現世の私と前世の聖女②
再びエマ視点です
結局、魔族の青年は人間国から森に入ったことがわかった。
沿線警戒射手隊に連絡が入ったのは、境界線に触れたからだ。
シュヒランテから森に入り、魔族国に帰ろうとした。だが帰り道がわからず、結局境界線まで行ったが幻覚により戻ってくるはめになった……ということでまとまった。
私はというと、あまり納得はしていない。
魔力痕跡を探り、シュヒランテから森に入ったと突き止めたのは私だ。
だが、その後の結論付けは私がしたのではない。上司たちだ。
境界線に触れること、それ自体は大きなことのはずだ。聖女の力が及んでいれば、そこにたどり着くことはないというのに。
沿線警戒射手隊は、国を守る部隊のひとつだ。沿線警戒射手隊は、3部隊に分かれている。
市街を警備し、弓を使って害となる者を排除したり、捕えること。また森の警戒も仕事の内で、境界線に何者かが触れるとそこへ向かう。部隊は交代制で、仕事に当たっている。
国を守る部隊は、他にも魔術隊や武闘隊、諜報隊等…多岐にわたる。
それほど組織は大きく、人数も多い。1家族に1人は、何らかの隊に属していると言ってもいい。
国を守る部隊の総称は、神聖団という。
…あまりにも安直なネーミングだ。前世の私をぶん殴りたい。
そう、この名前を付けたのは私だ。当時の私は、聖女と共に国を守る部隊が、まさか200年後にこんな大きな組織になると思わなかったのだ。当時はもっと人数が少なく、隊長と言い張る者しかいない部隊もあったほどだ。だからちょっとした遊び心とテンションで、神聖などと付けてしまった。
おかげで歴史書には、「神聖団の由来:創世聖女様は清らかな心をお持ちで、聖なる力を持たぬ我々にも平等に接して下さっていた。共に国を良くする、志を同じくする者は神聖な存在であると、民に示してくださったのだ」などと書かれている。
人間誰しも経験したことがあるであろう、その場のテンションや徹夜した後の一周回った感といったことは、聖女には許されないのだと知った。
しかも、それを知ったのが死んでから200年経った今である。本屋で立ち読みをし、誰の目にも触れないようその歴史書を購入してしまった。そして家に帰って、ベッドの上を転がり回った。
……まあそんな、恥の歴史はいい。
沿線警戒射手隊には、3隊長がいる。そして3隊長の中に統括隊長がいて、もちろん他の部隊にも統括隊長がいる。
その統括隊長らが集まって、今回の件を話し合ったらしい。
それが、この結論だ。楽観的じゃないか?そう思ってしまう。
でも、もうすぐ聖女祭なのだ。新しい5人目の聖女が加わる前に、もめ事を明るみに出したくないのかもしれない。
そう思うと、何とも言えない気分になる。
聖女は国を守る存在だ。それなのに、国に危ない事件が起きても、聖女に気を遣って問題にならないなんて。大げさかもしれないが、納得できないのだ。
いったい、200年間に何があったのか。どうして、聖女に危険を知らせることもできなくなってしまったのか。
守るのは国であって、聖女ではないはずなのに。
「…い、おい。エマ、手が止まってるぞ」
話しかけてきたのはジャスティンだ。私たちは宿舎で弓を手入れしている。
「それと、またすごい顔になってる」
私は眉間を揉む。そして空いている方の手でタオルをバケツの中に入れる。
「考え事をしてて」
「だろうな。むしろそうじゃなかったら心配になるほどだ」
私が両手でタオルを絞ると、水がバケツの中に滴り落ちた。
「聖女祭のことか?」
「…そう」
「はーん」
ジャスティンは興味なさそうに返事をする。国民の一大行事を一言で済ませるなんて、完全に不敬だ。
「新しい聖女様がみえるでしょ。だからまた、去年と警備体制が変わるよ。どんな人か知らないけど、リコ様みたいにむさくるしい警備はごめんって言われるかもしれないし。あとは、新しい聖女様の居住館も建てるの間に合ったのかな?世話係も雇わないといけないけど、身元がしっかりしてるか調べないとわからないから、そっちの選考も大変だよね」
「俺らに直接関係あるのは警備だろ?警備がいらないってんなら、自分でなんとかしてくださいってことだな」
「そうはいかないよ。チャールズの悲劇を忘れた?リコ様の警備人数が足りないって、女装させられてたでしょ」
「ああ…あれは気の毒だった…」
チャールズは同じ沿線警戒射手隊に所属する、天使のような金髪の少年である。まだ幼さが残る風貌から、生物学的には男子であるのに、外見的に女子にさせられていた。本人は半泣きになっていたが、それが余計にお姉さまたちのツボに入ったという。
リコ様の近くで控える彼の姿が、こっそりと写真に残され売買されていた。噂によると、購入者は女性だけではなかったらしい。
彼はその後、5日ほど休んだ後に仕事復帰をした。その時の彼の言葉「俺の居場所はここです」は、隊員たちの心を打った。心の傷を抱え、彼は返ってこないかと私たちは心配していた。彼の腕は良いし、誰もが期待する隊員なのだ。そんなことがあり、一層絆の深まった射手隊であるが、今年は誰がその役をやることになるのか。はたまた、チャールズの続投か。
「女性隊員を去年多く獲っただろ。そっちを回せばいいんじゃないのか」
「まあね。そうなるといいけど。でもそろそろ配置が出てもおかしくないよね」
「ああ、もうすぐだしな…」
私たちが話していると、
「ジャスティン、エマ!今年の聖女祭の説明があるって!」
噂のチャールズが私たちを呼びに来た。
説明が多くてすんません…!