魔王の近況
魔王の国、第三者視点です
「もうすぐ聖女祭か…」
執務室内の最も奥、長時間座っても疲れない、優れものの大きな椅子に座る人物は、机の上の書類に目を落とす。
そこには人間の国、シュヒランテから届いた、聖女祭についての案内文が握られている。
「そんな時期ですねえ」
執務室内、別の机を前に、青年が座っている。
その青年の机も、書類で山積みだ。
「今年も行かなきゃですねえ」
明るい口調の青年は、髪の色も明るい。オレンジ色のくせ毛はボリュームも多く、あちこち跳ねている。瞳は前髪が長く見えない。青年の名前はアドルファスという。
話しながらも、青年は書類に判子を押し続けていく。
「それは、もちろん」
返事をした人物は、案内文を見て手が止まっている。アドルファスよりも彼はやや年上である。アドルファスが少年と青年の狭間なのに対し、彼は若々しい青年である。
目を伏せている様子は物憂げだが、顔だちは端正である。やや緑がかった黒髪は長く、後ろで縛っている。瞳の色は深緑で、今は長いまつ毛でやや影になっている。肌の色は白く、窓から入る光が反射して光っているようにも見える。
「だけど行きたくない」
「子どもみたいなこと言わないでくださいよー」
アドルファスは笑いながらたしなめる。
「天下の魔王が行かなきゃ、シュヒランテは何があったかって、その後もっと面倒クサイことになりますよ」
「だって疲れるんだよ」
魔王は溜息をついて、アドルファスに視線を向ける。
「聖女祭、式典だけでも半日はかかる。その後会議。それが終わり次第、パーティーだぞ?…嫌だ、出たくない」
「ははっ、もてなされてますねー」
「どのあたりが!?」
魔王の溜息は深くなる。
「そんなに長く居たら、化けの皮がはがれちゃいますもんねー。荘厳な魔王の仮面が」
「俺は好きでそのイメージでいるわけじゃない…」
「期待されてますよ、民衆には。特に人間国には歴史書がありますからね」
「歴史書と言いながら、ほぼ妄想文だろあれ。誰が信じるんだよ。俺も知らない、俺の魔獣討伐エピソードがごまんとあったぞ」
「ちゃんと読んでるじゃないですか」
魔王は苦虫を噛み潰したような顔になる。その様子を見ても、部下であるアドルファスは何の動揺もない。
「でも、聖女がまた増えたって言ってましたからね。式典ももっと長くなるんじゃないですか」
「余計に憂鬱になること言うなよ。励ませよ」
アドルファスは、魔王の様子を見て楽しげに笑う。
「だって、4人でも聖なる力が足りてないみたいですよ?また国中で聖なる力のある者を探したって、テルツァが言ってましたよ。もう誰でも聖女になれるんじゃないのかって」
かかかっ、と声を立てて部下は笑っている。笑うたびに毛先があちこちに揺れる。
魔王は睨むようにアドルファスを見る。
「おい、なんだその聖女の投げ売りは。聖女っていうのはもっと、神聖なものなんじゃないのか?誰でもなれて、誰も力が足りないなんて、そんなこと許されるのかよ。聖なる力があればそれでいいのか?聖女の選出は誰がしてるんだ。だいたいなあ、」
「はいはい。元祖聖女信仰者の持論はまた後で聞きますって。とりあえず出席で出しときますよー」
「おい、信仰者って、」
「はい~おあずかり~」
アドルファスは立ち上がって、魔王の机の上にある書類を手に取った。
魔王の署名をしようと、自分の机の上のペンをとる。
「待て!!」
厳しい声を出し、魔王が立ち上がる。アドルファスが手を止めて魔王を見た。
「代筆はまずい。俺が署名する」
真面目な魔王である。
「さすが天下の魔王ですねえ」
アドルファスは笑顔で、出欠の用紙を返した。
「お前の方が、よっぽど魔王じみてるよ…」
忌憚なく意見を言う部下、アドルファスはにんまりと笑い返した。