64話目 スカウト。
今回は、路地裏の奥に逃げた、ルディたちの方のお話です。
職人街の路地裏から奥へと抜けると、ポッハヴィアの人々の生活の中心、キシュカ河に出る。所々に小船が浮かび、釣りをしている人や運搬用の大きな船も遠くに見えた。
その河のほとり、石畳で整備された川縁の道に3人の人影が飛び出してくる。先頭はディール、キョロキョロと辺りを警戒しながら早足で飛び出してきた。その後ろから、サラの乗った車イスを押すルディが追いかける。
インドア派のルディはもう息も絶え絶えで、車イスを押してるのか、車イスにしがみついているのか分からない。
「とりあえず……僕たちの家に」
「車イスを押してくれてありがとうルディさん。大丈夫?」
「はぁっ、ひーっ、はっはぁっ……。大丈夫でっす」
「がんばってください、僕たちの家まであと少しっすよ!」
ディールが手招く方へと進み角を曲がる。すると、倉庫のような赤い両開きの扉が見えた。ディールは辺りに追っ手が居ない事を確認してから、ゆっくりと扉を押し開ける。その隙間からサラとルディが滑り込み、ディールも続けて扉の向こうへと消えた。
ディールが扉を閉めたガタンという音を合図に、3人とも緊張が抜けてその場にへたりこんだ。
「はぁ~~~~~……」
「ルディさん、零史さんたちは!?」
「……あの二人なら、大丈夫……たぶん」
「とても強い人たちなんですね!」
「は、はははっ……何て言ったらいーのかな……まぁ、そうだね」
ルディは聖霊である零史とルナの力を目の当たりにしたことは無い。だが、ドラゴンを倒したと聞いているし、大丈夫だと信じている。
零史とルナを残して逃げるのは、男らしくないと思うだろう。だが、自分の戦闘においての非力さは、自分が1番良く分かっている。あの場面での己の最善は『足手まといにならない事』だ。
ルディの脳裏に、零史の左肩に刺さったナイフがチラつき、心配は募る。一刻も早く通信機に連絡がくる事を祈るしかないのが歯がゆい。
走ってきた肉体的な疲労と、命を狙われる精神的な疲労によりへたりこんだ3人のうち、1番早く復活したのはサラだった。
「お兄ちゃん、零史さんたちが作ってくれた時間よ!ここだってきっと安全じゃない、早く荷造りをしましょう」
「だな!」
「ルディさんは休んでて、本当はお茶でも出してあげられたら良いのだけど」
「いいや大丈夫、僕にも手伝える事があれば言ってください!」
ルディは、改めてこの建物の中を見る。逃げることに精一杯で、回りを観察する余裕が無かったが、どうやらここは作業場のようだ。きっとディールが馬車職人だと言っていたから、その工房だろう。部屋の真ん中には作りかけの馬車と、壁には車輪や色々な工具が吊ってあった。お鍋の爆発現場さこの部屋ではないようで、焦げているような所は無い。
部屋の隅の作業台に引きかけの図面があるのに気がついたルディはじっと目を細めた。
(あれは……!)
立ち上がり、部屋を見回すルディを前に、サラは落ち着かない様子で居た。それまでルディの目を見てハキハキと喋っていた彼女の目線は泳いでいる。
「助けて貰ってありがとうございます。でも……あの。貴方はここで逃げ……」
「サラ、僕はルディさんに言うべきだと思う。ここまで巻き込んでしまったんだ」
「でも、知らない方が……今ならまだルディさんだけでも逃げられるかもしれないわ……」
兄弟の不安げな雰囲気に、ルディは苦笑を浮かべる。
「あそこの作業台にある図面は、科学燃料で走る車……ですか?」
「……っ!?なぜそれを?」
「同じものをラーヴァの職人の所で見ました。」
兄妹の緊張が高まるのが手に取るように解った。ディールもサラも瞬きを忘れて、ルディをジッと見つめ、次の言葉を待っているようだ。
ルディはもう一度2人に笑いかけた。
「ディール……君は噂通り、本当に『科学者』だったんですね?」
「……ああ」
「お兄ちゃん!?」
「ガラヴァでは科学者の家族までは殺さないって聞いた、俺は殺されても良い。だからお願いだ、サラだけは助けてくれないか?」
「何言ってるの、お兄ちゃん!」
「ディール……僕は……。」
「お兄ちゃんは科学者じゃ無い!!!」
2人にぶつけるように吐き出されたサラの悲鳴に、ディールとルディは口を閉じ、驚きの目を向ける。
一瞬の静寂のあと、怒りに満ちた表情のサラがディールを見て、そしてルディに視線を移す。
「私が、科学者よ。お兄ちゃんじゃない。……科学燃料の研究をしていたのは私だわ!」
「サラ!」
「お兄ちゃんは、生まれつき足の不自由な私が、色んな所に行けるように『車』を作ろうとしてくれたの。だけど、私は魔力も弱くて、車を動かすことは出来なかった」
「だろうね、車を動かすためには悪魔の子……この国では命子か……そのくらいの魔力が必要だ」
「サラは生まれつき足が不自由なうえに、魔力も人より少なくて。僕たち身寄りが無いって言ったっすよね?あれは嘘で、本当は親から捨てられたんだ」
「……すてられた?」
ディールがサラの隣へと歩み寄り、その震える肩に手をそえる。
「僕たちはジヴォートでも有数の貴族の家に生まれた。この国では魔力の量が第一っす。魔力量が少ないサラは嫁ぎ先も無く、二束三文で追い出されました」
「お兄ちゃんは、私を追いかけて助けてくれたの。家から追い出されたのは私一人なのに……」
「僕は、貴族社会のしきたりとか大嫌いだったし、サラが自由に行動できる乗り物を作る職人になりたかった。だから、夢が叶って後悔なんてないんだ!」
「私は、自分でも何か出来ればって……お兄ちゃんが考えてくれた『魔力が無くても進む車』の燃料を自分で研究するって言ったの……それで爆発を……」
「僕が車を作ろうとしたから、サラは巻き込まれただけなんだ……だからっ……」
「よかった~~~~!!!」
「「……え?」」
サラとディールの言葉を遮り、ルディは安堵の声をあげた。しかも、とても嬉しそうですらある。そんなルディの様子が予想外だったのだろう、兄妹はそっくりな顔で呆けていた。
「二人とも科学者なんですね!良かった!僕もそーなんですよー!」
「ルディさん……も、科学者?」
「そうです!……僕も科学者なので、二人を助けたくても僕たちと居るとむしろもっと危険になってしまうんじゃないかって、心配してたんです!よかった~、科学者なら気兼ね無く勧誘できます!シリウスさんの替わりで来た僕の面目も立ちますね」
「勧誘……?」
「はい。僕は、あなたたちをスカウトに来たんです!」
ルディはそれはそれは眩しい笑顔を兄妹に向けていた。





