59話目 ポッハヴィアの街。
砂漠の砂を、まるで海のようにトドが泳いでいく。たまに気持ち良さそうに「オゥ!」と鳴いているので、キャタピラの引っ張り心地は合格なのだろう。
この馬車、かなりの速度が出ている気がする……体感だが、時速40kmはあるんじゃないだろうか。ぶつかる障害物の少ない砂漠だからこそだろう。確かにこの砂地を普通の車輪で走っていたら、故障や空回りが凄かったに違いない。
たまに遠目に見えるオアシスには小さな集落があるのだと、隣の馬車からナイル殿下がはしゃぎながら教えてくれた。
黙っていれば爽やかロイヤルイケメンなのだが、ガラヴァ皇信国の言葉だと残念になってしまう。俺の中でナイル殿下は親戚の年下の従兄弟みたいな感覚になりつつある。
「砂漠って昼間はすごく暑くて、夜はすごく寒いって聞いてたけど、快適だね。」
「この馬車は外郭が全て二重構造になっています。なので、魔法で快適な温度にしても、外の影響を受けにくい構造なんですよ。魔力消費を大幅に減らせます。」
「え、それって……まさかルナ?」
「はい『魔法瓶』の構造を馬車に応用しました。零史の居た世界でも『魔法』と呼ばれるものがあって驚きです。」
ルディの説明を聞き、既視感を感じた俺はルナを見たが、案の定だった。胸をはって答えるルナの頭を、俺は褒めるように撫でた。
この快適空間を生み出したのがルナならば、恩恵にあずかっている俺は素直に感謝するしかないのだ。
そんなこんなで、夜も馬車の座席を倒して砂漠の真ん中で野宿も楽々なのだ。本当は近くのオアシスに寄って宿をと思っていたのだが、ナイル殿下が座席が変形できると知り、野宿を希望したのである。
こういうの、小学生の時に林間学校みたいなのであったな……と、ちょっと懐かしく思った。
そして砂漠の旅3日目の朝がきた。
その街は突然目に現れた。地平線を覆うように砂漠色の建物がひしめき合っている。まるで建物が互いに支え合っているかのように見えるほどだ。事前には聞いていたが、ジヴォート帝国の国民のほとんどがこのポッハヴィアに住んでいるらしい。なるほど頷けるほどの大きさだ、都市と呼んでも違和感の無い圧倒感である。この砂漠最大のオアシス『ポッハヴィア』だ。
そしてそのすぐ隣を流れるキシュカ河の広さにまた圧倒されてしまった。日本では見たことも無いほど川幅が広いのだ。これは海と言われた方が信じられるくらいに対岸が遠く、肉眼では見えない。
まだ少し遠くに見えるポッハヴィアとキシュカ河を、俺たちは窓に張り付くように眺めた。
ついに、ジヴォート帝国の首都ポッハヴィアへと辿り着いたのである。
「すごい!外国に来たみたいだ!」
「何言ってるんですが、外国ですよー。」
(そうだった!)
日本だと地続きの外国が無いから感覚がおかしな感じだが、ここはれっきとした外国である。
「さて、まずは旅人の街に入りましょう。」
ポッハヴィアの外側をぐるっと囲むように出来た旅人の街、そこの関所が近づいてきたので、一度馬車のスピードを緩める。
ここまで来ると街の人もチラホラと増え、中の賑やかな様子も伝わってきた。隣の馬車からナイル殿下の声が飛んでくる。
「こんなに早く着くなんて、あといくつ寝るとキャタピラでしょう!」
「砂漠の横断がとても快適で早かった事に感動致しました。私どもの購入させていただいたキャタピラが、ジヴォート帝国に納入される日が待ち遠しいです。」
「はい!近い内に納品できると店長が言っておりましたので、楽しみにしていてください。」
(ルディがちゃんと店員してる!)
ザワザワとひしめく街の人々の声が聞こえる。ラーヴァのように活気溢れる、という訳では無いが、緩やかに穏やかに明るい雰囲気が伝わってくるようだ。
関所に入るキャタピラ馬車を見た人々から、ざわめきが木霊した。
「珍しい形の馬車だ。」「いったいどこの国の?」「アルナイル王子が乗ってらっしゃるぞ!」「おおーい!今度はどこへ行ってらっしゃったんですかー?」「その馬車は何です?」「殿下~手を振ってくださ~い!」
色んな国の言葉が聞こえる、さすが旅人が集まって出来た街である。しかも、老若男女誰からでも殿下コールが波のように広がって巻き起こっている。どうやら、ナイル殿下の外出は日常茶飯事のようで皆慣れた出迎えだった。
ナイル殿下も手を振り、笑顔で声を掛けているし、街の人々も王族なのに気安く呼び掛けている様子だ。俺はその光景を見て、ナイル殿下の親しみやすさのワケが分かった気がした。
そして旅人の街を入って数分も進むと一際きらびやかな門が見えた。これが、本当のポッハヴィアの街の門なのだろう。まさしく中世のお城の門のような石造りのどっしりとした門だ。所々に金があしらわれ、少し萎縮してしまうくらい立派である。
その門の前で1度止まり、衛兵が馬車へと近づいてくる。執事さんが降りて一言二言交わすと、各自身分証の提示を求められた。
ラーヴァで取得した身分証は、職業欄に調査官に加え『職人』が追加されている。これは、キャタピラ馬車の販売登録時に加わったものだ。その身分証を見せ、たぶんナイル殿下のお墨付きだろう金のプレートを貰い、街の中に入ることが出来た。
「何だか、旅人の街とはガラッと雰囲気が変わりましたね。」
「うん、こっちの方が少し、静かだね?」
そうなのだ、ポッハヴィアの街に入ったとたん、俺たちはさっきとの違いを強く感じていた。旅人の街の人たちがナイル殿下へと歓声をあげていたのとは違い、ポッハヴィアの街の人々は、道の端に静かにひざまづいているのである。
時おり来る対向車でさえ、避けて止まりわざわざ馬車から降りて礼の姿勢を取っている。あまりの違いに俺たちは戸惑いを隠せなかった。前の馬車に居るナイル殿下の後ろ姿を見ても、特に気にした様子は無く。これがいつもの光景なのだろう。
「門の内と外でこれほどまでに違うのは、何だか不思議だね。」
「ナイル殿下は王族なので、これが本来の姿だとは思うのですけどね。」
ルディも苦笑している。確かに、本来ならば俺たちもこんなに気安く接していい立場では無いのだろうが、ナイル殿下に今さらいきなり畏まるのも何だかおかしな感じがする。
俺たちがポッハヴィアの内と外での、あまりの違いに驚いているうちに今回の旅の、第1の目的地へと辿り着いたのである。そう、ポッハヴィアの王城だ。
馬車を王城前で停め、ナイル殿下が降りてくる。城門の衛兵がひざまづいて頭を垂れた。
「零史!送り狼ありがとです。スイスイでした。」
「皆様、この度はポッハヴィアまで送ってくださり誠にありがとうございます。こんなに快適な砂漠の旅は始めてでございました。」
「いえキャタピラ共々、是非エルナト商店RENSAを今後もご贔屓にお願い致します。」
「ナイル殿下、また是非遊びにいらしてください。」
「はい!ふりぃずどらい買いに行きます。」
ナイル殿下は、道中のフリーズドライ気に入っていただけたようで何よりである。今後も、RENSAの主力商品となるだろう。キャタピラ納品の際に、少しオマケで付けてあげたいと思う。
こうして、俺たちはナイル殿下を送り届けるというミッションを完遂したのだ!
「皆様はこれから、すぐ帰られるのですか?」
「いえ、せっかくポッハヴィアまで来たので、観光して帰ろうかと。」
「家くるいくいくー?」
「では是非、王城へお泊まりになられてはいかがですか?」
「大丈夫です、僕は少しならジヴォート帝国の言葉も分かります。それに、商品開発の勉強のため、市井を見て体感したいので。」
「え、ルディこっちの言葉喋れるの!?」
「す、少しだけ……ね。」
「さすがで御座います。では、この度のお礼に宿だけでもこちらでご紹介させてください。」
そう言って、執事さんは近くの宿を教えてくれ、話までつけてくれたようである。ここで王城に泊まる訳にはいかない。俺たちには第2の目的がある。むしろそっちが本命と言っても過言ではない。
執事さんが案内として、衛兵を一人派遣してくれ、俺たちは無事に今晩の宿を確保した。そして、明日の観光と称した科学者探しの計画を立てるのであった。
宿は白い布が天井からお洒落に吊るされたアラビアン遊牧民風の部屋で、寝心地は最高だったことをご報告申し上げる。
ナイル殿下とは早々にバイバイです。
次出てきてくれるのは、いったいいつでしょう??





