60話目 表と裏。
夜のとばりが降りて静かな部屋に一人、ゆったりとソファに腰かけている男性がいる。部屋には明かりが灯っておらず、窓からの月明かりだけが差していた。
その窓辺に、いつのまにか影が一人立っている。その影を気にもとめず、男性は話し始める。
「救世主がドラゴンを殺してくれて助かったよ。まさかスメールトが壊滅するとはね、ドラゴンはちょっとやりすぎたな。魔力回収くらいしか出来なかったし。」
「スメールトでは、魔石25個分の魔力が集まりました。」
「へぇ、結構死んだんだ。でも、少しくらいは生き残りが居ないと意味がないだろう?」
「申し訳ありません。」
「救世主に力を貸したのは多分、闇の聖霊かな。いったい何処に隠れていたんだか。とりあえず、狂暴化の次の手を考えなきゃね。」
「ガラヴァ皇信国はいかがしましょう?」
「枢機卿はほっといて良いよ、救世主を取り込めるとも思えないし、勝手に騒動起こしてくれる分には大歓迎だからね。」
「お心のままに。」
その言葉を最後に影は消えるように居なくなった。男性はひとりソファにもたれたままニヤリと笑った。
「早く戦争始まらないかな。」
ポッハヴィアに滞在2日目の朝である。零史たちはこの都市で中流ランクの宿 (といってもサービスは三ツ星だったが)に泊まっていた。さすが執事さんチョイスの宿、零史たちが市井を体感したいと聞き、一般人がちょっと旅行で贅沢するくらいのランクの宿を教えてくれたようだ。
賑やかな商店の並ぶマーケットも近くにあるので、ここでの暮らしを体感するには抜群の宿であった。
俺たちはとりあえず、その宿の横にある小さなレストランで作戦会議もかねて朝食を食べている。腹が減っては戦は出来ないのだ。
「まずは、情報収集だよね。」
「ツィーによると、パーツだけなら国内で発注している可能性があるから、ジヴォート帝国の職人を当たってみるのはどうか?という提案がありました。」
「国内でも発注している可能性かー、あるかも?」
「とりあえず、近隣の職人を当たって見ましょうか?」
ジヴォート帝国に滞在する時間は決めていないが、ひたすらしらみ潰しに探して見つかるものでもないだろう。特に科学者は隠れているので、普通の人探しとは難易度が違うのだ。
俺たちがフロントでもらった街の地図を見ながらウンウン唸っているところへ、ウエイトレスの女の子が声をかけてきた。
「お客さん、ガラヴァの人でしょ!昨日アルナイル殿下と来たって言う。」
「え?あっ、そうだよ。」
「観光に行くならマーケットも良いけど、城の裏の庭園が解放されててとっても綺麗よ。あとは大聖堂の鐘塔からはポッハヴィアが一望できるの、すっごくオススメ。あそこでプロポーズされるのが、ポッハヴィア女子の憧れなんだから!」
「君、ガラヴァの言葉上手だね……。」
「ガラヴァとルカーとジヴォートの3ヵ国語話せるわ、海外旅行に行くのが夢なの、今はここで働いてお金を貯めている所。」
そう言って肩をすくませたその子は、エプロンとスカートをひらめかせながらクルッと1回転してみせた。見た目20歳くらいで、肩まであるオレンジの髪がウェーブした、活発そうな子だ。
「じゃあ自分で勉強したんだ!すごいなあ……。」
「このくらい普通よ、女だって社会進出する時代なんだから。」
「俺は黒野零史、零史って呼んで。お察しの通りガラヴァから来たんだ。」
「弟のルナです。」
「僕はアルデバランです、ルディって呼んでください。」
「私はベネト・ナシュ。氏がベネトで名がナシュよ。ナシュって呼んで!」
ナシュちゃんは、笑うとえくぼが出来て愛嬌がある。相手の目を見て話せる子で、彼女と目が合った時にニコッと笑われると、ドキッとしてしまう。
「ガラヴァの何処から来たの?」
「俺たちはラーヴァから来たんだ。」
「ラーヴァ!私1度行ってみたいの、ロック鳥のマグマ焼きはどのくらい辛いの?ここは砂漠ばかりだから、森や山も見てみたいの、ラーヴァは本当に山の切れ間にあるの?」
「本当に山脈の途切れた所にあるよ。」
「すごいなあ!」
彼女は瞳を輝かせて宙を見つめていた。きっと頭の中でラーヴァを想像しているんだろう。
「ナシュちゃんがラーヴァに来た時は、ぜひ俺たちに案内させて。ロック鳥の美味しい店も知ってるし、最近はかき氷って言うデザートも人気なんだ。」
「ありがとう零史、覚えておく絶対!」
ナシュが俺の手を両手で包むようににぎって感謝を伝えてくれる。俺は耳まで赤くなっているだろう顔を笑ってごまかしながら「約束ね。」と呟いた。
「そうだ俺たち、ポッハヴィアの特産品とか見てみたいんだ。職人街とかあったら教えて欲しいな。」
「ん~……職人街ならマーケット抜けた先を曲がった所にあるけど、オススメしないわ。つい最近あそこの近くで爆発事件があったのよ。」
「爆発?……それは、物騒だなあ。」
俺は爆発と聞いて、ひっかかりを覚えた。
今回の科学者は多分、魔力のいらない車を作ろうとしているのだ。ならば燃料も一緒に研究しているだろう。燃料の研究なんて、爆発と隣合わせでは無いだろうか。
俺はルナとルディと目を見合わせた、どうやら二人も俺と同じ考えのようだ。
「そっか、じゃあオススメの鐘塔にでも行ってみようかな。」
「じゃあ、1つだけこの国の言葉を教えてあげる。『マアッサラーマ』!ほら言ってみて。」
「まっさらさーら?」
「『マアッサラーマ』よ。」
「マアッサラーマ?」
「そう!聖霊の加護がありますようにって意味なの。」
「ありがとう。助かったよ、マアッサラーマ!」
「零史たちも、マアッサラーマ!」
俺たち三人は立ち上がり、作戦会議は終了となった。ナシュに手を振りながら、店を出て、いざ科学者探しだ。覚えたてのジヴォートの言葉を言うと、彼女もピョンと跳ねながら手を振り返してくれた。
可愛いウエイトレスさんが居るお店だった。俺は(また来よう。)と思いながら歩いていく。出来ればガラヴァにも連れていってあげたいけど、ナシュはきっと自分の力で達成した方が喜ぶのだろう。
英語圏の人の別れ際の挨拶が好きです。
「Have a nice day!」(よい1日を!)





