法瓶みたいな加工は出来ないので、断熱材を入れた。
羊毛断熱材と言って、地球でも羊の毛を使った断熱材があったので、こっちの魔物の毛を狩ってきて詰めてみたのだ。もちろん魔物を狩ったのは俺。
そういえば巨大なマングースの凶悪版のような魔物だったが、牙に毒があったらしく、ルディが嬉しそうに採取していた。マングースと戦っていた蛇の魔物は毛が無かったのでお帰りいただいたが、あっちにも毒があったかもしれない。
そして、クーラーをとり着けた。
これには宇宙服のクーラー機能を参考にしている。馬車の内側にチューブを巡らせ、冷却タンクに繋ぐ。冷却タンクに氷魔法を使うことにより冷えた水がチューブを通って馬車全体を冷やす。
馬車そのものに魔法を使うより断然省エネで持続時間も長いのである。
このクーラーの中に入れる冷却液をサラに手伝って作ってもらった。
そんな感じで改造された馬車と、俺たちが乗って来たキャタピラ馬車を連結させ、善は急げとポッハヴィアの関所へやってきたのだ。連結させた分重くなっているので、繋ぐトドは3匹になっている。
一応、ナイル殿下にも「観光がすんだから、帰ります」との連絡を入れてみた。きっと王子様は忙しくて来られないだろうと思ったら、すんなり見送りに来てくれたので驚いている。
いや、1番驚いたのはディールとサラだろう。ナイル殿下も二人を見て驚いた様子だ、どうやら元貴族である二人の顔を覚えていたらしい。
「あ、あ、あ、アルナイル殿下!?」
「え、本物ですか?」
「いまは公務じゃないので、固い挨拶はいいよ。君たちはアル・スハイム・アル・ムーリフ伯の?」
「はい、今は市井にくだり馬車を作る職人をしています。零史たちのキャタピラ馬車を見て弟子入りしました。なので、ラーヴァへついて行くことに」
「兄一人だけだと心配なので、私も着いて行くことにしました。」
兄妹が国を出る理由を事前に打ち合わせていてよかった。慌てること無く理由を伝えられたし、ナイル殿下が不審に思った様子も無いようだ。
二人の話を聞き、うなずいたナイル殿下は、ディールに握手を求め右手をさしだした。
「精進して、その素晴らしい技術を学び、磨いてください」
「はい、ありがとうござます」
「ありがとうござます」
……という会話を繰り広げていたらしいが、言葉が解らない俺には「ナイルって自国の言葉だとスラスラ喋れるんだ」くらいの、残念な感想しか思い浮かばなかった。
「ナイル殿下って本当に王子さまだったんだね?」
「零史、そんなに見つめられると穴だらけですよ」
「穴が開くほど見つめたつもりは無いけど……うん、本物のナイル殿下だ」
「私がホンモノです」
「零史もナイル殿下も、何を言ってるんですか」
ルナが隣で呆れた顔をしていた。
さて、ナイル殿下との挨拶も終わったし、そろそろ出発だ。
ルディがサラの車イスを押そうと彼女のもとへ向かう。すると、自分へと向かって来るルディを見たサラがその腕をそっと掴んだ。
「ルディさん、せっかく殿下が見送りにきて下さっているのに、ネクタイが曲がってますよ」
「あーごめん。ネクタイ慣れてなくって。RENSAの制服で、つい最近着るようになったので……」
「かしてください、これでも貴族の娘でしたから、得意なんです」
「サラ、僕のネクタイは……」
「お兄ちゃんは自分で結べるでしょ」
サラがルディのネクタイを結び直してあげる。何とも甘酸っぱい光景だ。サラがやりやすいように、ルディは車イスの前に膝をつき、とても嬉しそうにしていた。
そこへ、ディールも混ざって3人とも何だか楽しそうである。そうか、ディールとサラにとって、ルディが初めての"全てを打ち明けられる"友達なのかもしれない。
俺もジヴォートの言葉覚えようかな。いや、兄妹がガラヴァの言葉覚える方が早そう……。
「零史、荷物の詰め込み、終わりました」
「おっしゃー帰るぞー!」
「ちょっと待って零史、……ありがとうサラ、馬車に乗ろう」
「ええ、押してくれる?」
「もちろん」
「あ、ルディありがとう。スロープはコレっすよ」
俺たちは馬車にとりつけられるタイプのスロープを作ったので、サラを抱き上げなくても馬車に車イスごと乗せられるのだ。
兄妹が馬車に乗り込んだのを確認し、俺とルナも乗り込む。ルディが運転席(御者台)に乗って俺を振り向いた。
「そうだ零史、ナシュさんには会えたの?」
「ううん、レストランに行ったけど居なかった……辞めたんだって。今朝早くに『夢を叶えに行くんです』って挨拶に来たみたい。だから、きっとそのうち会えるよ」
「あ、世界旅行……だっけ」
「うん、いつラーヴァに来るか楽しみだね」
「楽しみですね」
「楽しみだ」
ルディもルナも、笑顔でうなずいてくれた。
(やっぱり、命狙われているような奴とはもう会いたくないよな。俺だったら避ける……)ナシュは元気だったようだし、夢に向けて旅立ったというなら、心配は無いだろう。いつか時間がたてばもう一度会いたいな。
俺たちも馬車に乗り込み、ナイル殿下へと手をふる。
「また来るよ」
「うん、嘘ついたらハリセンボンだよー!私もラーヴァに遊び行くから」
「うん、楽しみにしてる。あ、そだ……ナイル殿下、マアッサラーマ!」
「……零史も、マアッサラーマ!」
そうして5人は馬車に乗り込み関所を抜けて行った。いざ、ラーヴァへ帰還するために。
関所にはポツンとナイル殿下が立ってり、そのかたわらには執事が居る。
「殿下、あの科学者二人は、国外に出しても宜しかったのですか?」
「んー、ただ街に放っておくだけじゃ、なかなか技術が進歩しなくてね。零史たちの所に行く方が彼らの研究もはかどるでしょ?」
「ではワザと……?」
「いや、あの二人と零史が出会ったのは本当に偶然じゃないかな?まぁジヴォートには科学者を探しに来たんだろうな、とは思ってたけど」
二人の視線は零史たちの馬車が去った方向を、にこやかに見つめている。そしてゆっくりと関所の門が目の前で音をたてて閉まった。
「1ヶ所に科学者を集める事により、互いに影響しあって科学の発展が早まるという事ですな?さすがの御慧眼であらせられます」
「そうだね、影響しあって相乗効果をうみだすことを『化学反応』って言うらしいよ。科学の技術は絶大だ。これから新しい技術がドンドン産み出されるぞ、RENSAとの連絡や情報はできるだけ頻繁に」
「かしこまりました」
ズンと低い音を響かせて、門の扉が閉まりきると、ナイルはクルリと門に背を向けた。後ろから執事も追従する。
「殿下、先日のハエはいかがいたしましょう?」
「ルカー王国のハエか。まさか私の街までくるとはね。しかも零史を殺そうとするとは。
カペラめ、何を考えているんだ……だけど零史も無事だし、ちょっとお仕置きするだけでいいかな。方法は任せる」
「殿下のお心のままに。では、レストランごと燃やしてしまいましょう」
にこやかに宮殿までの道を進むナイル殿下と執事を見た街の人々は、静かに頭を垂れていた。
このところ、2日で1話を書くくらいのペースです……いろんな人の思惑が絡んでくる所はどうしても筆が遅いですね。
うんうん唸りながら書いてます。
自分は陰謀を企てられるほど、頭が良くないのだと気がつきました。





