聖女祭での再会
聖女祭当日。
街は活気づいている。何しろ、シュヒランテの一大イベントだ。国民が浮かれるのもわかる。あちこちで巨大な風船が上がっている。空は晴れやかだ。
ただ自分としては、あまり晴れやかでない。
前世の記憶を思い出してからの聖女祭は、純粋に楽しめなくなってしまった。自分の頃はこうだった、と誰にも言えないのもあるし、聖女たちのことを思うと心が痛む。
聖女は国民のために。聖女は公的な存在である。その前提は絶対だ。それに耐えうる器でなければ、聖なる力がいくら強くとも、地獄だ。現に、私が死んでから今までの間、精神を病んだ聖女も数名居たという。生涯独身の聖女がほとんどで、孤独にも苛まれる。次第に、自分という存在な何なのか?自分が死んでも代わりの聖女が立てられるだけで、何も変わらないのではないか。では私がここに居る意味はないんじゃないのか。
そう思い、自ら命を絶った聖女も居たとのことだった(恥の歴史を記した歴史書に書いてあった)。
創世聖女として、責任を感じている。私はワーカーホリックで、聖女の職務を楽しんでこなしていた。むしろ聖女になる前の私は、強い魔力、また聖なる力を持て余していた。何をしても平均に合わせなければならない、それこそが苦痛だった。
ある魔術学校で学びを深めていたが、私と同じぐらいの実力を持った者は、様々な運命を辿った。自分を突き詰めてつまはじきに遭った者、認められて他国へ移住していった者、自分を偽った者、自分ではなく、国を変えた者。
聖女という制度を作り、国を変え、守ろうとしたのが私だ。それはでも、結果としてだが。最初は全くそんなつもりはなかったし、魔力が強いものが強いなりに役に立てば…ぐらいの感覚だったのだ。そしてそんな試みに協力してくれる人がいなければ、実現できなかった。私の魔力や聖なる力は強かったが、社会のしきたりを知らない、今よりも小娘であったから。
…そして、最大の協力者といえば。
今日この国に現れるであろう、魔王だ。
彼は私が死んでなお、魔王として君臨しているらしい。勝手に、魔王も交代制だと思っていた。跡継ぎにでも譲るのかと。でも魔族はそうでなかったらしい。魔族の寿命は長いと聞くが、本当だったんだと驚いている。去年警備の際にちらっと姿は見たが、私が死ぬ前と何ら変わっていなかった。どんなアンチエイジングだ。
彼の力なくしては、シュヒランテとヴィジュアナがここまで繁栄することはなかった。国の創世記から彼は両国を支えていると言っても過言ではない。それほど、新しく国をまとめるということは大変だったという経験がある。人間国ですら大変だったのだから、魔族や魔獣も多い魔界国はどれほどだっただろう。
だから最近の不穏な国境間の動きは、こちら側のせいだと思い、対処を考えたいと思っている。こちらの国で起きたことは、たとえことを起こしたのが魔族であっても、こちら側で解決すべきだ。
そうは言っても、二度目の人生は一般人である。政治には口を出せない。今の私では人間国の中枢に食い込むのは不可能だ。たとえ中枢にたどりついたとしても、国の方針は変えられない。それに何十年かかることか。それこそまた、聖女にでもならなければ国を変えることは難しい。
私は今の暮らしや立場も気に入っている。この国には満足していないこともあるが、自分個人としての満足度は高いのだ。それに例えば劇をするとして、二度も同じ役を演じたいと思うだろうか。しかも、一度決まったら絶対に降りられない役を。死ぬまで、絶対に変更できないことを知ってなお。
…まあとにかく、今の私の役目は聖女の警備だ。女性であるので、聖女の側近のように近くで守る。私はリコ様付きだ。天使のような男の娘も、そばに居る。
式典は、聖女宮殿の前にある広い庭園で行われる。宮殿側に現聖女たちが並び、それに向かい合うようにして新しい聖女が立つ。各要人はそれを囲むようにして並ぶ。国賓である魔王は、要人の並びに座ると聞いている。その周りを、さらに国民が取り囲んで見守るのだ。国の全員が出席することになる。
「はやく終わらないかしら」
溜息をつくのは、現聖女の1人リコ様だ。流れる美しい藍色の髪に、藍色の瞳。細身でスタイルがよく、気品を感じさせる。
「もう少しで男が集まるムサイ空間ができあがると思うと、耐えられない。一人で部屋に帰ってお酒を飲んでいたいわ。聖女祭を祝うお酒が市場にたくさん出てるでしょ。それを全種類飲みたい。好きなだけ飲んで、その後好きなだけ眠っていたいの」
なんとも中身は残念美人である。
正直な人だ。それを理由に注意されることも多いリコ様だが、私はリコ様が好きだ。聖女は何も内面も清らかでないといけない、などとは思わないから。
「リコ様、何卒我慢を」
裏声で注意をするのはチャールズだ。仕事に真面目な少年である。
「今年は聖女への感謝じゃないでしょ。新しい聖女のためのもの。だから私たちは居なくてもいいのよ。それに新しい聖女は誰だっていいわ。だってまた、現聖女の力が及ばないからだって、陰で言われるんだもの」
リコ様は目を伏せられる。チャールズも何も言えないのか、うつむいている。
新しい聖女を迎えること。傷ついているのは現聖女たちか。誰かが傷つくのは見たくない。大事なのは式典ではなく、その後だ。実際に国を守ること。国民を守ること。
そこまで考え、私も早く式典が始まり、終わってほしいとさらに強く願った。
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魔王視点
……退屈だ。
聖女祭の式典は始まっている。俺は椅子を用意されているが、座っていると眠ってしまいそうなほどだ。
シュヒランテの要人たちは、全員が挨拶しないと死んでしまうのだろうか。短い時間の挨拶を、もう何十人も行っている。終わりがみえない。
挨拶をしている老人たちではなく、新しい聖女に目を移す。その人物は、頭に覆面を被っている。この後に控える工程で、顔を見せるという。何故そのような手はずになっているのかわからない。苦しくないのだろうか。どうして顔を見せて行ってはいけないのか。無意味なことが多いように思う。
――彼女が居た頃の聖女祭はそうではなかった。聖女のための祭というよりも、国民へ感謝を伝える日。祭の日でも、働いている国民はいる。それでも感謝の気持ちは多くの人に伝えたい。だから多くの人が参加できるよう、長い時間を割いて式典は行わない。そう彼女は言っていた。
それが時を重ねるごとに、聖女を称えるものに変わっていった。聖なる力は貴重なもの、保護すべきものだと。自由に使える者がおらず、聖女となる人材がいない。そのため、聖女を守る方へ変化していった。
役割やしきたりは変わるものだ。だが、彼女の意思と反する事に自分が参加している現実。それが嫌でならない。時代は変わっても、彼女から言われた言葉は、変わらず思い出せるというのに。そんな彼女の思いを知っていながら、何もできない自分にも嫌気がさす。
今ここにいる自分以外に、彼女の思いを知る人間はいない。彼女がこの世界からいなくなって、もう200年が経つのだ。歴史書は嘘だらけ、国の要人は自己保身……皮肉なものだ。彼女の思いを知っているのは、他国の自分、それも魔王だというのだから。
生前、彼女はこの事を危惧していた。亡くなる間際に、彼女はこう言っていた。
「私が死んだら、だーれも聖女の成り立ちなんかわからなくなる。だから頼んだよ」
そう言って、俺の手を握った。骨ばった手は、あまり力が入っていなかったが、温かかった。
「それでも、どうにも頼りないなと思ったら、私がまた生まれてくるから」
顔の皺をさらに濃くして笑った。彼女はいつでも太陽のようで、美しかった。それが彼女との最後の会話だった。
「生まれ変わりか…」
小声で呟く。生まれ変わりなんて信じていない。だが他でもない、彼女が言った言葉だ。彼女がすると言ったらするのだ。彼女はそういう人だ。その彼女が現れないということは、きっと今の俺は頼れる男なんだろう。そう結論付けておく。
また会える気がしてならないのは、アドルファスの言うように、未練がましいからだろうか。
ゆるく頭を振って、現聖女たちの方を見ようと視線を動かす。すると、茶色い髪の侍女が弓を構え、勢いよく聖女たちの前に飛び出してきた。