現世の私と前世の聖女
私の前世は、聖女だ。
ちょっと頭が残念なのかな?とか思わないで欲しい。
本当のことなのだ。
なぜなら、前世の記憶がある。覚えている。
だけど、日常生活では口に出さない。
何故って?
頭が残念だと思われるからだ。
……矛盾しているけれど、心の中ぐらい真実を言ってもいいだろう。
まぁ何はともあれ、今の私は一般市民と言って差し支えない。
現世の私、2度目の人生。
私の名前は、エマ・グレイ。年齢は18歳。目の色は名前と同じ灰色だ。
亜麻色の髪は、肩ほどで切りそろえている。後ろ髪より少し短い、横髪の束も一直線。ハーフアップにしているが、結んだ髪の先も真っ直ぐにそろっている。
その方が自分でも扱いやすい。それにロングヘアは、前世で思う存分堪能した。だから髪はこれでいい。
自分の紹介はこのぐらいだろうか。中肉中背、恋人もいなければあてもない、知能は普通、容姿も普通、強いて自慢できることと言えば…。
「エマ!そっちへ行ったぞ!!」
同僚の声がする。辺りを見回すと、木々の間を移動する姿が一瞬見えた。
「わかった!」
私は身長ほどもある大きな弓を引いた。
動く姿が見えたら十分だ。
力を緩めると、矢が飛んでいく。矢は人影に向かって飛んでいった。
背中を見せて逃げるなんて。狙われていてもわからないじゃないか。狙った人が言うべきセリフではないが。
人影が崩れ落ちるように見えなくなり、草薮が大きく音を立てた。
命中したと考えていいだろう。
「倒れたよ」
「わかった、確認しよう。警戒は怠るなよ」
「はいはい」
そう言って私の前に現れたのは、沿線警戒射手隊の同僚、ジャスティン。
赤髪短髪、赤褐色の瞳。背は私より高いが、矢を射る能力は私のが高い。
…私は負けず嫌いなのだ、ごめん。心の中で勝手に張り合い、勝手に謝る。
「行くぞ」
弓を背側に回し、ジャスティンの後をついていく。
木々の間をぬっていき、草藪にたどり着く。倒れていたのは、魔物だった。
いや、というよりもこれは…
「魔族だな」
ジャスティン、私のセリフを取らないでもらいたい。
魔族の青年は、白目をむいて倒れている。左腕に矢が刺さっている。耳が尖っており、肌が青白い。開いた口から見える犬歯は長く、手足の筋肉の盛り上がりも独特だ。
「うん。魔物と人間のハーフ、魔族だね」
「なんで説明口調なんだよ」
ジャスティンが呆れている。私の無意味な対抗心には気づいてないらしい。ジャスティンはいい奴なのだ。
「最近多いよなあ。聖女様たちは何をやってるんだ」
「そんなこと誰かに聞かれたら、不敬罪になるよ」
「今は俺とお前しかいないだろ。だからいいんだよ」
そしてジャスティンは、人のことを信頼しすぎだ。
「まあね。でも…ここの林抜けたらすぐ村だし。危なかったね」
「そうだな。まあそれが仕事だしな。俺らが間に合ってよかったということにしておこう」
「聖女様たちは何をしてるんだか」
「お前も言ってるじゃねえか!」
「だってそうでしょ。村が近いってことは、それだけ人に危害が及ぶ可能性も高いのに。境界線を越えて魔族がここまで来てるって、聖なる力が及んでないとしか思えないよ」
俺がせっかく話を流そうとしたところを…と、ジャスティンはぶつぶつ言っている。
聖女の力が頼りない。それは私が一番に感じている。だって、私は元聖女だ。元…っていうか、前世。
聖なる力には詳しい。私は当事者でもあったのだから。
そもそもこの世界は、人間と魔族が暮らす世界だ。
人間と魔族、お互い過度に干渉しない。お互いに迷惑をかけない。そんな取り決めのある世界。
ただ、上の人間がそう決めたところで、反発する者はどちらの種族にも居る。相手の種族がいなければ、と考える者。
その抑止力となる者が、人間と魔族のどちらにも居る。
人間は聖女。魔族は魔王。
聖女は聖なる力を持って人間の国を守る。魔王は魔なる力を持って魔族を統制する。
それぞれの国の間は森があり、お互いの国を行き来するために整備された道は一つ。そこには大きな門がある。
国を隔てるのが森なのだから、お互いの種族が行き来しやすいと思うかもしれない。
だが、その森に生えている植物はなにせ巨大だし、未知の生物…魔獣や獣もたくさんいる。そして森は途方もない広さだ。
加えて森には魔法がかかっていて、お互いの国に行けないようになっている。幻を見せて道に迷わせる。何も知らない民間人が森に入れば、十中八九迷う。生きて出られるかもわからない。
森には見えない境界線があり、そこから人間の国に近ければ聖女、魔族の国に近ければ魔王の力が強く及ぶ……はずである。
それが今日は我が人間の国・シュヒランテ近くに魔族が出没した。これは大変なことである。
聖女の力が及んでいれば、近くまで来ることなく迷うか、魔族の国・ヴィジュアナへ意図せず帰ってしまう。
それなのに。
「治安が悪いよ」
「お前は今顔が悪い」
私は思い切りしかめっ面になっていたらしい。眉間を揉む。
「とりあえず報告だな。それでも森を渡ってくる奴なんて、ガッツある奴だ」
そう言ってジャスティンは魔族の青年を縄で縛る。聖なる縄なので、逃げ出す心配はない。
ジャスティンが青年を抱えてくれたので、私は周囲の痕跡を探ることにした。
何者かが手引きしたのか、この青年の力のみでここまでやってきたのか。
どうであっても、複雑な気分だ。
どうしてこんなに時代が変わってしまったんだか。
「聖女祭はどうなるんだろうなあ…」
今の言葉は、元聖女としての思いか。はたまた一市民としての心配か。
「おい、何か見つかるか?」
ジャスティンの言葉でふと我に返る。
「見つけてみせるよ」
息を吐いて整える。
私の強いて自慢できること。
それは前世に負けず劣らずの、魔力を持っていることだ。
初投稿です。
ぽちぽち書きますので
よろしくお願いします~