65話目 約束。
サラとルディの絡みが物足りなかったので、続きました(笑)
冒頭にちょっとだけ、前回にひき続きルディたち3人のシーンです。
「ルディさんが、科学者って……本当なの?」
「はい。正確には、僕は医学を研究する『医学者』です」
「医学者……」
「僕たちはラーヴァにある科学者の組織『RENSA』に所属しています。みんな優しい人たちですよ、ちょっとヘンテコな人も居ますが、思いっきり研究も出来ます!ディールもサラも、RENSAに来ませんか?」
「そんな夢のような場所が……?」
サラの目の前に来たルディが膝を折り、柔らかな笑顔で彼女の頭を撫でる。ルディの、その長い前髪に隠れたタレ目がちな瞳が見えるほど、サラとルディの距離が近い。
「よく頑張りましたね。不自由や偏見と戦うのは、どんなにつらかったことでしょう。でも君は折れる事なく、前を向いていた。その真っ直ぐな背筋でわかります!サラは強い子だ」
「ルディ……?」
「もう二人ぼっちで頑張らなくていいんですよ。僕が……僕たちが貴方を守ります。だから、僕と一緒においで。」
「……っ……ぇ、ふっ……ぅう。……うん!」
サラは頬が熱くなるのを感じた。自分の顔は今、トマトのように赤くなっているに違いない。頬を流れるなみだが止まらなくて、ルディに抱きついた。悲しい涙ではなく嬉しい涙を流したのは、いったいいつぶりなのだろう。
ずっと「つらい」「しんどい」という言葉を言ってはいけないと思っていた。「頑張ろう」「頑張って」と言われるたびに体が重くなるようで、うつむかないように必死だった。頑張らなきゃとネガティブな自分を閉じ込めて見ないふりをして笑っていた。
だけどいま、ルディに「頑張らなくていい」と言われた瞬間、胸の内に閉じ込めていたものが、マグマが沸騰するようにあふれでて涙がとまらない。
サラは、視界の端でディールの目にも涙が浮かんでいるのを見た。
ルディは、兄妹のそっくりな泣き顔が笑顔に変わるまで、ずっとサラを抱き締め返していた。
時間は遡る。
ルディたちを逃がした零史とルナは、ピンチに瀕していた。隠れていた影にナシュが捕まり、人質にとられている。
「きゃぁぁあーーー!」
「ナシュ!!」
俺が手を伸ばした先……そこには、影に後ろから羽交い締めにされ、首筋にナイフを当てられているナシュが泣きそうな顔で震えていた。
「……零史、助けてっ!」
「その子を離せっ!」
俺はジッとナシュの首筋にあるナイフを睨み付ける。
まさか伏兵が隠れているとは思わなかった。なぜその可能性を考えなかったのか……いまさら後悔しても遅い。完全に膠着状態だ。向こうはナシュを、こっちは後ろの影3人を人質に睨みあっている。
もしかして、こっちに伏兵が居たということは、ルディたちも危ないのではないだろうか。
(この影たちは、一体何が目的なんだ!?)
爆発事件の犯人(科学者)を、この国の法に従って友人もろとも殺しに来たなら、ナシュを人質にとる必要は無いはずだ。人質にとるより、その場ですぐ殺してしまうだろう。
(兄妹がターゲットじゃないとすれば誰だ?ナシュ?俺?)
思い出せば、一撃目のナイフは影から1番近かったナシュには当たらず、俺の肩に刺さった。
そういえば、羽織装束のおかげで気づかれていないが、俺の左肩は既に完治している。ナイフを抜いたそばから自動修復されたみたいなのだが、こんな所で自分が聖霊だったんだなと再認識するとは思わなかった。
(たぶんたけど……この影たちのお目当ては俺かな?)
確信は無いが、直感を信じるしかない。俺は右手を顔の横にあげて、降参ポーズをとり『極小之闇』を消した。
「彼女は通りすがっただけなんです。今ならまだ見逃します。どうかそっちもナイフをおさめてくれませんか?」
同時に、ルナも影にかけていた重力を戻したようで、影3人は崩れるようにその場へ片ひざをつく。
実は兄妹の話を聞いていた時からイライラがたまっているので、出来ればすんなりナシュを離してくれるといいのだが。もしナシュに傷でもつけようものなら容赦はしない。
俺とルナは背中合わせに、それぞれの影を睨み付けていた。
「この後、ナシュが鐘搭まで連れていってくれる約束なんですよ。俺も気が立ってるので、早くどっか行ってください。」
俺は、影に見せつけるように負傷していたはずの左手もあげた。左肩が治っている事に驚いた影が半歩下がる。
しばらく睨みあっていると、影が小声でナシュに耳打ちしていた。どこの国の言葉かは分からないが、ナシュに通訳させたいようだ。その言葉を聞いたナシュが俺を見て、つっかえながらも喋り始める。
「"我々の目的は達している。お前はもうすぐ死ぬ"」
「俺が……死ぬ?」
俺はルナをチラと横目で見る。ルナは眉間にシワを寄せて俺を見上げる。一瞬考えを巡らせると、ハッと何かに気がついたように目を見開いた。
「"気がついたようだな、そうだ。あのナイフには毒が塗ってあった"」
「……毒!?(~って俺に効くのかな?)」
いまのところ、体への不調などの違和感は特にない。やはり聖霊(俺)に毒は効かないのか……遅効性の毒なのだろうか?
ナイフによる痛みさえ、傷口の修復とともに消えている。そもそも『痛み』すら、『睡眠』と同じで黒野零史の記憶からくる幻覚みたいなものなのだ。
「"お前は指先から固まっていくように動かなくなり死ぬのだ"……きゃっ!」
「ナシュ!」
そう言うと、影はナシュを俺の方へ突飛ばして、建物の屋根へと跳躍する。俺は突き飛ばされたナシュを受け止め、影を睨み付けた。
影は屋根から俺たちを見下ろすと、またあのナイフを放ってきた。今度はルナとナシュにも向かっているナイフを見て、俺はナシュを抱え込むように守る。
「2度も零史を傷付けさせません」
ルナの怒りに満ちた声が聞こえ顔をあげると、ナイフは俺たちの前に回り込んだルナにより空中で叩き落とされる所だった。
だが油断はできない。俺は、慌てて影たちを確認するが、屋根の上に人影は無く、既に姿は消えていた。
俺が影たちの去った方向をいまさら訪れた震えを抑えながら見ていると、目の前のルナから小さな呟きが聞こえてくる。
「恩を忘れし罪人どもめ」
(恩……?忘れたって、どういう?)
俺はルナの言葉に首をかしげるが、腕の中に抱えたナシュの震えだした事で、思考の渦から抜け出した。
「な、なんで……私を。なんで……」
「ナシュ、大丈夫?ごめん、怖かったよね」
「……っ!私は、大丈夫。零史は?ケガや、体調はどう!?……毒は」
自分の体を抱き締めるように震えていたナシュに声をかけると、正気を取り戻して俺に詰め寄ってきた。
「俺は、何ともないよ。毒も、まだ今のところは?」
「……うそ、なんで」
「傷は治癒魔法で塞げるし。……毒、は……きっとナイフに塗り忘れちゃったんじゃないかな?」
「そんなわけ……」
「ナシュが無事で良かった!ナシュこそ何ともない?ナシュは世界中旅する夢があるんだから、こんなことでケガでもしたら大変だ!……巻き込んじゃって、本当にごめん」
俺は震えるナシュの肩をゆっくりと撫でて落ち着かせながらナシュに笑いかける。その上からナシュが手を重ねる。俺の少々武骨な男の手が、ナシュの華奢な手に包まれた。
「本当に、本当に、何ともない?」
「うん、本当に何ともないよ?」
「……零史、気を付けて。きっとさっきの奴等は零史が毒で死んだと思ってる。だから、バレないうちにポッハヴィアから逃げた方がいいわ」
「でもナシュは……」
「私は大丈夫……これでも、世界中どこを旅しても大丈夫なように、結構鍛えてるんだから!」
「それは頼もしいなぁ」
強がってなのか、ガッツポーズを決めるナシュを微笑ましく見つめ、俺は立ち上がる。ナシュも少し膝が震えていたようだが、手を貸すと意外とすんなり立ち上がった。やっぱり彼女は強い人だ。
俺の手を握り返したその手は、思ったより力強い。
とりあえず、ナイル殿下の執事さんに連絡をとって、彼女を保護してもらえないか聞いてみよう。俺たちと一緒に居る方が危ない。
「いつまでもここに居ては危険です。ナシュさんを送り届けて、私たちはルディと合流しましょう。」
「オッケー」
ルナが回りを警戒しながら、そう提案する。俺はそれにうなずき、ナシュの手を握り直して、砂漠装束のゆったりとした布をフードのように被り、念のため顔を隠した。
歩き出す前、気づけば俺の震えもおさまっていた。あんなことがあったにもかからず、俺って意外と神経が図太いんだなと思う。聖霊として生まれてからというもの、いくつか修羅場も経験したし、段々こっちの世界に慣れてきたのかもしれない。
しかし、あの影たちは何故俺を狙ってきたのだろうか?この国に来て2日……俺が科学者だとバレる要素は1つも無かったはずだ。そして聖霊だとバレる要素も。科学者と聖霊を除けば、俺なんてただの一般人だろう。
「ナシュは、何で俺が狙われているのか聞かないね。まぁ、俺も分かんないんだけど」
「……じゃあ今度、私がラーヴァに行ったときに聞かせてくれる?……約束よ」
「わかった、約束するよ」
お前はもう、死んでいる。って書けってゴーストがうるさかったんですけど。
まだ死んでないわ!って零史が断固拒否したので「お前はもうすぐ死ぬ」になりました。
セーフだね。





